コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.30 )
日時: 2015/01/09 21:17
名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)

 ローソンで妹が好きそうな生チョコと、母が好きそうないちご大福と、ばあちゃんが好きそうなようかんを買って俺は通学路を歩いていた。シールは4つも溜まってしまった、これをエリカにあげると喜んでくれるだろう。降ってくる雪が、街灯の上に少しだけ積もっているのを見て本格的に冬だな、とため息をついた。俺は冬よりは春や夏や秋の方が好きだ、あの河川敷で遊べるからな。クラスの友達とは、ゲーセンに行ったり映画を見たりなんかしているが、本当は小学生みたいに河川敷で走り回る方が楽しいと思う。基本的に俺は現実逃避が好きだ。

 家の近くまでやっと歩いてきたとき、俺の学校のセーラー服を着た女子がふらふら歩いているのが見えた。ご近所さんの遠山夢乃かな、と思う。しかしあいつは天下の援助交際女なので、この時間はうるさい街でお金を探して走り回っているに違いない。しかも今日は学校を休んでいたらしい。まさかその遠山夢乃が、こんな日に出歩いているわけないよな。……と思ったが、またしても俺の予想は外れた。目が合うと、「あ、涼太郎くん! お願い助けてどうしよう」と、うまく聞き取れない言葉を口から零しながらこっちに走ってくるのは、遠山夢乃以外の誰でもなかったのであった。めでたし。

 俺の制服を掴んで、涙も浮かべて、なにかとんでもないことをやらかしてしまったかのような表情の夢乃にただならぬ気配を感じる。左手に握っていたのは白い封筒で、うっすら福沢諭吉の顔が見えた。またいつも通り援助交際してきたのだろう。俺が知る限りでは、夢乃は中2の頃から夜10時くらいに帰宅していたから、今更援助交際になんの罪悪感も感じていないはずなのに。

 約束を破っちゃったとか、裏切っちゃったとか涙ながらに話す夢乃を笑わせるためにありとあらゆる持ちネタを披露しても、夢乃は通学路の真ん中で震えているだけだった。すぐ近くの公園にあるベンチに座らせて、ココアとコーンポタージュを自販機で購入して渡すことにする。今日は出費が多いな。
 きゃあきゃあとけたたましい声ではしゃぎながら、ブランコを立ち乗りしていた小学生たちが、突然やってきた高校生に好奇の目線を向ける。

 「……ごめん、涼太郎くん。私、やっぱり辞められなかったみたい」

 こいつも主語がないので理解に苦しむな。泣いている女の子にそんなことを言うわけにはいかないので、黙ってココアを差し出すと、夢乃は無言で受け取った。
 夢乃に断りを入れて封筒の中を確認すると、そこに入っていたのは7万円。……7万円か、俺のお年玉7年分に相当する。「……ほとんど覚えてないけど、アブノーマルで、過激だったみたい」と夢乃は言う。学校を休んで何をしているんだか。

 「夢乃が援助交際してるのは昔からだろ? 今更なんで泣いてるんだよ」
 「だって、昨日辞めるって本気で思ったのに。気が付いたらホテルにいたんだよ、もうダメだよわたし」

 ココアを飲ませて落ち着いてきた夢乃は、自虐するように微笑んだ。こっちをガン見する小学生に小さく手を振って、「ああもう、小学生っていいなあ」と呟く。

 そして、ぽつぽつと語りだした。

 もともと援助交際なんて、少しもやりたくなかった。可愛い服が欲しいだけだった。ちょっと稼いだらやめるつもりだったのに、有名になってしまった夢乃の携帯には着信が絶えない。ほぼ無理矢理な形で、繰り返すにつれ金銭感覚も恋愛観もぐちゃぐちゃになってしまった、と。
 学校でも裏で陰口を叩かれ、本当の友達も居ない。家族にはもちろん言えない。唯一頼れる兄は、2年前から行方がわからない。そんな中で夢乃に優しく接してくれたのが三好で、援助交際を辞めることを提案したのも三好らしい。
 紆余曲折あった結果、過ちをもう繰り返さないように、ついでに三好にも課金をやめてもらうように、「夢乃が三好の金を管理し、三好が夢乃の金を管理する」という方法で解決したのが、昨日。

 そして今日夢乃はまた援助交際してしまったのである。

 「馬鹿かよ!」
 「……ご、ごめん……気が付いたらホテルにいたの……」

 コントみたいな展開だ。さっきまでの昼ドラでわくわくしていた自分がアホみたいに思えた。それに三好は夢乃が援助交際していることを知っていたし、夢乃も20万の課金を知っていた。つまらない。急にどうでもよくなってきた、俺は困ったときのお助けお兄さんじゃないんだからもう勝手にして欲しい。

 「お前さ、そんなんじゃまともな金銭感覚なんか一生身につかないって。意思弱すぎだっつーの」
 「……だよね、知ってるよ。問題はこれを三好くんが知った時だよ」
 「投身しかねないよな、あいつ……」
 「こ、怖いこと言わないでよ!」

 やっぱり、女っていうのは約束も守れないやつばっかりだ。はるかもそうだった、あいつは痩せたい痩せたいって呪文のように言うくせに、30分後にはポテトチップスを齧っていた。わたわたしている夢乃が、ふいに「……いいよね。私も西澤さんみたいな女の子なら、よかったのに」と言う。いや、エリカも相当変な女だぞ。医者になりたいというのも、明日になればころっと忘れているだろう。

 「……どうしよう、自分で言う勇気もないし、隠し通せる自信もないよ……」

 弱々しい声が、大好きだったはるかと被る。
 はるかは悩んだとき、すぐに薬を飲もうとした。「だってキミに迷惑はかけられないもん」と言うけれど、こっちとしては意味不明な薬を飲まれると不安になる。そして少しずつ、俺に頼ってくれるようになって、何か辛いことがあれば二人で河川敷に転がって、夕日に向かって叫んでみたり、四葉のクローバーを探したりしたものだ。そして秋がやってくるある日、はるかはなんの前触れもなく自分の学校の屋上から飛び降りて死んだ。こうやって思い返すとあっけない話だが、当時の俺はもう立ち直れないほど落ち込んだんだっけ。
 思い出すとこの場にいてもたってもいられなくなるので、なんとか忘れようとして横を見ると、また重圧に耐えかねた夢乃がすすり泣いていた。

 はるかがどんな事情を抱えていたのかは未だにわからないが、このまま夢乃を放っておけば、いなくなってしまいそうな気がした。
 俺は持っていたローソンの袋を夢乃に渡す。

 「とりあえず、今日はすぐ家帰って寝ろ。明日のことは明日考えとけばいいだろ。三好もお前と同じくらい馬鹿だから、話せばわかってくれるって。二人でまた考えてけばいいじゃん」

 我ながら無責任な言葉だったが、夢乃は袋を受け取って、ありがとう、と小さな声で言った。そして、気分転換にゲームセンターに行きたいなどと言い出した。気まぐれなやつだ、と笑いそうになるが、元気が出たならなによりだった。

 まさにあのネオン街みたいな汚れた街が舞台の、ガンシューティングゲームがあるらしい。援助交際で疲れきった夢乃にとっては最高のストレス発散みたいだ。ローソンの袋を持って、ネオン街に銃声をぶち込みに行く夢乃は、さっきよりとても頼もしく見えたのは内緒にしておこう。笑顔で手を振り、近くの寂れたゲーセンに向かう夢乃を見送った。背中が見えなくなったとき、あることに気がつく。

 「……あ、シール」

 これでは明日、エリカに怒られるかもな。小学生も帰る時間になりつつある公園を出て、「明日の朝ローソンに行く」という予定を付け足し、帰路に着いた。