コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.36 )
- 日時: 2015/01/20 00:41
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
夢乃さんが、「んー、私普段読書とかしないんだよね」と悩みながら本棚を歩いている。そして気に入ったのか、「ニーチェの言葉」が並べられている前で立ち止まり、重そうに分厚い本を取り出した。最近の女子高生はこんなものを読むのか。
今夢乃さんと僕と西澤さんと笹村先輩は、図書館に来ていた。これを提案したのは僕で、ずっと前に借りた本がまだ鞄に入っていたから返そうと思っただけだ。返却口へ行くとなんと期限を3ヶ月も過ぎていて、自分で少し笑ってしまった。いつもは借りパクはされる側だが、なんだか今なら借りたものを返さない奴の気持ちが分かる。
少しでも声を発したらその場にいる全員に睨まれそうなくらい静かな図書館に居るのは、いかにも本が大好きそうな人ばかりだ。大きなテーブルに付属してある椅子に座って文庫本を読んでいるおじさんたちなんか、僕からしたらみんな同じに見えるな。これがテトリスならこいつらまとめて消えちゃうだろう。
かなり古いと思われるニーチェの言葉から出てきた埃に、夢乃さんがむせている。
僕はさっき映画館で(ちなみにあの映画は僕が生涯見た中で1番面白くなかった)、夢乃さんにゲームのデータを消すなんていうふざけた冗談を言ってしまった。冗談だって聞き流してくれればいいのに、夢乃さんは鈍感なのか間に受けてしまったようで、後には引けないような気がしてきた。確かに、よく考えたらこんなゲームのために走り回って、馬鹿みたいに泣いて、貴重な高校生活を捧げるのはおかしい気がする。かと言って僕がキラキラした青春なんて似合わないんだよな。青春っていうのは、そんな明るいものじゃなくて、後で思い出して恥ずかしさで死にたくなるような物だと思うんだ。少なくとも僕はそうだ。
「私、いつもならこの時間仕事してるんだよ」
一番聞きたくない話だな、と思った。
こんな清楚で大人しそうに見える夢乃さんがしている仕事について知ってしまったときは、それこそ嫌いになる直前まで行ったし、実際さっきのファミレスでの夢乃さんは嫌いだ。でも映画館で僕の言葉にいちいち驚いたり、西澤さんと楽しそうに話をしている夢乃さんは好きだ。いくら嫌いになっても、すぐに気持ちが戻ってしまってもどかしいんだ。ここまでくると、認めてしまわないといけない気がした。僕は彼女に恋しているんだ。だからこそ夢乃さんがあんな仕事をしているのは許せないし、夢乃さんが辞めるんなら僕だってゲームくらいやめてやろうじゃないか。これからは据え置きゲーム派に転向しよう。
「……だから、なんか新鮮だなって」
そんなに嬉しそうな顔をされたら、目をそらしてしまいたくなる。
夢乃さんは僕のことなんとも思っていないから、こんな顔ができるのだろう。こんなことになるならいっそ、ただの憧れのクラスメイトとして遠くで見ているだけで良かったのに。さっきのファミレスでも感じたが、僕と夢乃さんは一緒に居ればお互いのHPを削りあってしまうだけだ。夢乃さんの事を知れば知るほど苦しいし悔しいのは、彼女が普通ではない異性遍歴を持っているからで、僕はそれに劣等感を感じているわけで。そう思いながら、本棚にあった「夏目漱石全集」に目を向けた、その時。
「どしたの、三好くん……う、うわああっ!」
静かな図書館に、悲鳴にも似た声が響いた。
地震でも来たのかと思った頃には遅く、ニーチェの言葉が置いてあった場所から大量の本がなだれのように落ちてくる。
咄嗟にばさばさと落ちてくる本の中に倒れこむ夢乃さんの腕を掴んでも、僕の推定48キロ以下の体重では夢乃さんを引き上げられるわけも無く、一緒に倒れこむような形になってしまったのが我ながら情けな……
「あ、うぇ……!?」
本棚についた僕の両手の間に収まって頭を押さえている夢乃さんが、落ちてきた本を払おうとしている。僕たちの裏側の本棚にいた人が、「すいませーん、大丈夫ですかー」なんて呑気に叫んでいる。僕は全然大丈夫ではない。両手の中にいる夢乃さんが、「あっ」と声を上げて、僕を見上げた。僕たちは身長も同じくらいだから、見上げられるのにも慣れていない。
やばい。これは、安っぽい恋愛小説風に言えば完全に「押し倒してしまった」という表現がぴったりだ。僕の脳内コマンドが『にげる』と『たたかう』の選択を迫ってくる。ショートしそうだ、全滅寸前だ。
いや、落ち着くんだ三好晴賀、相手はあの遠山夢乃じゃないか。夢乃さんはこんなの日常茶飯事だろう。だから僕も余裕なふりを装って、片付けをしよう。そう言おうとして夢乃さんに視線を向けると、夢乃さんは持っていた本で顔を隠して、はずかしそうに俯いていた。
「……び、びっくりした……」
少し覗く耳まで真っ赤で、こっちも間抜けな声で返事してぼうっと夢乃さんを見つめるしかできない。脳内コマンドも沸騰して脳ごと蕩けてしまう寸前で、係員の人が駆けつけてきた。
……こんなの絶対、反則じゃないか。これ以上好きになっても虚しいだけなのに。そう思う気持ちとは裏腹に心臓はまだうるさいほど早く音を刻んでいて、やってきた係員の人に熱があるのかと心配された。
どうやら、夢乃さんの風邪が移ってしまったらしい。ふらふらする頭の片隅でさっきの光景がエンドレスリピートで、できることならこのまま意識を手放してしまいたいくらいだった。