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Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.3 )
日時: 2014/12/18 02:24
名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: MHTXF2/b)

 聞いたことがあるなあ、と思った。足早に自分の教室へと戻る彼女、遠山夢乃さんの名を聞いて。

 「……あ、たしか、昨日の!」

 昨日ワンピースの妖精さんに渡されたメモは制服のポケットに入れていた。ハート型の可愛い紙を出して広げると、電話番号の下に「夢乃」とだけ書いてあった。夢乃と書いてゆのと読む名前は、特別珍しいものではないが二日続けて遭遇するほど平凡な名前ではない。青い薔薇を欲しがった昨日のクレーマーな妖精さんが、あの大人しくて礼儀正しい後輩の女の子ということになるのか? 華奢な体型や、身長は確かに似てるかもしれないけど、どうしてもあの妖精さんと遠山さんが同一人物だとはにわかには信じられなかった。

 そんな事を思っていると、もう昼休みも残り10分。別のクラスの子に辞書を貸す約束をしていたので、早々に戻らなくてはいけない。私は立ち上がり、再び洗面台へ向かう。扉を開けるとそこには、「ご自由にお持ち帰りください」と汚い字で書かれた紙が貼り付けてあって、石鹸が積まれて置いてあった。……やっぱりか。そう思って私は石鹸をふたつ、取り出した。
 あとはこれを教室に持っていけば、大丈夫。

 ……なのだが、私は先程遠山さんにある事を頼まれていた。ベットでお休みしている三好くんという男子を起こして教室へ行かせなければいけない。無理やり起こすのも気が引けるし、何より私は寝起きの人が苦手だ。私もそうだが、寝て起きたばかりの人はたいてい機嫌が悪い。
 考えた結果、私は枕元にメモ書きを残すことにした。こんな時のために鉛筆を持ち歩いていて良かった。しかし肝心の紙がなく、さっきのメモの裏側を使うしかないのかと考えたが、なぜかこれを手放すのは嫌で。そもそもこのメモ帳ハート型だし何か勘違いされちゃいそう。

 テーブルに手を付いて考えていると、カーテンの向こうで人影が見えた。
 起きたのかな、助かるなあ。私はシャープペンシルを仕舞い、カーテンを開けて、「おはようございますっ。保健委員代理の西澤ですぅ」と挨拶して頼まれたことを告げようとした。

 三好くんという男子はとても眠たそうに目を擦り、ゆっくりと私を見上げた。うまく呂律の回らない声で私に問う。

 「今は、何時ですか」

 私は一瞬固まったあと、彼の質問の意味を知る。
 保健室で時間がわからなくなるほど本格的な眠りに付ける三好くんはある意味凄い。遠山さんの話でいけば朝会中に倒れたらしいから、具合が悪かったのかな。私はふふ、と笑い、彼に今の時間を教えてあげることにした。

 「12時45分、昼休み、ですよぉ」

 「……は、」

 その途端、彼はみるみるうちに青ざめて、この世の終わりみたいな表情になる。私まずいこと言いましたかぁ、と思わず時計を二度見した。彼はここから見てもわかるくらいにがたがた震えだし、さっき覚めたばかりの目からは今にも雫が滴り落ちそうだった。ここまで考えていることが顔に出る人を見たのは初めてである。

 「い、イベ戦、うわ、ぁぁ」
 「大丈夫ですかぁ、無理はしないでくださいね!」

 私の手を振りほどいて、三好くんは「け、携帯っ」と周りを見渡す。
 戯言のように聞き取れない言葉を吐き出した三好くんは、ハンガーで掛けてあったブレザーからスマホを取り出した。何をそんなに慌てているんだろうと思う。もしかしたら、今日は彼女と二ヶ月記念日で、保健室で寝ている場合ではないのかもしれない。

 「な、なんで起こしてくれなかったんですか! 昼のダンジョン入れなかったじゃないですかあ!」
 「え、えぇっ!? ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

 頭を抱える三好くんと、謝り倒す私。絶望的な表情でスマホに指を滑らせている三好くんが喋る言葉の意味は3割も理解できない。進化がぁ、ギルドがぁと涙目で喚く三好くんが、スマホのゲームについて話しているということをようやく理解した頃には、彼は端末を投げ出して俯いていた。

 「あ、あのぉ。元気出してくださいね。私、詳しくないですけど……」
 「……」

 不機嫌そうにベットの角を睨みつけている三好くんをフォローすると、彼も落ち着いてきたのか「すいません、取り乱して」と私と目を合わせずに言った。
 スマホのゲームは男子たちの間で流行っている。その大切な行事に参加できなかったのなら、絶望的な気持ちになることだろう。友人関係に亀裂が入ることもあるかもしれないし、つくづく現代って怖いなあと思う。

 朝からここに居た彼は、昼食も食べていない。彼を元気づけるためにも「今から私、購買で食べ物買ってきましょうかぁ?」と提案すると、三好くんは少し驚いたように、「先輩に買いには行かせられないです」と手を振った。
 でも彼、このままでは昼ごはんを食べられずに次の授業を受けることになる。今から購買に行けば間に合うのだが。

 「メロンパンと、カレーパンと、ランチパック。どれがいいですかぁ?」
 「だから、先輩に頼めないですって。えっと、自分で買いに行きますから」

 三好くんはベットから降りて、乱れたワイシャツの上からハンガーに掛けてあったブレザーを羽織る。立ちくらみがするのか、ちょっとよろけているのが気になるけど。

 「大丈夫ですか、手を貸しましょうか」
 「い、いえ。大丈夫です。ところで僕、いつ倒れたんですか?」

 そのあたりの記憶まで飛んでいるとは、相当ひどい貧血か寝不足か。遠山さんによると朝会らしいですよと言うと、彼は「うわぁ、かなり寝ちゃってたんですね」と苦笑いした。

 「遠山? 夢乃さんが来てたんですか?」
 「あ、はい。遠山夢乃さん、心配していましたよ。とっても」

 とっても、というのは話を盛ったかもしれない。でも「三好くん、一週間くらい前からろくにご飯食べてないし寝てないんです」と言っていた遠山さんの顔は、不安の色があって。二人はクラスでも仲が良いのかな、と考える。

 「ゆ、夢乃さんが来てたのかぁ。もうちょっと早く起きればよかった、なあ」

 わかりやすく照れる三好くんを見て、私も思わず微笑みが溢れる。ああ、好きなんだなぁ。嫌でもそう思わざるを得なかった。

 「最近の女の子って、暴力的で怖いですよね。女の子はみんな、夢乃さんみたいに大人しく、清楚で、常に男性の3歩後ろを歩く存在でなければいけないと思います」
 「な、なるほどぉ。参考にします!」

 遠山さんが来てくれて相当嬉しかったのか、三好くんはてれてれしたまま語りだす。さっきまで携帯ゲームに嘆いていたのが嘘のよう。
 しばらく三好くんの話に相槌を打っていたら、始業ギリギリの時間になっていた。

 「ええと、西澤さんでしたっけ……?」
 「はい、西澤エリカと申しますぅ。よく名前と性格が違いすぎるって、馬鹿にされます」
 「ありがとうございましたっ。夢乃さんにも、伝えておきます。それじゃっ!」

 笑顔を浮かべた三好くんが、私に手を振ってカーテンを開け、保健室を飛び出していく。……あ、三好くんの下の名前を聞くのを忘れた。保健室利用カード、書けないじゃない。

 三好くんは既に居なくて、保健室にはぽつんと私が残されていた。1年2組だったっけ? 1年2組の三好くんのカードを探して、記入しておいてあげようと思ったとき始業を告げるチャイムが鳴りはじめる。私は慌ててカードを仕舞い、石鹸を持って教室へ走った。