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Re: KEEP THE FAITH ( No.236 )
日時: 2016/07/12 22:53
名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)


「どうしますかね」
「何が」
「何もなさすぎて……」

 今までは待ってましたとばかりに敵がウジャァしてたため、詩音は逆に不安になる。それにはデジェルや魔王ことアステルも同意見だ。思えば蓮が閉じこもってからすぐに一旦故郷へ戻った際もこいつは超絶平和に往復してきた(グラギエスにて敵味方関係なくトラウマの爪跡を残したが)。

「だって、もうゼウス着きますよ? ゲシュテンたちじゃなくても竜人とか盗賊類、出てくるものじゃありませんか?」
「ゲシュテンて」

 ついでに言うと詩音のいる場所は盗賊だろうがゲシュテンペストだろうが普通に考えて一番に襲われる位置だ。運転席だもの。
 もうゼウスがしっかり見えてるという状況で、はて、と詩音は首を傾げた。

「あんな塔、ありましたっけ」

 無駄に高く、重力をある種無視した見覚えのない塔が見える。
 もっとも、魔王はグラギエスから外へ出ることが滅多になく、デジェルも魔王軍の頃は景色を見ている余裕などなかったため知ったことではないが。
 どぉん、どぉん。そんな音を立てて花火が上がったことを、この頃の彼らは知らない。


 *


「なっ……ッ、っ?!」

 注意、別に敵に襲われたわけではありません。

「あー、今日、祭りでしたっけ」

 ぼんやりとそんなことを考えながら詩音はデジェルとアステルへ目を向ける。
 魔王はむしろ日光がきついらしく、祭りなんて二の次のご様子。デジェルは——硬直していた。
 もうやだ、さっさと用事済ませたい。

「詩音っ、なんだ、これっ?」
「祭りですね。落ち着いて下さい」
「これが祭り……っ? ……すごい、初めて見た」

 そう言って、目を輝かせている様子は真白に似ている——氷族は全員こんなものなのだろうか。

「襲撃を想定して早めに出たのですが、杞憂でしたからね。屋台にでも行ってみましょうか。時間はまだありますし」

 丸一日ほど。
 とにかく馬車は預けておこうと、宿へチェックを入れに行く。
 塔を見上げると、ところどころ鉄の棒が飛び出しているのがうかがえる。簡単に壊せそうだな、あれ。
 宿から出ると、クリーム色のもふもふとぶつかる。この年齢の男子にしてはひょろい体格ではあるが、それでも向こうの方が小さく、もふもふは小さい悲鳴を上げて尻もちをついた。

「っと、すみません。大丈夫ですか?」
「いたた……、大丈夫です。こちらこそ……ッ?! あ!!」
「うげっ」

 明らかに表情を崩した詩音と、逆にぱあっと笑顔になる少女。後ろにいたアステルとデジェルはわけがわからない。

「覚えてる?! アタシのこと!」
「いえ全力で忘れました。今」
「今!? アルマだよっ! 思い出してッ!!?」

 エルフ特有の耳をわんこのようにぱたぱたと振る少女——アルマ・ソウル。詩音は伸ばしていた手でアルマを無理矢理起こした。

「はーい覚えてますよーアルマさーんお久しぶりですねぇ元気そうでなによりですー」
「棒読み!!」
「で、ゼウスには医者としてですか?」
「切り替え早いねっ?! えぇっと、うん。今治療が終わって、お祭り堪能してから帰ろうかなって」
「ぼっちで?」
「そうだよぼっちだよぉ!!」

 ぱたぱた、恐らく無意識に耳を動かしながら詩音と会話をするアルマは心なしか楽しそうだった。