コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: COSMOS【レス数調整中φ(..)】 ( No.197 )
日時: 2015/05/24 14:31
名前: Garnet (ID: nnuqNgn3)

蝉が鳴く。
木々が笑う。
雲が流れる。

きっと、今も昔も、ずっと続くこと。
その間に 私たち人間は、この世に産み落とされ、生きて、消えていく。


———ねぇ、蘭。どうして、ママの処に産まれてきたん?

———ママを、守りたかったから。


何時、何を選ぶか。


———そっか。じゃあママ、蘭のことも、ちゃんと守る。約束。


何時、消えるか。
それは…


———ねえ、ママ、起きて…お腹空いた…


自分が、決めること。




「ら……ら……ん…蘭!」
「え?」

なっちの呼ぶ声で、我に帰った。
何処かで 風鈴が鳴っている。

「やっぱり、疲れてた?」
「…」

あれ、さっきまで 何考えてたんだっけ。
汗で、腕にノートが貼り付く。シャー芯の先には、途中で切れている計算式。

「蘭、大丈夫?」
「うん…。」
「ば、バテた?アイスでも食べようよ!私が奢るから!」
「大丈夫だから。」

何故か流れてくる涙を抑えながら答えた。
なっちが絶句してる。

「なん、で…泣いてるの。私。」
「…もう、帰ろう。明日の午後から 練習だよ。」
「せやな。」

暫くの沈黙のあと、私たちは 勉強道具をバッグに詰め込み、別々に公民館を去った。

熱風が、身体にまとわりついた。

Re: COSMOS【レス数調整中φ(..)〈テストですとぉー〉】 ( No.198 )
日時: 2015/05/25 16:35
名前: Garnet (ID: TdU/nHEj)

筆を走らせ、ペンを走らせ。
真っ白な布に、沢山のファイトを。

「黄色…じゃないや、オレンジ取って!」
「はいオレンジー!」

「ちょっと薄くない?」
「そう?あんまりやると、滲まない?」

此所は、学校の廊下。
テニス部の皆と 俺らで、"2人"の応援の為の横断幕を作っている真っ最中だ。
奈苗も勿論、輪の中に入っている。
陽菜は、鈴木さんとの買い物をエンジョイ中だ。

「拓にーちゃん、バケツの水 換えてきてくれる?」
「りょーかい。」

この通り、才能に恵まれていないせいか、こういう仕事をすることになる。
別に、嫌でもないから良いんだけど。


「うわー、奈苗ちゃん上手いね!ホントに4歳?」
「歳誤魔化してない?」
「う、上手くもないし、誤魔化してもないよ…ホントに…ね…アハハハハ…」


後ろから、凄い会話が聞こえてきた。
当たってますよー、女の勘。
そういえば、アイツって 実質何歳なんだっけ?今度訊いてみよう。


校舎の端っこまで来て、蛇口を捻って バケツに水を溜める。
温いのが出てくるかと思ったら、結構冷たかった。
勢い余ってか、服にも掛かってきてしまう。

「あー、タオル置いてきちまった。」

…と、ズボンをバシバシ叩いていると、
軽い足音がして、柔らかそうなハンドタオルが 目の前に差し出された。

「り、里香?」
「へへ、忘れ物取りに来たついでに 例のやつの様子を見に行こうと思って。」

…佐藤里香。
コイツとは また同じクラスになって、仲良くなったりしている。
因みに、里香は吹奏楽部だ。
忘れ物らしきペンケースとファイルを、大事そうに抱えている。

「結構進んでる。…あ、そのタオル借りるよ。洗って返すからな。」
「うん。」
「じゃあ、行こうか。」

少しゆっくり歩いて、皆のところに帰った。

Re: COSMOS【レス数調整中φ(..)〈テストですとぉー〉】 ( No.199 )
日時: 2015/05/26 22:14
名前: Garnet (ID: OSvmcRAh)

「うわぁ、すっごい!これ、皆で描いたんですか?」

里香が 目をキラキラさせて言った。

「デザインは 奈苗ちゃんと拓君だけど、描いたのは私達だよ!!」

部員の一人が、ピースしながら彼女に説明した。

「奈苗ちゃん、って、この中の誰ですか?」
「あぁ、それは…」

すると、皆が少しずつ移動して、隠れていた奈苗を 里香に見せた。
目線がウロウロして、ようやく 奈苗にたどり着いた。

「え…?この子?」

大きな目が、更に 真ん丸になる。

「は、初めまして…。エイリー・奈苗です。」
「えいりー???」
「あ…えっと…」

里香は ゆっくりとしゃがみこみ、食い入るように奈苗を見つめた。
そして、数秒の沈黙の後…

「やだー!超可愛い!!」

と、奈苗を弄り始めたのだ。
頬をつついてみたり、髪を撫でたり、ハグしてみたり…。

さすがにこれには、目が点になる。

「え、何々、もしかしてハーフなの?」
「ハーフではないです。あの、色々と複雑化してて…いてて…」
「もー!ホントに四才児かー?」
「は、離して…」

「「は、は、は…」」

数分後、テニス部の顧問の先生がやって来るまで、この ほのぼのシーンは続いていた。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)テスト終わったー!】 ( No.200 )
日時: 2015/05/27 19:20
名前: Garnet (ID: u6EedID4)

あぁ、もう5時か。起きなくちゃ。
タオルケットを蹴り飛ばし、のそのそと布団を畳む。

鼾と寝息に動きを止めると、皆の 幸せそうな寝顔。

「頑張ってくるよ、皆…」

空気に溶けてしまいそうなくらい 小さく呟いて、そっと部屋を出た。

朝食をさらっと作り ユニフォームに着替え、試合用のラケットバッグに荷物を詰め込んだ。
財布、弁当、水筒。他のものは、昨日の内に用意してある。

日捲りのカレンダーは、終わり行く夏休みを 静かに告げる。
いつもギシギシ鳴る床も、今日は何も言わない。

ちょっぴり寂しかったけど、玄関の扉を開けて、靄の向こうの朝陽へ 歩き出した。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.201 )
日時: 2015/05/28 20:50
名前: Garnet (ID: aByXSACk)

学校に着くと、ボールを打つ音が聞こえてきた。
芝のコートを通り過ぎ、ネットのカーテンを開けて 彼女に会いに行く。

「おはよ、なっち。」
「あ、蘭 おはよう。」

帽子の影から、白い歯が覗く。
なっちは 壁に沿って転がっていくボールを拾い上げ、帽子を外して、笑った。
細い腕で、ちょっぴり傷の付いたラケットを抱えながら。

「壁打ちせーへん?」
「うん!」

他には、特にやり取りしなかった。

私が球を打って壁に当てて、そこからバウンドした球を、今度はなっちが打ち返す。
その、繰り返し。

よく、1年生のときに 仲間たちでコッソリやってたものだ。
朝陽のせいで、何だか 夢の中にいるような気がする。
つい昨日 入学してきたばかりのような。
ちょっと前まで、お母さんが生きていたような…

「あぁっ!」
「ふぇ?」

なっちの大声で我に帰ると、豪速球で ボールが飛んできた。

「うわっ!」

思わず、顔の前にラケットを持ってくる。
ボールは ガットのど真ん中に当たり、跳ね返って 止まった。
もしこのまま ぶち当たっていたらと想像すると、寒気がしてくる。

「ご、ごめん蘭!大丈夫?!」
「へーきへーき!!…でも、なっちの集中力が切れたってことは…」
「ん?」

くるりと 身体を半回転させると、そこには 1年生の姿が。
救急箱を持って、じっと此方を見つめている。
なっちも振り向いた。

「全員、集まりました。あとは 先生だけです。」

低く落ち着いた声で、彼女が言う。

「分かった。ありがとう。」

なっちが微笑みながら答えると、彼女は軽くお辞儀をして 走り去って行った。

「私達も行こうか。」
「せやな。」

壁打ち場を出て、バッグを背負う。
不思議と それが軽い気がして、自然に歩き始めていた。

「あ、そういえば、さっきの 何?」
「さっき?」
「『なっちの集中力が切れたってことは…』ってやつ。」
「ああ、あれ?…気付いてないだろうけど、なっち、人の気配が判るっぽいからさ。」
「…それ、先生にも言われた。何だろうね?」

なっちが不思議そうに 頬を人指し指で撫でる。

「まあ、今は そんなことどうでもいいじゃん?ほら早く!先生来ちゃうよ!」
「…そうだね。」

そうして、私達は 足早にコートを後にした。
もしかしたら、もう二度と戻ってこれないかもしれない、このコートを。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.202 )
日時: 2015/05/29 18:35
名前: Garnet (ID: .tpzY.mD)

高速バスに揺られて、約1時間半。
予想よりも全く混まなかった道路をビュンビュン走り続けた。
その間は、皆で 朝ごはんを分けて食べたり、トランプをしたりして過ごした。
でも、私達以外の3年生は ひっそりと勉強をしていた。

「予想通り、すごい都会だったね。」
「せやな。」

蘭が笑いながら言う。

私の言葉が過去形なのは、試合会場が 街からちょっと離れているから。
ビルやら東京タワーやらは、バスに乗っている途中に 見たのだ。
キャーキャー騒いでいた1年生を思い出す。

でも、笑っていられるのも 今のうちかもしれない。

有名私立校の裏門をくぐり、それを実感させられた。
私達の使って良い場所にたどり着くまで、全国大会常連校のチームと 何度もすれ違ったが、
そのほとんどが、涼しげな顔をしてランニングしているのだ。

だから 私達も負けじと、必ず先に挨拶をした。

「うわあ…ちょっと蘭、もしかして私達、凄く場違いなんじゃ…」
「何言うてんの!!ウチらは選ばれし者なんやで?…その中でも ビリかは分からんけど。」
「うーっ。」

最初はポジティブさがキラキラしていた蘭も、言葉を繋げるうちに 元気が無くなってしまった。
しまいには、2人で どんよりオーラを放つ始末だ。
後ろ姿に 青い火の玉まで見えそう。

「蘭ちゃん!夏海ちゃん!元気出してよ!!」
「そーよ、折角 あたし達応援に来たんだから!」
「なっつー、勝ったら 蒟蒻ゼリーあげる!」
「あ!じゃあわたしは蘭センパイに 卵焼きあげます!」
「センパイたちのように、私達も応援しますから!」
「皆…」

そうして、私と蘭は、全部員21人に励まされながら 準備を始めた。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.203 )
日時: 2015/05/30 19:13
名前: Garnet (ID: 0exqyz.j)

「うわー、すっごいね!東京駅!」

普段は大人しい奈苗が、目をキラキラさせて言った。
店や人の多さ、複雑な空間。
キャリーバッグというやつも、ここで初めて見た。

「拓にぃ、迷子になるのやだよー。」
「じゃあ ちゃんと手繋いどけ。」
「はぁい。」

横に視線を写すと、案内図と格闘している 黒江さんの姿。
その隣で、俊也が 馬鹿にするようにニヤニヤしている。

知美と陽菜、瑞は 見たことのない世界に圧倒され、半分固まっていた。
彼らと奈苗の違いは 何なのだろう。
…あ、もしかして。

陽菜の手を引き、奈苗のところに行って、しゃがんで目線を合わせた。

「奈苗、もしかして、来たことあるのか?」
「あぁ、うん、実は。でも結構変わったよねー。」
「何年前の話だよ!」

俺がそう突っ込むと、奈苗は苦笑した。

「ん?」

陽菜は 話の意味が解らなかったらしく、頭の上に クエスチョンマークの列を作った。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.204 )
日時: 2015/05/31 20:20
名前: Garnet (ID: vJF2azik)

「エマは来たことあるの?」
「あるよー。お父さん怪我してたから、ちょっと大変だったけど。」
「へぇ。」
「トモは?」
「分かんない。多分初めてだよ。」

知美とエマは、比較的落ち着いてきたようだ。
鈴木さんと桑野さんは、店のことを話したりしている。みんなにお土産でも買うのかな。
色んなことを考えながら 瑞はどうしたものかと後ろを向くと、エマを見つめていた。
まさか…。勝手な想像だが、なかなか可愛らしい。

そうこうしているうちに、電車が来て 俺らも乗ることになった。



「結構離れましたねぇ。」

黒江さんが、水筒のお茶をゴクゴク飲みながら言った。
木漏れ日に当たって、時折 汗が光っている。

「え?まさか黒江さん、普段から全然歩いてないんじゃ…」

俺がそう言うと、黒江さんは半分むせながら、

「五月蝿いわね、大きなお世話よ。」

と、ギロリと睨んできた。

「貴方も貴方でしょう、2年生からサッカー部に入れてくれなんて言って。」
「それとこれとは全く別物ですが。」
「そうですか。」

下らない言い合いをしていると、すぐ隣で 俊也がまたクスクスと笑い始めた。

「気持ちわりーぞ俊也。」
「何か言ったか。」
「その口を縫い合わせてやってもいいんだぜ?」
「やれるもんならやってみろ。」

伸びた前髪の奥から、悪戯っ子のような瞳が覗く。
すると、次の瞬間、俊也が走り出した。

「まあ、その前に、俺を捕まえることだな!たっく・にー・ちゃん☆」
「んにゃろー!」

言葉の意味に気がついて 追いかけようとした頃には、もう随分と遠くを走っていた。
その光景に 全員が笑っていたなんて、俺らは全然知らない。

耳の横で、風の音と蝉の声がいっぱいになった。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.205 )
日時: 2015/06/01 21:30
名前: Garnet (ID: KBFVK1Mo)

コートの中を飛び回るボールを 目で追う。
深く、速く、時には思いきり切られて、生きているように跳ねたり。

片方のチームと一緒に見ているので、ボールが遠ざかったり 此方に向かってきたりする。
まるで、私もあの中にいるみたい。


す、すごい。
やっぱり、すごい。


はち切れそうな、凍りついてしまいそうな空気の中、私は柵に張り付いて 試合に見入っていた。
もう、数えきれないくらいラリーが続いている。
審判たちも、心なしか 大変そうに見えた。

すると、疲れが見え始めた後衛が、浅く出された球を 軽く返してしまった。
それを見逃すまいと、相手の前衛がボレーする。


あ!


すると、こちら側の前衛が 一生懸命に腕を伸ばして、高くバウンドした球をボレーし返した。
しかし、緩い。
向こうの後衛は、しめた、とばかりに、がら空きのストレートにショットを打ち込んだ。
…と、次の瞬間。

「うわあぁぁ!!!」

歓声にもならない凄い声が、向こうのほうから聞こえてきた。

「ゲームセット!」




「なっちのほう、どうだった?」
「凄かったよ!最後の最後がほんっとーにカッコよかった!」
「えー。こっちはストレート勝ちになっとって、直ぐに終わってもうたわ。」

二人でサンバイザーを被りながら、さっき見た試合の話をする。
県大会の時から、一緒に同じ試合を見ないようにしているのだ。

「そっちの負けちゃったほうの県って、統廃合とかで忙しくて、学校数少なかったんだっけ?」

後ろで引っ掛かった長いポニーテールを、丁寧に解していく。

「らしいね。ウチらんとこは、もうとっくに終わっとるけど。」
「じゃあ、先輩たちも、苦労したんだろうね…。」
「せやなあ…」

空を見上げながら、少しずつ 身体を動かしていく。

「なあ、なっち?」
「ん?」
「ウチら、どうなっちゃうかな?」
「…」

蘭の問いに、何も答えられなかった。
陽に透けた彼女の茶髪が、風に揺れた。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.206 )
日時: 2015/06/02 22:32
名前: Garnet (ID: nnuqNgn3)

乱打が始まった。
私達の相手は 千葉の夏蓮学園。
これが普通なのかは知らないが、結構速い。
そんな思考に気付かれぬため、できるだけ涼しい顔をした。

向こうの方からは、お決まりの応援歌が聞こえてくる。
でも、後ろからは 静かな応援しか聞こえてこなかった。
…私は 静かな応援のほうが好き。
だって、ボールを追っている間に大声だされたって、そんなの耳に入ってこないから。
心の中で、誰よりも私達を想ってくれていれば、どんな応援歌よりも心強い。

気が付いたら1分が経過し、乱打は終わった。

向こうからボールを送ってもらい、ポケットに滑り込ませる。
すると、なっちが此方に走り寄って来て 耳打ちしてきた。

「蘭。あの前衛、結構癖が強いよ。」

その言葉に、ちょっとビビる。
でも、なっちを不安にはさせたくなくて、それに、逆に燃えてきて。

「へーえ。じゃあさ、ウチらで料理しちゃおうよ。」
「え?!」
「絶対何処かでボロが出るはずだから。それを狙うんだよ。
 弱小なりにも、出来ることはあるやろ?」
「…うん。そうだね!」

なっちは頷いて、笑顔を見せた。
そして、どちらともなく手を握り合い、ハイタッチして 自分のポジションについた。


「セブンゲームマッチ、プレイボール!」
「「はい!!」」


真っ直ぐに高くボールを上げ、今日一番のサーブをキメた。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.207 )
日時: 2015/06/04 21:59
名前: Garnet (ID: mvR3Twya)

「キャーッ!!」
「なっつー!」

会場に着くと 早速叫び声が聞こえてきた。
これは、言うまでもなく彼女らの学校だろう。

俺たちも、その後ろに紛れて 少しずつ準備を進めていく。
すると、リュックを下ろした奈苗が 部員の一人に走り寄った。

「美里お姉さん、今 どんな感じなの?」

美里お姉さん、と呼ばれた女子が 奈苗に気付き、しゃがんで目線を合わせる。
そして、彼女は 持っていたボードを見せながら教えてあげた。

「右が蘭センパイたちね。
 今はここ、3ゲーム目で、蘭センパイたちが勝ってる。大丈夫。」
「分かった。ありがとう。」
「どういたしまして。」

奈苗は 軽くお辞儀すると、安心したように パタパタと走って戻ってきた。

「良かったじゃん。」
「うん!拓にーちゃん、いっぱい応援しよ!」
「そうだな。」

彼女の明るい茶髪が、風にふわりと舞う。
その後ろで、ほぼ同時に 横断幕が広げられた。

…この間にも 夏海が苦しんでいたなんて、何も知らなかった。




夢中になって応援していたのも束の間、異変が起き始めた。
それに一番に気がついたのは、奈苗だった。

「夏海さん…なんか変…」

その一言に、その場にいた全員が目を見開いた。
沸いていた声が、一気に静まる。

「確かに…。左足、引きずってる。」

俊也も続けた。

「え?!」
「うそー…」
「もうすぐで勝てるのに…」

美里お姉さん、の視線の先には、○と×が交互に続いている。
折角アドバンテージをとったのに、ずるずると落ちていくように、調子が悪くなっていた。
そんなことを言っている間にも、終わりの見えない闘いが続いていく。

「あっ!」

エマが声をあげた。
そして、次に聞こえてきた声は…


「アドバンテージ・レシーバー」


一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
何故だろう。
今はまだ3ゲーム目なのに、悪い結果しか見えない。

「ちょっと……夏海ちゃん、ダブルフォールトしたんだけど………」

3年の部員が声を漏らした。


ねーちゃん———


夏海も蘭も、肩で息をしていた。
蒸し暑さのせいで、たまに 汗がぽとぽと落ちていくのも見える。
蝉は、やはり鳴き止まない…。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.208 )
日時: 2015/06/07 00:13
名前: Garnet (ID: u6EedID4)

〈黒江さんside〉


——黒江さん、少し、話があるの。


彼女が私の部屋に来たのは、あの電話が切れた 直ぐ後だった。

勿論、電話の内容は ほとんど知っている。


——何かしら。

——…蘭ちゃんが、県大会に優勝したんです。

——あらまあ。


彼女——奈苗が、瞳の奥に怒りを宿した。
今では、何故 あんな冷たい態度をとってしまったのかと、後悔している。


——蘭ちゃんがどれだけ頑張ったのか、分かっていて そんな言い方を?

——…。

——ごめんなさい。我が儘言ってるのは百も承知です。


奈苗の 申し訳なさそうな顔を見て、自分が何れだけ愚か者なのか、思い知らされた。
秘密を握っているからといって、何を今まで偉そうにしてきたのだろう。

私は、このままでいてはいけない。
変わらなければいけないと、そう思った。


——貴方が謝ることはないのよ…私が…悪いんだから……。
   もう、こんな人間でいるのは、やめにするわ。


何となく、笑みが零れた。
自分に対する嘲笑と、奈苗に対する何かが。

変わりたいと思ったなら、まず何をしよう。

それならば…


———皆で、応援に行きましょう。
   でも、全員は難しいから、せめて10本の指に収めてちょうだい。

———え…本当?!やったー!!ありがとう、黒江さん!


その時の彼女の喜びようといったら。
そして、部屋のドアが勢いよく開き、外から子どもたちが飛び込んできた。

そんな賑やかな空間の奥で、鈴木さんが 深く頭を下げていた。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.209 )
日時: 2015/06/07 14:11
名前: Garnet (ID: UcGDDbHP)

「「ラッキー!!」」

夏蓮の2人がハイタッチした。
私がチラリと横を向くと、なっちが 首を横に振っている。

「ちょ、ちょい待ちーな!まだ終わってへんで?!」
「そんなこと言って…もう、分かってる癖に…。」
「なっち…」
「蘭…?人間ひとってね、運命には逆らえないの。」

なっちはそう言うと、眩しそうに太陽を見つめた。

「…それに、月は、太陽には、勝てっこないから。」
「え?」

言葉の意味が分からなくて、首をかしげたけど、彼女は 意味を教えてくれそうになかった。
そして、ポジションを変えようと 歩き始めたとき。

「なつみーん!頑張れー!!」
「らぁーんっ!!あんたが夏海の一番のパートナーなんだよっ!」
「センパイ、諦めないでください!」

後ろから、皆の凄い声援が聞こえてきた。
思わず振り返る。
そして、その後聞こえてきた、『聞こえるはずの無い声』には、もっと驚いた。

「おい、蘭!約束を破る気かー?!」
「夏海さん!蘭ちゃん!巻き返して!」

なんと そこには、拓たちがいたのだ。
その後ろには、大きな横断幕を掲げる皆。

「は、はいー?」

これには、なっちもびっくりしている。
そして、最後のサプライズは…

「夏海っ!」

柵に張り付く 拓と奈苗ちゃんの隣に、綺麗な黒髪の女性が走ってきた。

そう。
なっちのことを、誰よりも解っていて、誰よりも愛している人。

「お母さん…」

なっちは、三枝さんを一目見た途端、声を震わせた。

「なっち。うちらは、独りじゃないんよ。」

私がそう言うと、なっちは 涙を溜めた瞳で、此方を見つめ返した。

「それにな、"運命には逆らえない"とかなんとか言ってたけど、運命は変えられるんやで!」
「え?」
「宿命は、宿る命。でも、運命は、運ぶ命。どう運ぶかは、うちら次第や!」
「蘭…」

私が手を差し出すと、なっちも手を出した。
その手を、強く叩き合わせる。

「「ハイ!!」」

パチン、と良い音が鳴った。

…ゲームは、始まったばっかりだもんね。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.210 )
日時: 2015/06/11 22:52
名前: Garnet (ID: 0exqyz.j)

「ゲームセット!」

よく通る審判の声が、辺りに響いた。
そして、数秒間の沈黙の後、私達は サービスラインにダッシュした。
後ろから、仲間の歓声と拍手が聞こえる。

「「有難うございました!」」

サンバイザーを外し、互いに礼をして ネットに近づく。
コートの外から、審判達が走ってきた。

「只今の、千葉県代表 夏蓮学園中等部と、群馬県代表……」

主審が試合結果を伝え始める。

私は、蘭の手をとり、強く握り締めた。
応えるように、蘭も握り返してくれた。
その温もりに、ホッとして 自然に手が離れる。

「ストレートで、星野中学校の勝利です!気を付け、礼!」

この言葉を聞いた瞬間、夢じゃないって、空まで飛んでしまいそうになるほど嬉しかった。

「「有難うございました!!」」

その後、夏蓮のペアと、互いに泣きながらハンドシェイクを交わして。

「ホントにありがとう。貴方達と闘えて、よかった。」

私が言うと、夏蓮の後衛、水口さんはこんな事を言ってくれた。


貴方達は今、全国のどのペアよりも、最強で最高だよ。
負けちゃったのは悔しいけど、出逢えて良かった。
また、3年後に会おうね。


ああ、生きててよかった。
このテニス部に入れて、良かった。蘭と親友で、ホントに良かった。

「あ…ちょっと、なっち?!」

…でも、後になって気がついたんだ。何大袈裟なこと思ってたんだろうって。
それに気がついたのは、いつの間にか落ちていた眠りから、覚めた時だった。




「ら、ん…」

焦点の合わない視界に、蘭がいた。
その後ろには、燃えるような夕焼けに染まった空がみえる。

ゆっくりと身体を起こすと、聴覚が蘇った。
何気なく向けた視線の先には、ボロボロと涙を流す、1年生の後輩。

「…なんで、泣いてるの?」

彼女の抱える私のラケットを、大粒の涙と嗚咽が伝っていく。

「ねえ、みんな…。どうしてそんなに、悲しそうな顔してるの?」

ぐるりと、私を取り囲む皆を見回した。
でも、誰ひとり私の問いには答えてくれない。
それどころか、一人ひとりと目を合わせる度に、その瞳には うっすらと光が浮かんだ。

「なつみ、せんぱい…っ。
 ごめんなさいっ、ごめんなさい、ごめんなさい………っ。」

私のラケットを抱えた後輩が、絞り出すように声をあげた。
そんな彼女を宥めるように、隣の同級生が背中を擦ってやっている。

「夏海センパイ、日射病で倒れて、今までずっと眠っていたんですよ。
 この子———玲奈ちゃんが、なつみん先輩の代わりに 闘って。
 …でも、蘭先輩も玲奈ちゃんも、相手に歯が立たなくて。」

美里ちゃんはそう言うと、悔しそうに、拳に力を入れた。

え?
倒れ…た?ずっと、寝てた?
玲奈ちゃんが…
蘭が…

嫌だ、頭が 受け入れを拒否してる。

でも、

「ストレート負けだ。」

顧問の先生の言葉が、重い重い言葉が。
鈍器になって、心を抉った。

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.211 )
日時: 2015/06/11 07:53
名前: Garnet (ID: XQp3U0Mo)

そん、な…。
私、何やってるの。何呑気に寝てたの。

身体を持ち上げて、立とうとした。
でも、腰からずり落ちたバスタオルの奥には 湿布された足が見えて。

「最後まで、馬鹿だよね…私…」

情けなくなって、涙まで出てきた。
同時に、3年間の部活の思い出が さらさらと頭を流れていく。
部活見学に来たとき、先輩たちが、凄くカッコよく見えたっけ。
2年生に上がってから、毎日があっという間だった。
辞めてしまった人も、それなりにいた。
毎日、どんな想いでボールを打ってきたか…。

それで、最後の大会で 関東にまで来れたのに、気がついたら倒れてた?
何してるの、ホントに。

「ごめんなさい、皆…。」

俯いていると、側に誰かが来た気配がした。
…蘭だ。

「なっちが謝ることないやん。誰が悪いわけでもない。
 それに…わたしは此処まで来れただけで、もう充分幸せやもん。胸張って帰ろ?」

蘭はそう言うと、いつもの笑顔を私に向けた。

「…そうだね。」

Re: COSMOS【レス数調整φ(..)】 ( No.212 )
日時: 2015/06/11 22:51
名前: Garnet (ID: 0exqyz.j)

結局、夏海は 先頭を歩く桑野さんにおぶってもらうことになった。
蘭も結構細いほうだけど、夏海もかなり痩せている。
中学3年にもなれば、不本意にも重くなってしまうものなんだろうが。
時々、俊也からスポーツドリンクのペットボトルを受け取って 少しずつ飲んでいた。

暗い夜道を、行列になって進んでいく。

「おばさん、アイツの具合はどうなんですか。」

隣を歩く三枝さんに、訊いてみた。
彼女は ゆっくりと瞬きすると、そろそろ姿を現しそうな星たちを見上げながら教えてくれた。

「蘭ちゃんと奈苗ちゃんがお見舞いに来てくれた頃から、回復し始めたわ。
 本格的に治療も再開させるって あの人も言ってるし…。」
「そうですか…」
「奈苗ちゃんに出会って、大切なことを思い出せたから。」
「え?」

アイツの心を動かしたのは、奈苗なのか。
そう思うと、なんだか不思議な感じがした。
おばさんが どんなに説得しても、聞く耳をもたなかったのに。極端な子供嫌いなのに。

「実はあの人、奈苗ちゃんの母親に 会ったことがあるのよ。」
「は…っ?」
「そりゃ驚くわよね、ごめんね。」
「いいえ、そんな。…でも、どうして?」

部員の皆は 少し離れたところを歩いているので、気兼ねなく訊けた。

話は、今から 4年と少し、前のこと。
父さんが 外出から戻り、公園の近くを歩いていると、見慣れない女性が 右往左往していた。
道にでも迷ったのかと考えた父さんは、大きなお腹を抱えた彼女に声を掛けたらしい。
その彼女が当に、奈苗の母さんだった。
話を聞くと、どうやら母親が姿を眩ましたとのことだった為、
父さんも、時間も忘れて彼女に協力した。
しかし、30分も捜し回っていると、彼女の母親は 何事も無かったかのように現れた。
そんなことが何回か続いたが、ある日を境に、彼女はパタリと姿を見せなくなった。
彼女とその母親が気がかりだったが、たった1つ知りうる情報は、彼女の名前だけ。

Ruby Ailey

…これが、彼女の名前だった。
"オトコの気配"が全くなかったので、独身だとは気付いたらしい。

臨月の子どもを抱えた、若い白人女性。
アルコール依存症で、働けなくなった だらしのない男。
こんな二人が、意外にも知り合っていたなど、夢にも思わなかった。
更に 奈苗の母さんと知美までもが繋がっていたというから、世界は狭いと 改めて実感する。

「そういえば…気のせいかもしれないけど、あの女の子と奈苗ちゃん、似てる気がするわね。」

おばさんはそう言うと、前の方を歩くエマ達を そっと指さした。

「そうですか?…俺からみたら、外国の人なんて、皆同じ顔に見えますけど。」
「そういうものなのかしら…。」
「そういうもんですよ。」

そうかしらねぇ、とおばさんは首を傾げ、夏海のバッグを よいこらせ、と背負い直した。