コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.236 )
- 日時: 2015/07/11 21:55
- 名前: Garnet (ID: /yMGlo86)
「え?犬っ?!」
恵理さんが 口元に手を当てた。
陽菜の髪と肩に積もった雪をはらっている途中で気づいたらしく、冷たい地面に膝をついたまま、固まってしまった。
電球の切れてしまった玄関は、ここ1週間 ずっと薄暗い。
視界の隅で、チラチラと 奥の灯りが揺れている。
「だ、め?」
大人が弱る表情をしてみる。此れも、奈苗ちゃんが教えてくれたこと。
「あ…っもう、困らせないで頂戴。」
心の声が聴こえたかのような反応をされる。
どうでもいいけど、この人は綺麗だなあって、よく思う。
彼女の髪は、強風に煽られようとも 乱れたりしない。文字通りさらさらと靡いて、本当に綺麗だ。
「やっぱり、元居た所に返した方がいいかな…。」
「それは駄目よ。……そうねえ、陽菜ちゃんの部屋は…ああ、アレルギーの子が居るわね。
取り敢えず、奈苗ちゃんに預かって貰おうかしら。」
「うーん…」
人間って 相変わらず他人任せ。
ジャンパーのファスナーをもう少し下ろしてあげた。スワロフスキーのようにキラキラ輝く瞳が 此方を見た。
優しく撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めてくれる。
犬っていうよりかは、ウサギみたいだ。
「じゃあ、入ろうか。ストーブつけてあるわよ。」
「うん。」
軋む床を踏み締め、温かい"我が家"にかえった。
———ただいま。
胸で煌めくこのネックレスのことは、この子とお爺さんとだけの、ひみつ。
- Re: COSMOS ( No.237 )
- 日時: 2015/07/12 20:57
- 名前: Garnet (ID: z5Z4HjE0)
「えっ?犬?」
翠の大きな瞳が、此方を向いた。恵理さんと ほぼ同じ反応だから、笑いそうになっちゃう。
きょうだいかなんかなのかな。多分有り得ないけど。
ただ、奈苗ちゃんは 誰よりも冷静沈着なんだよね。
彼女に合わせて、正座してみる。結構脚が痛い。
でも、床の冷たさが全然感じられない。いいなあ、本当に。
「うん…帰りにね、拾ったの。
恵理さんが、奈苗ちゃんに預けなさい、って。」
「何それ」
彼女は その答えを聞くと、真顔になった。
何を考えているんだろう。でも、陽菜よりは、沢山の事を考えている筈。
「…まあ、雪の中に放り出すなんて酷い事はしないから。一寸 抱かせて。」
こくりと頷き、雪玉の仔犬をそっと差し出す。
フワフワな毛が、するりと奈苗ちゃんの手にこぼれていった。
垂れ耳が ピクリと前後する。
奈苗ちゃんは仔犬をじっと見詰めると、膝に乗せて、仔犬の顔の前で 手をヒラヒラさせたりした。
「何してるの?」
「あ、うん……。ねえ、この子…、もしかしたら 目が視えないかもしれない。」
「…………え?」
意味を理解するのに、物凄く時間が掛かった。
頭を何度再起動しても 6文字の処理は出来なかった。
メガ、ミエナイ?
雪が止んで、雲も立ち去った。
さっきからずっとぼやける星空を、仰向けになって 窓枠で切り取って眺め続ける。
自棄になって開け放した窓からは、幸い 風が吹いてくるようなことは無かった。
「可哀想って、言っちゃうのは簡単だよね。
でも…私は、それは 前世の記憶を踏みにじられるのと同じ位、嫌い。
陽菜ちゃんも、其れは嫌でしょう?」
「うん。」
仔犬は、お腹の上に。
丸くなって、意味を為さない目蓋を閉じている。
「私たちも生きているように、この仔犬も、生きているんだよ。例え、"光"が有ろうが無かろうが。
お母さんが消えてしまうこと、お父さんに捨てられてしまうこと、そして…
目がみえないことも、全部 神様が決めることだから、どうにもならない。」
奈苗ちゃんは 部屋の電気を消して、陽菜の隣に寝転んだ。
シャンプーの香りが ふわりと此方に舞ってくる。
「神様は、意地悪なんだね。」
震える声で、精いっぱいの 神様への反抗をしてみる。
でも、奈苗ちゃんは、ある意味吹っ切れているみたいだ。顔を此方に向けて 陽菜と目を合わせると、
「意地悪じゃないよ。寧ろ、優しい。」
そう言って、陽菜の手を そっと握った。
…温かい。泣いちゃいそう。
「じゃあ、私と会わない方が、良かった?
此処に来ないで、怖くて嫌な 偽者のお母さんたちと暮らした方が、良かった?」
「ううん、それは違う。奈苗ちゃんも、拓にぃも、恵理さんも…っ、皆、大好きだもん!」
「でしょ?…だから、神様も、ちゃんとその事を解っているから こうしてくれたの。」
「え…?」
「だから、これまでのことは全部、意地悪なんかじゃない。
この地球の一人ひとりに与えられる宿命は…、神様からの、大事な贈り物。
星空がこんなに綺麗なのは、その贈り物を大切にした人が、私達を見守っているからだと思うよ。」
「大事な、贈り物…」
また夜空を見上げると、ダムが決壊したみたいに 涙が溢れだした。
「この子も、陽菜ちゃんみたいな 心の綺麗な人に大切にしてもらえて、凄く嬉しいんじゃないかな。」
「まぁま…ママあ…ぁあ」
奈苗ちゃんが言うことって、いつも難しいことばっかりだけど、今日はちゃんと解ったよ。
一文字ひともじが 優しい子守唄みたいに心にしみて、黒いものが洗い流される。
暫く号泣していると、顔に温かいものが触れて、涙の栓が きゅっと閉まった。
「…え?」
それにピントを合わせてみれば、正体は 仔犬だった。
小さな舌で、頬の涙を拭っている。少しくすぐったい。
「ほら、ね。」
音もなく身体を起こした天使が、屈託なく笑った。
- Re: COSMOS ( No.238 )
- 日時: 2015/07/13 23:18
- 名前: Garnet (ID: rS2QK8cL)
あれから———2週間後。
仔犬は…、彼女は、"地上の天使"から、本物の天使へと、生まれ変わった。
それを知っているのは…
今も、この先も、陽菜と奈苗ちゃんと恵理さんだけ。
「White snow...」
奈苗ちゃんは、『白雪』の名前を呟いて、大きな石碑に掛かった雪を そっと払い落とした。
その指先は少し 赤くなっているけれど、雪と、同化してしまいそうだった。
「ううっ…」
「陽菜ちゃん、泣かないで。私も、泣いてしまいそうなんだもの。」
強く抱き締められた 恵理さんの腕の中で、
白くなったジャンパーの袖で、何度も何度も 雫を拭いとることしか出来ない。
背中から、嗚咽と 鼻をすする音がした。
風と共に、雪は強くなっていく。
呆気ないよ、短いよ、残酷過ぎるよ。
折角、この世界に生まれたのに。
あんなに綺麗な姿をしていたのに。
凄く、仲良くなれたのに。
どうして、こんな———
「…141」
奈苗ちゃんが、雪に吸い込まれてしまいそうなほど、低く、小さな声を発した。
眠る者たちを、邪魔しないように。
「もう白雪は、白雪じゃ、なくなっちゃったんだ…。
141だよ?ひゃく、よんじゅういち。」
確かに、生きていたのに。
温もりは、今でも胸に残っているのに。
宝石のような瞳だって、記憶にこびりついて取れないのに。
あの子が生きてきた証を、全否定された気分だった。
どうして。どうして、どうして??
「ねえ、奈苗ちゃんッ。」
「…何?」
「今ね、陽菜ね、凄く、すごく悲しいの。」
「うん。」
「だからさあ、一寸だけ、怒ってもいいよね?」
彼女は、背を向けたまま 小さく頷いた。
其れを合図に、心を施錠してくれていた腕を 下にするりと通り抜ける。
「は、陽菜ちゃん…?」
力なく座り込む恵理さんから離れ、思い切り息を吸い込んだ。
それに比例して溢れる涙。
もう、それさえ鬱陶しい。
そして、吸い込んだ息を、空に向かって、思い切り。
「ぶあっかやろおぉうッ!!!!返せぇっ!!白雪のいのちを返せえ!!!!!!」
なにが宿命だ。なにが贈り物だ!
陽菜たちばっかり其のままで、白雪はずーっとずーっと、もう2度と会えないんだ!!
神様は、いい人の振りをして、白雪を騙したんだ…!
陽菜たちが悲しむのを見て、ざまあみろって、笑っているんだ…。
きっと、この下で 寒くて震えている。
暗いから、怖がっているかもしれない。
「こんなことになるくらいなら…」
白雪が こんな目に遭うくらいなら、
「生まれてこなきゃよかった!!
陽菜が、代わりに 此の生命をあげたのに。
- Re: COSMOS ( No.239 )
- 日時: 2015/07/15 22:20
- 名前: Garnet (ID: rS2QK8cL)
「ねえ、生きるって、何?奈苗ちゃんは、どう思う?」
生きることに、まだ意味を見出だせないわたしたち。
拓にぃ達のような、夢とか希望とかはなくて、まだ遠くの方にあるのが ちらちら覗く程度。
手を伸ばそうとすればするほど、消えてしまいそうで怖くなる。
それはきっと、いつも先の方を歩いている奈苗ちゃんも一緒。
彼女の後ろ姿からは、哀しみが滲み出ていた。
「生きることは…」
奈苗ちゃんは、ゆっくりと振り向いて、此方に歩いてきた。
サクリ、と雪を踏み締めて。
其の瞳に涙は見えない。何で泣かないでいられるの?
「幸せに、なること…かな?」
歩みを止めた 彼女のブカブカのウインドブレーカーの裾が、雪で濡れていた。
「1つだけ、綺麗事言っても良い?」
「…うん。」
「生きていちゃいけない生命なんて、無いよ。」
恵理さんが、ハッとした表情になる。
背丈は同じなのに、誰かに似ている奈苗ちゃんの顔は、ひどく大人びていた。
「私、前の人生では碌なことしなかった。
努力をし続けるお姉ちゃんを嫉んで、そんなお姉ちゃんばかり可愛がるお母さんを憎んで。
けど、『彼』と出会って、知ったの。幸福を分け合うことを。
…最後は 天罰が下って、最低な終わり方になっちゃったけどね。それでも私は、今もノア君が好き。」
…って関係ないか、ごめん、と彼女は言った。
この頃には、奈苗ちゃんの言う、"幸福のおすそ分け"とか"好き"って言葉の意味は解らなかった。
でも、彼女の言葉は じわりと心に染み込んで、温かくなる。
閉じた瞼を彩るのは、幸せそうな白雪ばかりだった。
まともなご飯は食べさせてあげられなかったけど、幸せそうに食べてくれたし、
凍るような朝に散歩をしたときは、気持ちよさそうに目を細めてくれた。
目は見えなかったけど、ボール遊びだってできた。
決して誰にも邪魔されない、虹色の時間を過ごしたんだ。
「奈苗ちゃん…」
彼女が、涙を雫して頷いた。
「陽菜ちゃんに幸せを運んでくれたのは、白雪なのよ。」
恵理さんも立ち上がって、そう言って陽菜の頭を撫でてくれた。
「うん。」
貰った幸福は、どうすればいいだろうか。
…答えは、ただひとつ。
「じゃあ陽菜、皆を幸せに…笑顔にするよ。
そうすれば、幸せがどんどん広がるよね。白雪のところにも、いつか、届くよね。」
まだ降り止まない空に向かって、呟いた。
青と翠の瞳と、目が合った気がする。
…強く、なりたい。
だから陽菜は、恩贈りしたい。
悲しみも、喜びも、全部。
笑顔に変えたいな。
「ありがと。白雪。」
明明後日は、ホワイトクリスマスになりそう。