コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.1 )
- 日時: 2014/12/24 01:58
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
目の前に妖精さんが立っている。
「だから、何回も言ってるでしょ。ないの? 青い薔薇」
ふりふりのワンピースで身を包んだ妖精さんは、至って真面目な顔で私を見つめていた。そんな午後8時。
アルバイトを始めて2日目。私はコンビニに居る怖いお兄さんやスーパーで割り込みしてくるおばさんが嫌で、この花屋でアルバイトを始めたのに。働くということはこんなにも辛いのかと、ひしひしと感じさせられた。
この妖精さんは、「困った客」に分類される。接客業においての一番の敵だ。
15分ほど前に舞い降りた、人間で言えば高校生くらいの妖精さんは、しばし狭い店内を物色したあと私のもとへすたすたとやって来た。「青い薔薇が欲しいんだけど」と言い、フリルがふんだんに踊るワンピースのポケットから有名ブランドの財布を取り出す。ちらっと覗くその財布の中には、幼い風貌からは予想できないほどお札が入っていて。それにたじたじしている間に機嫌を損ねてしまったようで。
「お、お客様ぁ。青い薔薇というのは、従来の原種では、どう交配しても出来ない奇跡の存在なんです……。遺伝子組み換えを駆使して、ようやく近年できたんです。最近は一般に流通していますが、こんな片田舎の花屋では、ちょっと……」
「へぇ、そうだったんだぁ」
思いっきり怒鳴られる覚悟はしていた。最後の方は我ながら尻すぼみになっていた。しかし、この妖精さんは、奇跡の存在、と言ったところで瞳を輝かせる。私からしたらこんなところでそんな格好をしているこの妖精さんの方が、奇跡の存在なのだが。
「ねえ、私どうしても青い薔薇が欲しいの!」
妖精さんは、レジに身を乗り出す。同姓でもどきっとしてしまう。あ、こんな近くにこられたら誰でもどきっとするか。
漂うのは甘いお酒と香水が混ざったような匂い。これだけでくらりとして、倒れそう。大きな瞳に、長い睫毛。世間ではこれを可愛いと言う。先ほどとは打って変わってご機嫌になった妖精さんは、鼻歌を歌いながらレジの側にあった辞典を捲り始めた。
「入荷したら、この番号に電話してちょーだい。あ、名前? ゆの。将来の夢の夢に、あの滑り台みたいな漢字あるじゃない? あれで、夢乃!」
財布からメモ用紙をさっと取り出して妖精さん、もとい夢乃さんはレジに置いた。「それじゃあ、私これからいっちょ運動しなきゃいけないからもう行くね。バイト頑張ってね〜」と短いスカートをひらりと翻し、妖精さんは夜の街へ消えていった。去り際、私の方を見て、小さく手を振って。
episodeA 「私の小さな沈丁花」
花屋でアルバイトをする、普通の高校生。それがこの私です。
少しだけ友達がいて、少しだけ勉強ができて、少しだけ運動ができないのが特徴です。
今までの人生は、敷かれたレールの上を逸れないように、必死に走ってきました。
特別なものなんて、必要ありませんでした。他の人と一緒なら、それで良かったのです。
それが、私です。