コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.7 )
- 日時: 2014/12/23 02:03
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
パズモンといえば、男子たちが教室でよく話している。パズルを動かしてモンスターを攻撃させるというシンプルなゲームで、私でもできそうだけど、「スマホが重くなるよ」と友達に言われたのでやめたやつだ。
「ごっめーんみよっしぃ。突然だけどさぁ、バンドやんね、バンド。女の子にモテるぞ」
本当に突然過ぎる。しかも三好くんはゲームの邪魔されて大絶賛不機嫌中だと思うし、なんだかこっちまでドキドキしてくる。それにしても今日朝礼で倒れた三好くんは安静にしていなければいけないのに、ワンコールで電話に出るなんて事態があっても良いものなのでしょうか。ゲームに夢中になるのは良いですが、体調が悪い時は無理はしてはいけません。
『……は? バンド? なんで?』
携帯の向こうから三好くんの声が聞こえてくる。昼間とは全然違う攻撃的な声だが、男子同士というのは大抵こういうものである。私は男子の会話を聞くことなんて殆どないけど、なんだろう、偏見?
「いいじゃんいいじゃん、やろーぜ。夢乃にもモテるぞー」
『な、なんで夢乃さんが出てくるんだよっ!』
「今マックなんだからそんな大声出すなって。あのさー、にしざーさんがどうしてもお前に入って欲しいって」
「そんな事言ってません!」
三好くんと私によるツッコミを食らっても飄々としている笹村さんは、スマホについているふなっしーのストラップを弾きながらシェイクを口に運んだ。「にしざーさんって誰だよっ」と声が聞こえてくる。まぁ、昼ちょっと話したくらいの人間を覚えているわけがない。私は三好くんを覚えていたけど、ちょっと残念だ。
「西澤エリカ。超美少女。以上」
「やっやめてくださいよぉぉ!」
私の顔を一瞬見て、笹村さんは口元に笑みを浮かべて、いかにも嫌味そうに言う。私はお世辞にも可愛いとは言えないし、お母さんにも「エリカなんて大層な名前付けてごめんねぇ」と謝られるレベルなので、できるだけ顔については触れて欲しくないんだけど……。
『え、あの保健委員の?』
「そう! それだよ! はいお前加入決定!」
ふなっしーが、私の目の前でぱちんと弾かれて、また元の位置に戻っていく。
なぜか通じてしまった。エリカなんてそうそう聞く名前でもないから覚えていてくれたんだろうか。私ははっと周りを見渡して、何人かの客がこっちを見ているのに気付いて、恥ずかしくなって席に座り直した。
『……涼太郎さぁ、無理やり西澤さん誘ったんじゃないの? 西澤さん迷惑してるんじゃない? お前って昔からそうだよな、なんの罪もない普通の人を巻き込むじゃん。ほんと、それってお前の長所でもあるけど短所である割合の方が高いよな。比にすると2対8くら』
「うるせーな、もういいよっ」
端末をテーブルに叩きつける音が耳に痛む。それは、笹村さんと三好くんの通話が終わったことを意味していた。アホ面でマックの天井を見つめているふなっしー、君いつもこんな痛い思いしてるの? かわいそうに。
隣の修羅場カップルでさえドン引きするくらい機嫌を損ねた笹村さんは、椅子に足を組んでシェイクを一気に飲み干した。「三好のやつ、明日しばいてやる」と、テーブルの足を蹴る。ポテトが袋から溢れる。
「……あ、ごめん。ほんとさ、なんなんだろな、あいつ」
おびえている私を見て、一瞬でぱっと笑顔に変わった笹村さんは、困ったようにため息をついて、こぼれたポテトを袋に戻し始めた。もう冷めちゃったし美味しそうなのはほとんど食べてしまったから、あとは捨てようと思っていたのに変なところで律儀な人だ。
「あ、いや……私は、別に、迷惑とかじゃぁ……」
「いや、いいよ。エリカが嫌なら。俺さ、1年の頃からずっとバンド仲間探してたんだよ。2年の文化祭でライブして、3年の今頃はこれからの路線とかも決まってて。音楽系の学校からスカウトが来て、俺は音楽で世界を変える予定だったんだけど、本当はそろそろ就職探さないといけないこともわかってるしな。あいつの言うとおりだよ」
「え、えっと……」
「もうクラスで進路決まってないの俺だけなんだって。ったく、うらやましーぜ。2年生」
その言葉は、きっと笹村さんの本心なのだろう。来年の今頃はきっと私も悩んでいる。バンドなんて輝かしい青春の話が急に、現実的になった気がして。私は何も言えなかった。
「これが最後だと思ってたところにお前が現れて、本当はちょっと嬉しかったのに」
帰るか、と笹村さんは立ち上がった。トレイを返し、夜の街へ出る。「もう、バスも電車もないだろ。タクシー代」と渡された3000円を握り締めて、一人で歩く夜の街はやけに肌寒くて。バンドとか、目立つことはしたくないけど、あの悲しそうな笹村さんの助けになりたいと思った。いつも「ごめんなさい」しか言えない私は、勝手に自分のことをお人好しで優しい人間だと思っていた。しかし、それは全部自分を守るだけの偽善で、本当に困っている人相手では何もできないのではないのか。
私って、一体なんなんだろう。保健委員の仕事は出来るのに、それを優しさと勘違いして勝手に安心して、困っている人一人も助けられない私は、きっとろくなものではない。