コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: COSMOS【放置してしまいすみませんm(__)m】 ( No.244 )
日時: 2015/07/24 17:13
名前: Garnet (ID: z5Z4HjE0)

あれから二日後。

「私は テニスを続けるつもり。八重歯の可愛い天使くんと、約束したことだし。」
「八重歯の可愛いーーーああ、瑞くんのことか。」

夕暮れの図書館のなか、なっちが振り向いて微笑んだ。
いつもなら高く束ねている黒髪は解かれて、背中をさらさらと流れている。
ずらりと並ぶ文字たちが 夕陽を真っ直ぐに受けて、眩しい。
レモンティーを注いだガラスカップの底にいるような空間に、彼女の笑顔が煌めく。
素直に、綺麗だと思った。

「そう。あの子、知美ちゃんと同い年なんだって?」
「うん。」
「…蘭、どうしたの?急に。高校で何部に入るかなんて訊いてさ。」
「何となく。」
「…。」

なっちは、長くて綺麗な睫毛を伏せて 本を閉じた。
その表紙には、"シャーロック・ホームズの冒険"と書いてある。
古い本なのだろう、独特の紙のにおいが辺りに立ち込める。

どうでも良いけれど、私は シャーロキアンにはなれそうもない。小学一年生の眼鏡探偵君の話も、一寸難しい。
でも 奈苗ちゃんなら、英語版まで全制覇してしまいそうだ。
007(ダブルオーセブン)の映画も、テレビでよく観ているみたいだし。
帰りに借りて行こうかな。

「蘭」

細い腕がすっと伸びてきて、私に本を持たせた。

「私、蘭にいっぱい隠し事してるんだ。」

ぴったり同じ身長のせいで、結び付いていまった視線が離せない。

「まだ 全部を話すのは難しいけど…、そのうちの1つだけ、ちゃんと話すよ。」

聞いてくれる?という彼女の問いに、こくりと頷く。

隠し事の数は、馬鹿な私には全然わからない。
でも、1人の人間として、絶対に隠してはいけないことを 私は隠し続けている。
罪の重さを天秤にかけたらどうなるかなんて、最初から解ってる。
…それがなっちの「幸せ」になるのなら、この生命が終わるまで 苦しんだって構わない。
だから…私は、この"お姉ちゃん"のことは、絶対に泣かせたくないんだ。

「……あのさ、実は 蘭と同じ高校を受けるの、私。」
「え、嘘?」
「本当だよ。櫻沢経済大学付属高校。単願推薦Ⅱ。
 蘭は、Ⅰでしょう?」

嬉しいのか、もしくはその反対なのか。そんな感情も解らなくなった。
第一、何故戸惑っているんだろう。

「私も、聞くつもりは無かったんだよ。
 でも…この前、進路指導室で 蘭と先生が話してたから。」
「そ、そうなん…」

陽はどんどん傾き、光が赤みを増していく。

「なんか、ごめんね。…帰ろうか。」

彼女は、また笑った。
三枝さんにそっくりな目で。

Re: COSMOS ( No.245 )
日時: 2015/07/27 23:36
名前: Garnet (ID: 6k7YX5tj)

やりたいこと、って何だろう。

「…」

一年前に開いたアルバムを、もう一度捲った。
ドライヤーの熱を帯びた髪が、風に煽られて冷えていく。
寒さが嫌で、本能的に布団を手繰り寄せた。

アルバムって、不思議だ。ただ 紙が重ねられただけの物なのに、画が 一瞬にして動き出す。
春の甘い匂いも、夏の真っ白な陽の光も、秋の寂しい空気も、冬の閑かな星空も、鮮やかに姿を現す。
思い出という名の幻に、ふわりと心を委ねられる。

もう一枚頁を捲ると、一年前に見たのと同じ写真が目に飛び込んできた。
なっちと拓と私が、並んで笑っている。
妙にその笑顔が 幼く見えた気がした。

———でも…なんで 夏海さんは、その事を知らないの?
   父親は同じなんでしょう?

今より少し高い、奈苗ちゃんの声が蘇った。

…過去というのは、どうしてこう、私を哀しくさせるんだろう。
耳の奥で再生される笑い声はすぐにフェードアウトする。
そして、大音量で流れ出すのは、いつだって誰かの嗚咽だ。

でも…。
こんな ごちゃ混ぜで複雑な感情は、いつか忘れてしまうのかな。
其処にあった筈の何かは、時の流れに風化されてしまうのだろうか。
……っ!
ぜんぶ、全部、仕舞い込んでおきたいのに…!

私は、乱暴にアルバムを閉じて、ばっ、と頭から布団を被った。
表紙の角が 頬にチクリと当たる。

「お母さん…」

あのときの私は、一周忌から、こう呼ぶと決めていた。
強くなるんだと、美しく花開く"蘭"のように 強くなるのだと、彼女に誓ったのに。



———ずっと、ずっと。ヘタレなまんまやで。

Re: COSMOS ( No.246 )
日時: 2015/07/29 16:51
名前: Garnet (ID: u6EedID4)


———らーあんっ。

———何?ママ。


パシャリとシャッターひとつ。
テディベアに頬を擦り付けて 上目遣いをしたところを、撮られた。


———ふふっ、蘭のスマイルいただきやっ!


ママは、カメラのフィルムをカリカリと巻きながら 私の頭を撫でた。
甘酸っぱい香りがする。
その匂いが心地好くて、もっともっと、とせがんでみた。

テディベアも一緒に。
あったかい、ゆめのなか。
陽だまり色の記憶。

大好きなひとの膝の上を、独占する。

———ねえママ、どうしてママは いっつも写真撮ってるの?

———…せやなあ、ママもよく解らんけど、なんか好きだから。

———好きなの?かしゃかしゃしてるだけじゃん。

———何や失礼な。難しいんよ?これ。

———なんで?なんで難しいの?


ママは私の問いに微笑すると、ぎゅう、と私を抱き締めて 理由を教えてくれた。


———……………、…………。……………………


あれ、声が…


———……………。
   ……、蘭には、強くなってほしい。………………。だからママ、……………?


聴こえなく、なって…っ


———今ママが言うたこと、忘れたらあかんで。えーな?


えっ…、何て言うたの?
聴こえんかったよ?ママ…っ。

視界がぼやけ始める。
温もりが、遠退き始める。
……待って、行かないで、置いていかないで。
ちっちゃな私の手を包み込んでいた ママの手が、するりと離れる。

私はそのまま、真っ暗な闇に墜ちていった。



気が付いたら開いていた目から 感情が零れた。
こめかみを伝う涙の冷たさで、何処かを彷徨っていた意識が すうっと身体に帰ってくる。

「おかあ、さん…」

ママって、呼びたかった。呼べなかった。
ぼんやりと暗闇に浮かぶ 繋いでいた筈の手のひらは、冷たかった。