コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.291 )
- 日時: 2015/10/20 20:41
- 名前: Garnet (ID: j553wc0m)
〔奈苗 5歳春『見え隠れして』〕
今日は、特別な日。
陽の光の中に寝転がって、桜の香りを胸にいっぱい吸い込む。
思い出の詰まった桜の花が、私は大好き。
———さくら、おはよう。
……もう、縁側で寝ちゃ駄目って言ってるでしょう?
目蓋を開けると、其処にはお姉ちゃんが居た。
お父さんやお母さん、ご近所のおばさまやおじさまは皆、私達は瓜二つだと口を揃える。
目の前に居る こんな綺麗な人のようになれるなら、早く大人になりたい。
お姉ちゃんは、優しい笑顔で私の頭を そっと撫でた。
背中まで伸びた髪が垂れて、甘い匂いがする。
———おはよう、お姉ちゃん。
だって、朝は 此所が一番暖かいんだもん。
そういえば、今日はピアノのレッスンあるの?
———ああ、本当はある筈だったんだけど、先生が 御用事があるからって、お休みになったわ。
今日は思う存分遊ばなくちゃ!ねえ、さくらは何したい?
彼女の弾む声に、ううんと伸びをして起き上がる。
身体中に酸素が行き渡る感じが気持ちいい。
———絵を描きたい
お姉ちゃんが、僅かに目を見開いた。
「うっぎゃあぁぁめんどくさい!疲れた!もう嫌だ!」
どすん、と大きく床が揺れる。
吃驚して音のするほうを見ると、蘭ちゃんが床に寝転がって 手足をジタバタさせていた。
脚を折り畳み机のなかに入れているので、最後には踝を机の脚にぶつけ、彼女は絶叫した。
あれは痛い。
「ら、蘭ちゃん……やっぱり大変なの?春休みの宿題。」
私も 身体を横たえて、匍匐前進で彼女の処へ近づいた。
パズルマットの繊維が服にこびりつくなんてことは、この際考えない。
左隣にぴたりと寄り添えば、お揃いの甘酸っぱい香りがする。
"此処"の皆で一斉にヘアカットして、蘭ちゃんと私は 髪の長さまでお揃い。
寝癖は付き易くなるけど、其の分、気持ちは軽くなるから嬉しい。
今にも爆発しそうな桜の蕾達と同じように、舞い上がりそうな気分になる。
「推薦で入れた分、回ってくるモノはでかいんよー。正直、他の子に比べれば うちなんて勉強してるうちに入らんし…。」
「そんなことないもん!蘭ちゃんは、凄くすごく頑張ってた!」
「奈苗ちゃん……」
蘭ちゃんが複雑な表情をつくる。
茶色がかった瞳に陽が当たって、きゅうっと瞳孔が小さくなる。
普通 単願推薦といえば、面接と作文だけのイメージがある。
でも、私立というだけあって、向こう側にも 選ぶ権利はあるから、学校や御偉いさんによって、選び方は各々。
蘭ちゃんが通うことになった、櫻沢経済大学付属高校の入試は 集団面接・作文・国数英の筆記試験の3つを採用しているから、気が抜けなかったのだ。
相当神経を削っただろう。
私じゃあ心身共に持ちそうもない。
一年以上 重圧に耐えて塾に通うなんて、考えただけで吐き気がしてくる。
「もおー!可愛いったらありゃしない!」
だからというのも何だけど、彼女が 私の背中にぎゅうっと抱きついてきても、大人しく 温かさに甘えていようと思ったのは事実だ。
私も、蘭ちゃんみたいな女の子になりたいな。
視界の隅で、小さく畳んだ布団が 陽だまりにぷかぷかと浮かんでいる。
「……にしても、奈苗ちゃんの部屋て、朝はこんなに暖かいんやね?
炬燵とか置いたら最高やろ。」
「炬燵は…遠慮しとくよ、熱いから。」
「そう?」
「うん。」
そんなことを話しているうちに、蘭ちゃんは身体を起こした。
シャーペンの芯を出し、黒と赤のアートになった頁を捲ると、今度は国語の頁だ。
数学の章が終わって、古文に入った。
「あ!竹取物語だ!」
「え、知っとるの?」
「うん、図書室でね、司書の先生がすすめてくれたの。
一寸難しかったけど、現代語訳と一緒に全部読んじゃった!」
「な、奈苗ちゃん…」
言い終わった処で、後悔した。
机に乗り出して目を輝かせた私とは対照的に、彼女は顔を強張らせていたからだ。
すっかり拓にーちゃんと喋っている気になっていたものだから、今にも冷や汗が吹き出そうだ。
けれど、焦りを悟られないよう、私は必死に笑顔を取り繕った。
「あんた、何者なん。」
揺れていた目元が すっと引き締まって、真っ直ぐ私に照準を合わせる。
「…」
勘違いされるのも困ってしまう。
私は 世界をカンニングしている状態だから、せめてもの努力をしているのに。
ああ、こんなことなら "桜子"のときに、勉強じゃなくて家事に専念すれば良かった。
「なーんていうのは冗談!うちがアホなだけやろ!!あははっ!」
「へっ……?」
何て考えていたのも嘘にしてしまうように、蘭ちゃんは笑いを飛ばした。
此方は拍子抜けしてしまう。
…ていうか、違う意味で勘違いされてしまった。
春休み早々、ばたばたです。
- Re: COSMOS ( No.292 )
- 日時: 2015/10/10 01:10
- 名前: Garnet (ID: yMlOZvUZ)
蘭ちゃんの宿題が片付いた頃、待っていましたと言わんばかりに 辺りの桜が一斉に咲き始めた。
鶯の鳴き声が淡い青空にこだまして、夢の中に居るような錯覚さえおぼえる。
「お母さん…今日はすごく良い天気だよ。」
まだ冷えきる朝方。
私は、部屋のカーテンを静かに滑らせて 眩しい青空を見上げた。
この空が、お母さんと繋がっているような気がして……、ううん、そう思わずにはいられなくて。
日本じゃ目立つ、この 赤みのある茶髪と、翡翠色の瞳。
どうか此の儘変わらずに、お母さんに見つけてもらえますように。
布団を引き摺って、部屋の奥に持っていく。
ふわりと畳んで上に乗せた毛布が 何時もよりふかふかに見えた気がした。
今日は特に予定も無いし、やりたいことも無い。
桜を描きに行こうかとも考えたけど、まだ満開にはならなそうなので、楽しみは後に取っておくことにする。
そんなことを考えて すっかり気が抜けてしまったのか、弱々しい欠伸が零れた。
早く顔を洗って目を覚まそう。
…と思って、机の上に置いたタオルを取ろうとすると、ドアが開く音がした。
「な、な、え、ちゃん!」
きいぃっ、と高い音が響いて、其と一緒に ドアの隙間から真ん丸な瞳が覗く。
……此は勿論。
「陽菜ちゃん、おはよう。」
「えへへっ、おはよう。拓にぃはまだグーグー寝てるよ。」
彼女は、つやつやな髪を揺らして 私に飛び付いてきた。
「昨日 夜遅くまでマンガを読んでたらしいね。友達から借りたって。」
「ね、まんがんのじゅーるにバレたら怒られちゃうよね!」
「しっ!其の呼び方は内緒でしょう?」
「あ…ごめん!」
はっとした顔で、自らの口を両手で塞ぐ陽菜ちゃん。
もう遅いって、なんて言わせない可愛い仕草。思わず此方が癒される。
私には出来ないな。絶対 知美ちゃんに気持ち悪がられる。
……って、何を朝っぱらから変なこと考えてんの。
「と、取敢えずさ、今から顔を洗いに行こうと思ってるんだけど、陽菜ちゃんも行く?」
「行く!」
「じゃあ、先ずは髪を結ばないとね。」
「ん!だったら、夏海お姉さんみたいなポニーテールにして!」
「はいはい。」
でも、今日は珍しく、陽菜ちゃんのポニテ姿を見られるから、良いとしよう。
- Re: COSMOS ( No.293 )
- 日時: 2015/11/03 22:27
- 名前: Garnet (ID: 5ROqhRB3)
「ねえ奈苗ちゃん。あの子、此処に来てから幼稚園にはまだ入ってないんでしょう?」
「そういえば、そうだね。」
「やっぱり四つ葉に行っちゃうのかなあ。」
ふるりと、ゴムを通り抜けた黒髪が揺れた。
私の右腕につかまっている もう1つのヘアゴムが、心なしか寂しそうに見えた。
其は無いと思うよと、何も考えずに言えれば良いのだけど。
「……どうだろうね。」
咄嗟に溢れた言葉は行く宛を失って、哀しみに震える。
嘘をつくのが下手な私には、しょっちゅうあることだ。
「2階じゃあ皆起きちゃうから、食堂側の流しに行こう。」
「うん。」
今 ひとりじゃなくてよかった。
時々、大人たちは 私達子供のことを天使と呼ぶ。
大きな瞳で世界を見、小さな掌で総てに触れようとするその姿から、そう思ってしまうのだろうか。
皆の過去は知らないけど、少なくとも私は、"天の使い"じゃない。
自分で未熟な翼を折り、自分で地に堕ちた。
泥に汚れて、まっさらな空に浮かぶ千切れ雲を見上げ、何時か飛べやしないかと、叶いもしない希望を 此のちっぽけな心に宿らせている。
罰を受けると覚悟は出来ていたけど……不甲斐なさに 呆れさえ感じてしまうんだ。
白く光る部屋をあとにして、そっとドアを閉めた。
………Nanae
一瞬 誰のことなのか解らなくなりそうになる文字を視界から追いやると、其のプレートは からんと音を立てた。
「皆のプレートも作ったら面白そうなのに。」
Haruna laughs.
天使は、天使の儘。
「そうだね。」
I laugh too.
私は、私の儘。
However___
何時だったか、思わず孤独感に見舞わされてしまった あの星々は、眩しすぎる太陽に勝てっこなく、彼が過ぎ去るのを待っている。