コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.262 )
- 日時: 2015/08/19 00:15
- 名前: Garnet (ID: DK9sYy0C)
やっぱり、来ない。
銀髪の男の子は、夕飯になったけど、食堂に来ない。
でも、彼の気持ちも、解らなくはないかも。
形はどうであれ、ワケはあるし、その哀しみを受け入れられぬまま、大人が話す難しい言葉の中を手探りで這い回って、疲れきって。
独りで居ることになれた頃には、手を引かれて、騒がしい世界に落とされる。
顔も名前も知らない、今日始めて出会った人と、同じ釜の飯を口にしなければならない。同じ空気を吸わなければならない。
……そして、これはあくまでも 単なる推測にしかすぎないけど。
彼には、私達の言語が解らない。
と、思う。
そんな空間、私だったら 地獄にしか思えないよ。
「来ないねー、あの男の子。」
右隣に座る陽菜ちゃんが、フォークにレタスをさして、むしゃむしゃと頬張りながら言う。
ドレッシング掛かってないけど、苦くないのかな。
相変わらず、パプリカは綺麗に避けてあるけど。
「お腹空かないのかな。」
私も、蘭ちゃんの特製ハンバーグを切り分けながら呟く。
フォークが光に濡れて、少し眩しい。
もしかして、彼にとっては、今 其れ処ではないのかもしれない。
何もわからない、何も信じられない、真っ暗な場所で、踏み出せずにいるのかもしれない。
空腹感なんかどうでもよくなって、震えているのかもしれない。
ソースを絡めとって、口まで運ぶ。
何となく、しょっぱい気がした。
「あの子が食べないんなら、陽菜が食べちゃおっかなー?」
…と、誰かさんの衝撃的発言には、思わず飛び上がりそうになるけど。
すーっと腕を伸ばして、向かいに置いてある彼の分を、然り気無く横取りしようとしているじゃないか。
其を見た、陽菜ちゃんの 更に右隣に座っている拓にーちゃんが、彼女の腕を掴んで そのフォークでハンバーグをぶっ刺した。
衝撃で机が少し揺れる。
「こんなときに食い意地を張るな。」
「あ、ハイ。」
陽菜ちゃんも、拓にーちゃんの殺気に身動ぎして、大人しく食べ始めた。
怖いよ、拓にーちゃん。
そんな怖い目付きで4歳児を睨まないでっ!
……なんておふざけは此処までにして。
「ねえ恵理さーん。男の子の分、ラップして持っていってあげても良い?」
遠くのほうで 冷蔵庫の中に頭を突っ込む恵理さんに訊ねると、左手が上がって、グッドサインを見せてくれた。
親指、細い。
- Re: COSMOS ( No.263 )
- 日時: 2015/08/19 15:59
- 名前: Garnet (ID: bAREWVSY)
カチャカチャと皿同士が盆の上で擦れる。
ラップには、早くも食事の湯気が結露し、皿が揺れる度に水滴が集まって くるくるとぶら下がりながら踊っている。
此が無駄なことだと言ってしまえばそれまでだ。
けれど、大人達が言う"意味"が其処にあるのだというのなら、ぶち当たって がっしゃーんと砕けてみる価値もあるんじゃない。
バラバラに割れたって、欠片を集めて、溶かして、くっ付けてやれば、その前よりも一寸だけ、強くなるし。
そっと足を止めて 小さな窓から夜空を見上げた。
夕方に見えた三日月は、とっくのとうに山の向こうに消えてしまっている。
ただ、浮かび上がる星屑だけが、地球という此の星を、独りぼっちにさせていた。
また歩き出して、前の人生での死に様を思い出す。
ある人は 美しいと言うだろう。ある人は 最悪だと言うだろう。でも私は、そんなことはどうだって良い。
『あの子』を愛してしまったのは事実で、向こうも 思いの丈は等しかったのだから。
ドアノブに赤い紐がくくりつけてある扉を見つけた。
この部屋だ。
返事は返ってこないと解っているけど、拳で何度か叩いてみる。
「ご飯、持ってきたよ?」
何十秒か待ってみたけど、予想通り反応は無いので、ドアの前に置いておこうと、身を屈めた。
私もまだ食べきっていないし、早く戻ろう。
しかし、僅かに下に開いた隙間から冷たい風が這ってきて、何か嫌な予感がした。
「……ねえ。」
もう一度ドアを叩く。
反応無し。
身体を横たえて、その隙間から中を覗いてみた。視界が許す限りに。
二段ベッドの場所にも、真ん中に置いてあるテーブルの所にも、影は見えなかった。
胸の奥がざわめいている。
放っておいて帰ろうかとも思ったけど、何かが駄目だと叫んでいる。
「入るよ?」
とうとう我慢が出来なくなって、私は、おぼんを退けてドアを開けた。
いつもならこのドアは 油を差したくなるほど動きが悪いのに、そんなことを忘れさせるほど、今日は静かに開いた。
ひゅうう、と凍るような風が吹いて、身体に巻き付く。
さっき来たときと同じ、蒼白い光の眩しさに目を細めると、窓台の上に立つ人影を見た。
「な、にし、て……」
絹糸のような短い銀髪を靡かせる後ろ姿で、私の方をちらりと見やってくる。
光に透けた睫毛も、銀色だった。
ファー付きの上着はその辺に脱ぎ捨てて、白いセーターを風に遊ばせている。
彼は哀しげに 人工的な笑みを顔に貼り付けると、外を向いて、その左足を、ゆっくりと踏み出した。
————此所、2階なのに。
- Re: COSMOS ( No.264 )
- 日時: 2015/08/20 23:21
- 名前: Garnet (ID: Uj9lR0Ik)
「あ———」
彼の姿は、幻だったんだよと、嘲笑うかのように消えてしまった。
風だけがびゅうびゅうと身体にぶち当たり、私は何も出来ないまま、立ち竦んでいた。
「おーい、奈苗!」
何処かから聞こえてくる声に、ぼうっとしていた意識を引っ張り戻された。
廊下に出ると、拓にーちゃんが 此方に向かって歩いてきているのが見える。
ゆっくりと、歩いていた。
「どうしたんだよ、電気も点けないで。ご飯も こんなところに起きっ放しじゃんか。」
拓にーちゃんが、廊下に置いてあるおぼんを指さす。
でも、訳を話そうと口を動かしても、言葉が出てこない。
どうしようどうしようどうしよう。
私のせいだ。
死んじゃう、死んじゃう、やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
飛び降りちゃった。私はこの目で見たのに止めなかった、止められなかった。
一歩踏み出して、無理矢理にでもあの手を引っ張ればよかったのに。
何も出来なかった。
飛び降りちゃった。飛び降りちゃった。飛び降りちゃっt鳶律っtひ折りて土俵っつつきわryだああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!
「嫌あああぁぁっ!!!!!」
叫んで、叫んで、叫んで、叫んだ。
「奈苗っ?!おぉい、どうした?!!」
座り込んだ私の肩を彼が揺するけど、視界がぼやけていくばかりで、何もできない。
頭が真っ白になって、何も見えなくなって—————
ごめんなさい
私、最低だ
———桜子ちゃん
誰か、が、呼んでる
———ねえ、起きて。もう朝だよ?
柔らかい声に、薄らと、目蓋を開いた。
遠くで、小鳥達が囀ずっている。
———ううんっ……
———ほら、引っ張ってあげるから
寝返りを打っても、声の主は、まだ身体を揺すってくる。
あんまり煩わしいものだから 身体を猫のように丸めて眠ろうとすれば、ふうっ、と耳に息を吹きかけられた。
———きゃっ!!
吃驚して、思わず跳ね起きてしまった。
お腹辺りに掛けていた手拭いを蹴りあげてしまい、ふわりと それが頭に乗った。
顔まで覆ってしまって、何がなんだか分からず、じたばたと暴れていると、誰かの手がサッと手拭いを取ってくれた。
陽の眩しさに目を細める。
———あ、ノア君…。
———はははっ、驚きすぎなんだよ、桜子ちゃんは。おはよう。
———お、おはよう。
私が極端な眩しがりなのを知っていたのか、彼は無防備にも、防空頭巾を被っていなかった。
ひんやりとした風が髪を揺らす。
暫くぼーっとしていると、私だけが丁度竹林の木陰に居ることに気付いたので、彼に訊ねてみることにした。
———ねえ
———ん?
背を向けかけたノア君が、顔だけ此方に向けて、僅かに首を傾げた。
風と光を受ける髪が金色に見えてしまうのは、気のせいだろうか。
———どうして、そんなに……
地面に敷いた麻に、指が触れる。
そして、ちからいっぱい言葉を振り絞ろうとした、その時。
私の心を見透かしたのか、彼は手に持っていたらしい防空頭巾を被ってしまった。
———ごめん、何でもない
いつになったら、その顔を見せてくれるの…?
- Re: COSMOS ( No.265 )
- 日時: 2015/08/21 23:47
- 名前: Garnet (ID: mJV9X4jr)
身体が冷えていく感覚がして、重たい目蓋をゆっくりと開いた。
それと同時に こめかみを冷たい涙が静かに走っていった。何粒も、何粒も。
悲しくて、寂しくて、自責の念にかられて、凍えてしまいそうだ。
……でも。
私の小さな左手を包み込む、少しごつごつした手の温度に気が付いた。
左に首を回せば、サファイア色の空間に 男の人が鼻まで毛布をかぶって眠っている。
さらさらと垂れている前髪と凹凸のある目元で…………それが、拓にーちゃんだと判った。
いくら パズルマットを敷いているからとはいえ、毛布だけでは寒そう。
あ、そうか…あの後…あの、後。
やっぱりやだ、思い出したくない。
「た、く、に……」
また涙が溢れてきて、つい、左手に力を込めてしまう。
「うぅ……」
遠い。
遠いや。
私には、全部が遠いんだよ。
空いた右手で掛け布団を手繰り寄せ、拓にーちゃんに半分掛けてあげた。
段々と身体が温まってきて眠気が襲ってきたので、シーツに顔を埋め、もう一度目蓋を閉じる。
一瞬だけ、彼が手を握る力が 強くなった気がした。
微睡みの中で、考えてみる。
……もしも、お母さんと一緒に暮らせていたら、どんな生活になっていたんだろう。
住むところは、一軒家?それともマンションかな。
朝には、お父さんに 行ってらっしゃいって言って見送って。
お母さんと二人で、お昼御飯を作ってみたり、いっぱいおしゃべりして、笑い合って。
お手伝いしたり、お裁縫してるのを 傍らでじっと見詰めてみたり。
夕方になったら、お母さんに負けないくらいに走って、玄関で 一番にお父さんを出迎える。
3人でおしゃべりしながら夕御飯食べて、温かいお風呂にゆっくり浸かって、眠るときには、絵本を読んでもらうとか、憧れるな。
きょうだいは、妹がほしいかな?……いや、やっぱりいらない!
あはは、くだらないかな。
くだらない、かなあ。
そうこう考えているうちに、頭がぼーっとしてきた。
頭をどっちに向けてるのかとかが、わからなくなってくる。こうなれば、もうすぐ寝れる 私なりの合図みたいなものだ。
二度寝って 結構良いかも。
それから暫くして、身体がふわふわして 夢を見かけたころ。
部屋のドアが開く気配がした。音はしなかったけど、何となく、においがした。人のにおい。
「……い」
小さな声が聞こえる。
最初は、拓にーちゃんの寝言なのかと思ったんだけど。
「Ruby」
ほんの一部の人しか知らない筈なのに。
「Ruby Ailey」
お母さんの名前を、その人は口にしたんだ。
スカイダイビングするみたいに、意識がさあっと猛スピードで降りてくる。
ま…まさか、まさかまさかまさか。
夢でありますように、幻聴でありますようにと強く願いながら、思い切って跳ね起きた。
ばさり、と、掛け布団の上に腕が垂れる。
2度目に目蓋を開いて見た部屋の色は、金色の光で満たされていた。
辺りを見回してみると、その光の中に、部屋のど真ん中に、あの男の子が突っ立っている。銀色の髪が眩しく煌めいていた。
「え…な、なんで……っ」
此の言葉は、一体 何に対して言っているのか。自分でもよく解らない。
私の震える声に、彼が目を細める。その視線は、私と拓にーちゃんが握り合っている手にも注がれる。
心を全て見透かされているようで、怖い。
そして、次に発せられた低い声には、恐怖のあまりに 全身に寒気が走ってしまった。
真っ直ぐ私を捉える青い瞳の奥で、真っ赤な炎が燃えている。
「____I resent you.Ruby's daughter...」
- Re: COSMOS ( No.266 )
- 日時: 2015/08/25 01:03
- 名前: Garnet (ID: m9NLROFC)
え……私、何かしたっけ。もしかして、私があの時いたせいで、死ぬことが出来なかったから?
それなら何故態々 "ルビーの娘"って呼んだんだろう。
何で…お母さんの名前を知っているんだろう。
「奈苗…?起きたのか?」
隣から聞こえる声の方を見ると、拓にーちゃんが ぼんやりとした目を此方に向けてきていた。
聞かれちゃったかな、今の話。
……聞いてても解らないでいて欲しい。
せめて一言、あの子には何か言っておこう。
そう思って もう一度部屋の真ん中を見たけれど、其処にはただ、ちらちらと、舞う埃が煌めくだけだった。
「お母さん…貴女は、私を産む前に何をしたの。」
でも、彼女はその問いに答えてくれる筈もなく。
静かな空気を震わせた私の声は だれの心にも届くことは無かった。
「どうした?」
「ううん、何でもないよ。」
拓にーちゃんがもそもそと身体を起こし、繋いだ手のひらが どちらともなくほどける。
「「…」」
何故か見詰め合った儘、私達は固まってしまった。
蜂蜜の入った瓶に閉じ込められて、時間が止まったように。
射し込んでくる陽の光が 彼の髪を琥珀色に塗り替えて、夢の中に居るみたいだった。
頭の中が、全然関係ない人で一杯になってしまう。
嗚呼———会いたい、会いたい。
「……奈苗、本当に、大丈夫か?」
焦点を合わせられなくなっている私の目を覗き込んで、拓にーちゃんが訊いてくる。
「だいじょうぶ」
「記憶喪失なんかなってねーよな?」
「なってないよ」
「群馬の県庁所在地は?」
「前橋市」
「知美と陽菜が苦手な野菜は?」
「パプリカ」
「俊也は何部に入ってる?」
「無所属。入ってない。」
「オレの…名前、は?」
「……拓にーちゃん。白金拓。」
「よ、よかったあ……。」
変な質問に答えながら、自分で何やってんのかと馬鹿馬鹿しくなる。
でも、拓にーちゃんは、本気で私のことを心配していたんだ。
いつの間にか 力一杯抱き締められていて、奈苗、奈苗、って連呼してるんだもん。
親バカな父親みたいだ。
此処で 苦しいよ、と言うのは漫画とかドラマみたいでベタベタな台詞だから、私も其の儘、温もりの中でじっとしていた。
「怖いんだ。」
曇った声が聴こえる。
「大切なものを失ってしまうのが。」
何時か聞いた話が思い出される。
拓にーちゃんのお母さんは、病気で亡くなっていると。
「臆病で、弱虫で、ちっぽけだ。夏海にも、ホントのこと言えないし。」
大丈夫だよ、それは。
臆病なのは、弱虫なのは、ちっぽけなのは、これから沢山、強くなれるってことだから。
夏海さんにだって、きっといつか 話せる日が来る。
「実はさ……、前に 奈苗のスケッチブックを見ちゃったことがあるんだ。」
「え?」
「ごめん。」
「……いいよ。必ず 話さなきゃいけない日が来るって思ってたから。」
「ありがとう。」
腕の力が強くなる。
「彼処に書いてあったこと……凄く、すごくガツンと来た。色んな意味で。」
「そんなこと書いてないよ?」
「いや、結構来た。」
「そ、そう。」
あんなつまらない、所詮 ストレスの吐き場にしかなっていない物を見て、何が面白いんだろう。
込み上げそうな言葉をぐっと喉の奥に押し込んで、闇の中で目を閉じた。
あれ…何だろう。
懐かしくて、安らぐ、この感覚…。
「あのさ…。オレは、あの絵の男の子みたいには、なれないけど、さ。」
心地好さに、身を委ねようとしたとき。
ふわりと、抱き寄せられる力が緩んだ。
ハッとして目蓋を開くと、眩しさに 目の奥がつんとする。
「オレも、奈苗のこと、守りたい。」
「…………え?」
バチンとぶつかった視線。
心なしか、腕に添えられた拓にーちゃんの手が、優しい。
「だから……」
どうしよう、何か一寸、これ以上聞いてはいけない気がする。
私を見詰める彼の顔は 真剣そのもので、一つずつ慎重に言葉を選んでる。
ふざけてない。
逃げてない。
彷徨ってない。
「オレはっ———!」
ど、どうしよう。