コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.25 )
日時: 2015/01/04 22:14
名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
参照: 終わりに近づいてきました。終わりのはじまり(ドヤ顔)

 「私、将来は医療に携わろうと思ってるんです」

 放課後になると俺とエリカは毎日この空き教室に来て、スナック菓子を食べたりPSPをしたりという名のバンド活動をしているのだが、将来の夢について話すのは初めてだった。そういえば、俺は3年だったな。今は冬休みを目前に控えた時期で、クラスで大学の受験先も就職先も決まっていないのはもう俺しかいない。この逃げ場のない焦りは中学3年生の頃に似ている。

 笹村涼太郎少年、中学3年生。成績は悪くはなかったと思う。親が口うるさかったから、テスト前だけはちゃんと勉強する奴だった。テストが終わった瞬間に全部忘れるのだが。
 範囲が決められている定期テストは良かったけど、範囲がない模試や実力試験はボロボロで、さすがに心配した母の手によって中3の10月頃に塾に行かされて、毎日嫌になるくらい勉強したな。受験生だから勉強しなくてはいけないのは当たり前だし、みんなもやってるから俺もやらなきゃいけないのはわかっていたけど、俺はどうもそのシステムに不満があった。なんで勉強で全て決めつけられなきゃいけないんだ。

 ある日塾をサボって、河川敷をチャリで走っていると、汚い服装の若い男に会った。
 彼は自分のことを「バンドマン」と名乗り、俺は音楽で世界を変える、なんて恥ずかしい言葉を空に向かって叫んでいた。モラルに抑圧されていた俺は、どこまでも自由なそいつが羨ましくなったんだっけ。


 「……って、聞いてます? 私ですね、保健委員の仕事を押し付けられるうちに、なんだか人を看病するのが楽しくなってきて……」

 どんな性癖だよ、と突っ込みたくなる。俺の前の席に座ってコンソメ味のポテチを食べているエリカは、将来への期待たっぷりな目線を、俺が持ってきた「2014年度就職案内」に向けていた。

 「そのためには、大学行かなきゃいけませんねぇ。でも私、前回のテストとっても順位上がったんですよ」

 栗色の綺麗な髪が、窓から入ってきた風に揺れる。真冬なのに窓を開けているのは、「あったかいとどちらかが寝るから」という理由だった。他にも換気なんていうもっともらしい理由をつけてみる。2時間換気するのもたまにはありだろ、うん。

 ……将来の夢か。音楽で世界を変える、というあのバンドマンの言葉にインスパイアされて、俺も今こうしている訳だけど、そろそろ就職か進学くらいは選ばなくてはいけない。俺、カラオケのタンバリンなら得意なんだけどな。音楽学校さん、いつでもスカウト待ってます。

 「今日金曜じゃん。バイトじゃないっけ?」
 「あ、そうでした! わわ、急がなきゃ」

 花屋でアルバイトをしているエリカは、もう時刻が5時をまわっているのを見て、急いで帰り支度を始める。偉いと思う。俺はバイトを始めても2週間続いたことがない。最近は「青い薔薇が欲しい」などとふざけたことを抜かすクレーマーが増えているらしくて、ストレスもあるだろうに。健気に頑張っているエリカの邪魔はできないので、俺も今日は教室から出て帰ることにした。


 エリカと別れて電車に乗る。エリカのバイトしている花屋があるのはめちゃくちゃ騒がしいネオン街の近くで、なんでそんな場所選んだんだよと言いたくなる。「ほかの花屋さんは高校生NGなんですよお! ごめんなさい!」と謝る姿が脳裏で再生される。あの街は本当にやばい。妖精みたいな服装をして援助交際に街を走る俺の学校の夢乃という女(ちなみに俺のご近所さんである)を筆頭とした、キチガイみたいな連中ばっかりだ。俺は静かな河川敷の方が好きだな。冬はつまらないけれど、春は花が咲いているし、夏は釣りができる。秋の日差しを浴びながら寝っ転がるのは至福だ。

 この電車に乗って帰宅する生徒は多い。いつもは座れないくらい混んでいるのだが、帰宅部の生徒はもうとっくに帰宅し、部活のある生徒はまだ校内にいる、この時間の車内は空いていた。俺の学校の制服を着た奴は数えられるくらいしかいない。

 「あっっれ、三好くんじゃーん」

 その中に、俺の見知った後輩が居た。中学の時からの付き合いで、委員会や文化祭でなにかと同じグループになるから仲良くなってしまった、大人しくてゲームオタクで某トークの芸人並みに運動神経がないこの後輩は、三好晴賀という。おめでたい字面だな、俺なんか最近「あの号泣県議と名前が似てる」と弄られるのに。それも持ちネタにしてしまえば、こっちの強みになるから本当はありがたい。

 「……うわ、どーも」

 明らかに嫌そうな顔をした三好は、俺から目をそらしてスマホを弄る作業に戻った。否定しないということは隣に座っても良いのだろう。そういえば三好はテストの日携帯を取られたらしいが、もう返してもらったのか。テスト中、特に英語のリスニングの時間なんかで携帯を鳴らされたら、俺はそいつの携帯を窓から投げ捨てる。
 動き出した電車の窓から、ゆっくりと学校が見えなくなっていく。

 「涼太郎、就職どうなったの」
 「しらねーよそんなの。魔法少女にでもなるわ」

 そう言うと三好は何を思い出したか吹き出しそうになっていた。魔法少女の何が悪いんだよ。
 三好は俺のことを涼太郎と呼ぶ。俺も中学の頃は晴賀と呼んでいたのだが、高校に入ってからは辞めた。俺の元カノの名前も「はるか」というのである。本当にこいつは、名前すらも迷惑な奴だ。

 三好が何かを噛んでいるから、凝視していたら「……ハイチュウだよ、いる?」と聞かれた。
 いらねえ、童貞が移る。そう返そうと思って、踏みとどまる。こいつは意外とちゃっかりしている所があるし、金を払って夢乃と済ませているということもありえる。いやあ、俺は昔から物事を深く考えないで喋るくせがあるって、おばあちゃんも言ってたしな。軽率な発言はやめておこう。ありがとう、俺やったよおばあちゃん。

 わけのわからないゲームに熱中する三好の横で、俺に向いてるのはなんの仕事かなあなんて、暖かい電車のせいで朦朧としてきた意識の中で考えていた。



 episodeD 「 落ちこぼれたちのロックンロール 」



 この時は、まだ知らなかった。
 エリカが俺から離れていく事も、三好が学校の屋上から飛び降りようとすることも、夢乃が夜の街に銃声を浴びせることも。
 脇役にもなれない俺たちが、小さな革命を起こすことも。