コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.39 )
日時: 2015/01/24 23:37
名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
参照: 次回+エピローグで一応完結です。ありがとござました!

 三好くんが言っていた場所は、図書館の裏。私を一人で行かせられないと判断した涼太郎さんと遠山さんが付いてくる。図書館の裏というと、あんまり人通りもない薄暗い場所だった気がする。日も沈んでしまったこの時間帯に、あんな危険な場所に行くだなんて考えただけで恐ろしい。遠山さんの行きつけのネオンが光る町にも負けず劣らずの危険スポットだな、と私は思った。

 「あっ、西澤さん。ごめんなさい、心配をかけて」

 図書館の裏の壁に寄りかかってスマートフォンを見ていた三好くんが、私に手を振っている。
 ……あれ、と思ってしまった。てっきり、大男に殴られている三好くんを想像していたから、こんなに余裕そうに微笑んでいるのが不思議だった。そして、肝心のストーカーはというと、三好くんの前に立っていた。挙動不審で身長も三好くんより少し高いくらいの男子が、私を見るなり全身で謝罪して土下座の体制を取ろうとする。それを必死で止めると、三好くんが「良いんですよ、それくらいのことをした奴なんで」と言い捨て、スマートフォンに視線を落とした。

 「おいっ、お前! エリカに何したんだよ!」

 後ろから走ってきた涼太郎さんが、今まで見たこともないくらいの眼光でその男子を睨みつける。
 私はその男子に見覚えはないし、別に何かをされたという訳でもないのだが、気味が悪いことには変わりない。涼太郎さんに「見逃してください」と青白い顔で謝りながら見上げるその男子が、少しかわいそうになってきたけれど、この人は悪い人なんだ。ほだされちゃいけないんだ。

 「さっき、西澤さんたちを隠し撮りしてたから問いただしてみたらボロが出たっていうか。どうします、西澤さん? こういうのは通報するべきだと思うんですけど」
 「……でっ、でも……」

 隠し撮りと聞いて、ぞっとした。三好くんは「カメラロール見たんですけど、もう僕もびっくりして言葉が出なかったです」と続ける。そう語る三好くんの表情に、優越感というか、人を見下したような高圧的な物を感じてしまい、私は何も言えずに黙り込んでいた。
 パニックを起こしそうな私の代わりに、遅れて来た遠山さんが話し出す。

 「……あなた、名前は?」
 「……あ、遠山さん……?」
 「なんであたしの名前知ってるのよっ」

 やばいよこの人、と言って遠山さんが後ずさる。着ている制服はコートのせいで見えないけれど、きっと私たちの青鳥高校のものではない。困っていると、涼太郎さんが「その制服あれじゃないか、中央」と言って、ぱちんと手を合わせた。涼太郎さんと同じ中学校出身の三好くんも、そういえばそうだね、と端末から顔を上げた。

 「……中央? ってこんな制服だったの? ってことはあなた中学生?」

 無言で頷いたその中学生に、遠山さんがため息を吐いた。なんだかその態度が先輩みたいだな、と思って失礼にも笑いそうになる。よかった、一応話は通じる人だったようだ。ここで暴れだすような人だったら、それこそ通報しなくてはいけない。いくらストーカー行為をしていたとはいえ警察に通報するとなると心が痛む。まだ不審そうな目線を彼に向けている涼太郎さんを差し置いて、次は私が話した。

 「あのう、どうしてこんな事をしたんですか?」
 「……」

 素直に応対していた中学生が、下を向いて俯いた。聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれないな、と私は密かに反省する。助けを仰ごうとして顔を上げると、三好くんはそのスマートフォンで中学生くんの失態を撮影でもしそうな顔をしているし、涼太郎さんもさっきの怖い眼光のまま睨みつけている。遠山さんだけは「大丈夫、別に西澤さんは怒ったりしないわ」と、中学生くんと同じくらいの目線までしゃがんで背中をさすっているけれど、私が中学生ならこんな怖いお兄さんお姉さんに囲まれてまともに話せるわけがない。

 そんな中、この人は何を話すのか。全員が固唾を飲んで見ていると、数秒間を置いて彼は答えた。

 「……バンド、やってるって聞いたんです。俺、青鳥高校に入ったら、音楽やりたくて、それでいろいろ調べてたんですけど……」
 「へ、」

 ぽかん、と口を開けるしかできなかった。
 いち早く我に帰った涼太郎さんと目が合う。今、バンドって言ったよな、と話す、その表情はさっきとは全然違って、おもちゃを買ってもらった子供みたいにきらきらした目をしていた。「俺たちの知名度がここまで上がったってことだぞ」と、一人で勝手に喜んでいる横で、遠山さんが私を勝手に入れないでちょうだい、と苦笑いをした。
 涼太郎さんは、彼に指をさして叫ぶ。

 「よっしゃ少年、俺がお前を新メンバーにしてやるよ! 名を名乗れ!」

 街灯の切れかかった光が、ちかちかして目に痛いな。
 懐かしいその言葉は、いつか私が花屋で言われた言葉とまったく一緒で笑いそうになった。

 「え、待ってよ。こいつ犯罪者だよ、西澤さんのストーカーじゃ……」
 「細かいことは良いの、三好くんは黙っててっ」

 遠山さんが三好くんが話しているのを遮る。中学生くんは立ち上がって、何かを言い合っている三好くんと遠山さんには目もくれず、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で、特に珍しくもない自分の名を名乗った。

 まさか、私たちが一人の人生を変えてしまうとは思わなかった。そして彼には申し訳ないけれど、私たちはバンドグループでもなんでもなくて、ただ遊んでいるだけなんだ。それを告げようとしたけど、やめておいた。世の中には知らないほうがいいこともある。

 「……ああ。でもごめんよ、少年よ。もうすぐで俺は卒業だし、エリカは受験勉強があるんだ。まあ、そこの2人と仲良くやってくれ」
 「いつから僕は涼太郎のバンドメンバーになったんだよっ」
 「そーよ、私は放課後忙しいの、いろいろと!」

 目をぱちぱちさせて私たちを見ていた少年が、へら、とぎこちない笑顔を浮かべた。こんな馬鹿みたいなお兄さんやお姉さんを目にしたら、そりゃあ笑っちゃうよな、と思う。
 遠山さんが「時間もういい感じですよ。今から行かないと間に合わないんじゃないかな」と、腕につけている高そうな腕時計を見た。

 「あっ、あの、迷惑をかけて、すいませんでした」
 「いや、全然大丈夫だよ。やっと俺たちにもファンがついたってことだよな!」

 絶対違うと思うけど、と三好くんが吐き捨てる。その三好くんの提案で、彼の携帯に入っていた私たちの写真は全部削除された。ただひとつ、5人でカメラに向かってピースしている、いま撮影されたこの写真を除いて。


 図書館がある街の方から離れるにつれて、人がいなくなっていく。暗い道の、少し前を歩きながら、間に合いませんよと遠山さんが焦っている。時間にはちゃんとしている人なのか、それともそこまでして流星群が見たいのか。
 私は意を決して遠山さんが居る所へ走って、こう言った。

 「大丈夫ですよ、今からでも、十分間に合いますよ。……ゆのちゃん」

 えっ、と遠山さん、もとい夢乃ちゃんが足を止めた。そして、私を見て優しい笑顔を浮かべた。

 「……そうですね、エリカちゃん」