コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.10 )
- 日時: 2014/12/26 02:30
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
定期試験最終日の科目は、物理と英語と現国。文系の僕にとっては楽といえる教科ばかりだ。適当に勉強して、買ったドリンクを飲んで、そしてカードを引き剥がし、僕は携帯片手に学校へ向かうことにした。
「いってきまーす」
なんて言ったって、この家には誰もいないのだが。
制服の裾が冬の風に揺れる。3000円分のカードを無事換金できた僕は、電車から降りたあとも、相も変わらずダンジョンを回していた。この仮想通貨があれば、ダンジョンに行けるゲージが減っても回復可能なのである。つまりずっとゲームができる。ガチャなんてゴッドフェスの時だけ回していればいいのだ。ほとんどのレアキャラは揃えてあるので、あとはレベル上げとスキルレベル上げと覚醒スキルが————
「い、いたっ」
「うわぁっ、ご、ごめんなさい」
下を向いて携帯を弄っていたら、女子生徒にぶつかってしまった。僕の腕が直撃したその女子生徒のセーラー服のスカーフの色は赤で、運の悪いことに先輩だった。僕より少し低い位置にある頭を抑えている先輩に必死で謝っていると、その人はいきなり顔を上げて、「あ、三好くんじゃないですかぁ」と笑った。
真っ白な肌に、ほんのりピンクの頬がいかにも女の子らしい先輩は、「お久しぶりです、元気でしたかぁ?」と僕に言った。しばらく考えて、ああ、西澤さんかと思い出した。彼女は西澤エリカさんと言って、僕が保健室に居たとき保健委員の仕事をしに来ていた人だ。ちょっと前に僕の一番嫌いな先輩に無理やりバンドに誘われていたところを助けてあげようとしたのだが、なぜかこの先輩は「必要ないです」って言って。見た目はかなり可愛い方に入ると思うのに、ちょっと変わった人だなという感想を持っていた。
「今日でテストも終わりですねぇ。今日は数学が2時間もあるんですよ、もう大変で大変で」
西澤さんと一緒に歩いていると、一見彼女はおどおどしているように見えて、実はどこにでもいる普通の天真爛漫な女の子ではないのかと思わされる。口癖のようにごめんなさいと吐き出す事以外は、笑った時の仕草も、歩き方も、クラスでも目立つ方の女の子となんら変わりない。もちろん僕は普段女子と話す機会なんか無いので、これだけでもかなり緊張するのだが今はそれどころではなかった。ポケットの携帯がさっきからやたら振動している。早く西澤さんと別れて、ダンジョン回さなきゃ。頭の中にはそれしかなかった。
「あ、涼太郎さんとはですねぇ、楽しく活動してるんですよ。もちろん楽器もなにもないので、放課後適当に集まってだらだらするだけですが、お菓子食べたりゲームセンター行ったりすごく楽しいです」
「ごっ、ごめんなさい西澤さんっ! 今日僕、ジャンプ買いに行かなきゃいけないんです! それじゃあまた、さよーならっ!」
精一杯の笑顔を作って走り出す僕に、西澤さんは「え、今日水曜日ですよぉ?」と目を見開いた。深刻な運動不足で足がもつれる。西澤さんとの会話を無理やり終わらせてでも回したいダンジョンがそこにあるのだから仕方ない、仕方ないよね。ごめん西澤さん。ていうか、なんで西澤さんはジャンプの発売曜日を知っているのだろうか。
振動する携帯がうざったくて、マナーモードを解除する。ギルド仲間から大量にラインが入っていた。あいつらはガチ勢である、「クエストがあるので会社辞めてくれませんか?」とか真顔で言うような連中だ、怒らせるわけにはいかない。ロックを解除すると、僕への大量の罵倒コメントが雪崩込んできた。なんていうか、もう慣れた。
「あー、また僕のせいで負けたのか」
これも全部西澤さんのせい。いや、人のせいにするのはよくない。強くない、僕が悪いのだ。もっと強くなって、いちばんにならなきゃ。そのためにお金を削ってるんだから。
テストが始まるまでは残り30分はある。僕は逃げるように学校に入り、1年2組を目指した。
ふと目を覚まし、時計を見ると物理の試験終了まであと3分。慌てて回答を見ると、ほとんど埋まっていた。よかった。最近僕は授業中もずっと意識が飛んでいるので、危うく白紙で提出するところだった。こんな僕だが未だに赤点だけは取ったことがない。赤点を取った生徒は補修を受けなければならないので、ゲームする時間が減る。それだけは避けたいのだ。
静かな教室に、誰かの静かな寝息だけが響く。あとは英語と現国か、楽勝じゃないか。
あと3分の至福な眠りの沼に引きずり込まれていると、突如聴き慣れた電子音が耳を劈いた。
しゃらーん、と着うたでも着メロでもない、デフォルトの通知音が鳴る。
「あっ……うわっ」
僕のポケットから鳴るその音は、静かな教室いっぱいに響き渡る。思わずがたんと椅子を引いてしまい、注目まで集めてしまう。試験監督がダルそうに立ち上がり、すたすたとこっちにやってくる。それは、僕にとって死を意味していた。次第に曇っていく視界が捉えたのは、お怒りの、試験監督の数学教師だった。
「試験中携帯の電源を入れていた者は、2週間携帯没収。わかるな、ほら、出せ」
「……は、はーい……」
見上げた数学教師は、右手を出して携帯を要求してくる。僕の生きがいとも言えるパズモンが入っているこの携帯を、2週間も手放さなければいけないなんて。ここがテスト中の教室じゃなかったら泣き叫んでいただろう。いや、今も泣き出したい。ここで口答えの一つでもできればいいのに、僕の震える手は携帯を素直に掴み、先生に差し出してしまう。
前回のテストで、後ろの席の武藤くんが携帯を鳴らして没収されていたことを思い出した。たしか、そんな感じの校則があったような気がする。どうしよう、携帯がないなんて僕にとっては死んだも同然だ。
「携帯は、このクラスの風紀委員に預けておく。誰だ?」
「はい、私です」
テストを早々に解き終わり、退屈そうにしていた斜め前の遠山夢乃さんが手を挙げる。先生は僕の愛しき端末を遠山さんに渡すと、つまらなそうに僕を一瞥して席に戻った。
それからのことは、よく覚えていない。楽勝だったはずの英語と現国は白紙で提出した。「テスト中に携帯なるとかだっさー」とはやし立てるクラスメイトの声すら、何処か遠くのものに思えた。