コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.21 )
- 日時: 2015/01/02 17:26
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: コメディライトじゃなくなってきた感ある
「あっっれ、ゆのちゃんじゃ〜ん。今日はホテル別7万でどう?」
耳につくような嫌な声が私の名を呼ぶ。
100円ショップから出て、駅に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると顔も知らないおじさん。まだ5時だというのに、もうお仕事は終わったのだろうか。7万というのは結構多いな、普段の私なら喜んでついて行くが、今は風邪でまっすぐ歩くこともままならない。その7万、パチで14万に増やしたらまた声をかけてください、と言い残して、私は再び歩き出した。……ああ、これだからこのネオン街は嫌いだ。ほとんどの人が私のことを知っているんだもん。今はお酒も飲んでないしお仕事なんかできないってば……
「待てよ」
腕を強く引っ張られ、私は体勢を崩す。痛い。昨日三好くんが私の腕を振りほどいた時の、2倍くらいは軽くありそうな力だった。風邪のせいでうまく頭も働かず、私はネオン街の真ん中で、この誰かも知らないおじさんに、背中まで伸びた髪を思いっきりひっぱられていた。
「い、いた……やっ、やめてください」
「あのさぁ、俺今日仕事クビになってイライラしてんの。大人しくしてくれないと、学校に連絡するよ?」
「ごめんなさい、それだけは……いやほんと、ごめんなさいっ」
いくら謝っても、私は解放されない。これが普通の女の子なら、通りがかった人が助けてくれるのだろう。しかし私はこの街でも有名な援助交際常習犯。またやってるよーあの子、なんて言葉が聞こえてくる。謝ればなんでも許される西澤さんとは、違うのだ。
普通なら、女の子の腕と髪を思いっきり引っ張ることなんてしない。ということは、私はこんなど底辺のおじさんにさえ、女として見られていないのだ。私はただの、誰かの性欲を処理するだけのどうしようもない生き物。急にお母さんとお父さんの顔が浮かんできた。幼い頃夢見たのは、魔法少女だったな。今の私はどうだろう、このままじゃ将来も真っ暗だよ。きっと風俗とかキャバとか、そんなところに堕ちちゃうんだ。仕方ないもん、クズ人間だもん。
意識が朦朧としてきた。潤んでいく視界の先に見えたのは、歪んだ悪人面で、その手はまだ私の髪を引っ張るのをやめない。
「……ご、ごめんなさい……」
随分威勢がねぇなあ、とその人は言った。私の制服に手を伸ばし、セーラー服の上に着ていたカーディガンのボタンが下から外されていく。うそでしょ、待って、ここは人も多いし、嫌だ、こんなの初めてだよ、ほんとにやめてよ。助けて、お母さん、お父さん、花園さん、和泉ちゃん、柴田さん。西澤さん、幼馴染の涼太郎くん、お願い助けてよ、みよしくん————
「そ、その子、嫌がってるじゃないですか。あの、や、やめてください……」
「……誰だお前? 中学生?」
これは夢かと思った。何も見たくないから、ぎゅっと閉じていた瞳を開くと、そこには見知った顔があって、おじさんを私から必死に引き剥がそうとしていた。当然彼は力も私と同じくらいしかないからまったく相手にはなっていないんだけど、今の私にとって彼は救世主に近い。
三好くんはいつものように携帯を取り出そうとして、何もないことに気づくと、そのへんを歩いていた人に、「ちょ、あのっ、警察に通報してくださいっ」と声をかけ始めた。ただならぬ雰囲気に人がざわざわと集まり始める。やがて観念したのか、おじさんは何かもよく聞き取れない捨て台詞を残して、走って逃げ去っていった。
「……ゆ、夢乃さんっ」
「…………」
漫画とかなら、おじさんを殴り倒してくれるのに。かっこわるいなあ。でも、私の中では、三好くんはヒーローだよ。かっこよかったよ。そんな言葉を言う余裕もないほど脱力した私は、へなへなと地面に座り込んだ。三好くんは「わっ、だ、大丈夫ですかっ」と同じようにしゃがみこむ。なんだかもう耐え切れなくて、私は彼に抱きついて、声を上げて泣いた。あったかくて、ふわふわで、柔らかい。三好くんは動揺していたけど、私が再起不能なのを分かってくれたのか、慣れない手つきで背中に腕を伸ばしてつなぎ止めてくれていた。いまだにがたがた震えているのは、きっと、私たちに声をかけるのにとても緊張したんだろうな。本当に優しい人だ。