コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.11 )
日時: 2014/12/26 01:10
名前: みもり (ID: DYDcOtQz)

 テストは終わったのだろうか。
 もう帰っていいのだろうか。
 僕の携帯は返してくれないのだろうか。

 教壇には誰もいない。気が付いたらクラスメイトたちはほとんどいなくなっていた。放課後か、そう理解した頃には教室には僕と数名しか居なかった。帰り支度をしようと思い、テストの問題用紙をファイルに挟み、ダンジョンにでも潜っとくかとポケットから携帯を出そうとして、何もないことに気づく。取られたんだっけ。

 僕の斜め前で色とりどりのお弁当を食べている夢乃さんは、細い指で自分の端末を弄っている。今頃は僕もそうしていたはずなのに、腹が立って仕方ない。うっかりしてた僕が悪いのはわかってるけど、あんな時に連絡を入れてくる奴も40パーセントくらい悪い。どうせギルド仲間だと思うけど。
 夢乃さんは僕の視線に気付いたのか、手を止めて振り返った。目立つ方ではないが成績も優秀で、しっかりしている夢乃さんは風紀委員として適任だろう。簡単には返してくれないだろうなあ。そもそも僕なんかは、高嶺の花である夢乃さんにお願いなどできる立場ではない。正直なところ、ほんとに素敵なひとだとは思うんだけど、きっと僕には見向きもしないだろうって。

 「……あ、携帯。ごめんなさい、三好くん」
 「べ、べつにいいよ……こっちこそ、なんか、ごめんなさいっていうか……」

 まるで花が咲いたかのように笑う夢乃さん相手では、うまく言葉も出ない。もともと、特に女子とは話せないのだがこの人は特別だ。西澤さんあたりは、性格も似ているので話しやすいのだが。でも今はそんなことより、携帯の方が優先だ。夢乃さんを脅せば携帯は返ってくるのかもしれないが、生憎そんな勇気もない。

 「携帯、返したいところなんだけど、あの先生怖いからバレたくないし。2週間、預からせてね。ごめんね」
 「う、うん……」
 「なっ、泣くほど悲しいの!? なんか私が悪いことしたみたいじゃない……!」
 「ごめん、ごめんなさい、遠山さんっ」

 お弁当を食べる手を止めて、夢乃さんはびっくりしている。それでも溢れる涙は止められなくて、もうなんだかどうでもよくて、制服の袖にぽたぽた落ちる雫を無心で眺めているとピンクのハンカチを差し出された。

 「三好くん、顔色も悪いし疲れてるのよ。早くおうち帰って、今日は早く寝なきゃね」

 僕の背中をさする夢乃さんの手は温かくて、久しぶりに人の優しさに触れた気がした。その優しさが痛いほど辛くて、嗚咽が漏れないように必死で声を殺して泣いた。
 こんな思いまでして、僕が欲しかったものはなんだったのだろう。


 電車待ちの間も、電車の中にいる間も、ずっと携帯の事しか考えられなかった。電脳世界に洗脳された生粋の現代っ子である僕たちは、携帯を取り上げられるということは万死に値する。
 僕は幼い頃ゲームもおもちゃも買ってもらえなかったから、ゲームに対して加減というものを知らない。それこそ四六時中画面と格闘していたから、この駅ってこんな景色だったんだなあ、なんて、1年近く通って新たな発見までしてしまう始末だ。今日の夜は何しようかな、まず寝なきゃなあ。ていうか最近まともにご飯食べてないや、お腹すいたなあ。
 お母さんと手を繋いだ子供が、冬の寒い駅を歩いていく。僕に父親はいなくて、母親は仕事が忙しいから、ほとんど一人で暮らしているようなものだ。僕に一人暮らしは向いていないような気がしてならないのだが、母は頑張って僕のために働いてくれるので文句なんて言えない。5万円が10日ですっからかんというのはちょっと考え直したほうがいいかもしれないけど、今イベントあるし限定ガチャ引かないといけないし……!

 「あ、携帯ないんだっけ」

 僕の思考は、最終的にゲームに到達する。我ながらくだらない人生を生きていると思う。

 誰もいない家は暗くて寒い。主に僕の手を温めてくれる携帯はもう無い。
 眠気は最高潮なのに、空腹のせいで眠れそうにない。かと言ってほかにすることもなくて、お腹が空いて意識もふらふらで、もう僕のHPは赤文字点滅状態だということに今更気づかされた。「いのちだいじに」に切り替えていかなければいけないなあなんて苦笑いして、無理やり風邪薬2錠をぬるい水で流し込み、僕は2日ぶりの眠りにつくことにした。