コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.12 )
日時: 2014/12/27 01:35
名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
参照: パズドラは遊びじゃねえんだよ!!って元ネタが

 時刻は午後7時を指している。スマホがないと暇すぎて時間が経つのも遅く感じてしまう。お腹すいて動けそうにもないなあ、どっかで炊き出しとかやってないかな。いくら財布を見ても、そこには300円しかなくて、これでどうやってあと20日暮らせばいいのかと先行きの見えない不安に苛まれるだけだ。いつもはここにスマホがあるから空腹感もごまかせるんだけど。

 300円があればマックでハンバーガーが買えるし、帰りに100均で履歴書が買える。あ、これは名案かもしれない。携帯がない間短期アルバイトでもしよう。コンビニの店員くらいなら僕にでもできそうだ。
 そうと決まれば急いで買いに行かなくては。制服の上にダッフルコートを羽織って、マフラーを巻いて、寝癖が酷かったのを思い出して洗面台へ。案の定ぴこぴこ跳ねた髪を適当にごまかしていると、足元の体重計が目に入った。好奇心で足を乗せて僕は後悔することになる。

 「え、50キロ切ってる、やっば」

 制服にコートにマフラーという重装備にも関わらず、体重計は「48」で針を止めた。うわあ、やばい。そういえばここ一週間ほど固形物を食べた記憶がない。僕の身長は166センチで、166センチの男子の標準体重は60キロと聞いたことがある。女子でも50キロあるのが普通(と保健体育の教科書に書いてあった)なのに、なんなのだろう、僕は女子かもしれない。
 早く、何かを口に入れなければ。マックはたしか、あのネオン街のあたりにあったよな。幸いまだバスもあるし急がなくては。靴を履いて、鍵を閉めて僕は夜の住宅街に繰り出した。

 バスから降りて、白い息を吐きながらネオン街に入る。普段は絶対近寄らない場所だが、僕はどうしてもチーズバーガーが食べたい気分だし100均もこの辺りにしかない。日が沈みきった夜7時、点滅するキャバクラのライトにすっかり出来上がったサラリーマン達がふらふら歩いている。「おにーちゃんその制服青鳥高校だね? エリートだね?」と声をかけてくる、酒臭い30歳くらいのお姉さんに捕まっていると、お城みたいな建物から一人で出てくるセーラー服の女の子が視界の隅にうつった。

 「あ、あれ、夢乃さん」
 「え、なーに? カノジョ持ち? ったくもー、釣れないなあ」

 ソシャゲの女の子みたいに短いスカートを翻し、お姉さんはハイヒールを鳴らして僕から離れていく。

 お城みたいな建物の階段を降りて、ポケットに茶色の封筒を仕舞った夢乃さんは、ため息をひとつ吐いてどこかへ向かって歩き出す。その仕草ひとつひとつが様になっていて、目を奪われていると彼女は信号で止まり、ちらっとこっちを見た。ばっちり目が合ってしまった、昼間あんな事があったのにまた会ってしまうとは、なんて気まずいことだろう。夢乃さんは僕を見て一瞬首を傾けたあと、「あ、みよしくんじゃーん!」と声を上げた。呂律が回っていない甘い声は、うるさいネオン街でも聞き取れるくらい綺麗に通る。どうしよう、逃げ出そうにも逃げられない。

 「ゆ、ゆめのさ……遠山さん。奇遇だね」

 学校では見たことないくらい機嫌が良さそうにこっちへやって来た夢乃さんは、ひっさしぶりーと声まで弾ませる。これは相当テンションが高い、もしかして酔ってるんじゃないだろうか。

 「みよしくん、あー! 携帯!」
 「え、ええっ? 返してくれるの!?」

 持っていた革のスクールバックに手を伸ばし、何かを探している夢乃さんを見て期待を抱かずにはいられなかった。さすがに学校では返せないが、教師の目もない今なら携帯を返してくれるのだろうか。やはり彼女は天使だった、ありがとう神様。

 「はー? まっさかぁ、返すわけないじゃないー! みよしくん、私今からファミレスでご飯食べるからつきあいなさーい!」
 「え、つ、付き合う?」
 「あーもううるさいわね! 私のおごりでいいから! どーせまたなんも食べてないんでしょー」

 無理やり僕の腕をひっぱり、「うわ、軽っ」と驚いている夢乃さんは、選択肢を3つ提供してきた。ココスか、ガストか、バーミヤン。好きなのを選べと言われ直感でガストを選択すると、夢乃さんは夜の街を走り出した。酔っ払いサラリーマンにも、怖いお姉さんにも、夜のギラギラした光にも物怖じしない夢乃さんは、なんだか妖精とかその類のものに見えた。


 「さあ、好きなだけ食べなさい、今日は私のおごりです!」
 「そ、そんな、悪いよ……」

 家族連れやカップル、部活帰りの学生で賑わうファミレスで、夢乃さんは僕にメニューを突きつけた。ハンバーグにオムライスにポテト、こんな美味しそうなものを見たのはいつぶりだろう。

 「みよしくん、ほんとにあんたご飯食べなきゃ、死ぬよ? こんなゲームにお金入れてる場合じゃないって」

 そう言ってスクールバックから黒い端末を取り出した夢乃さん。彼女の自分の端末はピンクだから、それは絶対僕のもので。嫌な予感がして彼女を止めようとしても僕の握力ではどうしようもない。

 夢乃さんの手に握られている端末の画面に映し出されたのは、パズモンの「課金履歴」。よかった、データは消されていない。しかしそんな事を気にしている場合じゃなかった。僕の憧れだった清楚で大人しい女子夢乃さんは、人の携帯を勝手に見るような人なのか。いや、没収されるようなことをした僕が悪いんだけど。

 「ゆ、夢乃さん? なんで、僕の携帯見て……」
 「課金総額見てみなさいよ。何桁あんのよ、コレ」

 お酒のような匂いがする甘い吐息を吐きながら、夢乃さんは「課金総額」を示してくる。薄々自覚はしていて、見るのは怖かったのでいままで目を背けてきた課金総額。きっと20万くらいは入れてるんだろうなと思っていたが、その比ではなかった。

 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん。「200万だってよ、バカじゃないの、ばーか。マジうけるー」と夢乃さんはけらけら笑っているが、こっちは笑い事ではない。絶句している僕を見て、夢乃さんは突然笑うのをやめ、「え、知らなかったの」と言う。

 「いやーでも私、嫌いじゃないよ君のこと。おもしろい、ちょーおもしろい。だから元気を出せ、メシを食え」

 僕の端末をスクールバッグに投げ入れ、夢乃さんはメニューを差し出す。残念ながら食欲は引いてしまった。二百万、にひゃくまん、200万、2000000。それだけが頭をぐるぐる回る。

 勝手にハンバーグとお子様ランチを注文する夢乃さんの前で吐き気を必死で堪えていると、「どーしたの、何も残らない電子データに万冊を投げる、200万円くん?」と顔を上げて聞いてくる。

 「ば、馬鹿にするなよっ! パズモンは、遊びじゃねーんだよ!」

 夢乃さんはぷはっと吹き出して、「やっぱ面白いわ、さいこー」と可愛い顔を歪めていた。