コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.307 )
- 日時: 2015/10/31 23:24
- 名前: Garnet (ID: Ft4.l7ID)
あの人は、優しすぎる人だった。
あの人は、強がりすぎる人だった。
……誰かに"彼"のことを訊けば、皆 口を揃えてそう答えた。
母さんもそう言っていた。父さんもそう言っていた。
こういうことを、日本語では異口同音というらしい。
まるで宿命を背負わされたかのように この世に生を受け、死に物狂いの努力で子供時代の殆どを費やし、ズタズタの心を隠し通して生き抜いた。
最期に、ありったけの愛を吐いて。
"彼"が あれで良かったんだと、言ったとしても、僕は一生……いや、何度生まれ変わっても アイツを恨み続けると思う。
もしかして、貴方も同じことを思い続けているのですか?
「まあ、梅雨が明けるまではこの位で良いだろう。」
ニット帽の彼は、僕がこんなことを考えているなんてまるで知らないと言うように、僕のリュックに衣類を詰め込んでいく。
無駄のないその動きがふと止まり、彼は静かに 視線をこちらに移した。
一人きりで幾度もの夜を超えたであろう、このホテルの一室は、しんと静まり返る。
「……どうした?」
潤みが残るその瞳は、何処までもまっすぐで綺麗だ。
まだまだ世界の狭い僕でも、それはわかる。
「何でもありません」
「そうか。お前は何でも溜め込むタチだ…何かあればすぐに言えよ。」
「……はい」
だからいつも嘘をつく。
貴方の視界に、余計な汚れを入れたくないから。
パンパンに膨らんだリュックサックを受け取り、ジャケットを羽織ろうとしたところで、頭に温もりを感じた。
「……ダニエル、お前はもしや、あの子の生まれ変わりか?」
ああ、訊かなくて良かった。同じことなんて思ってなかった。当たり前のように。
その手は音もなく髪をすり抜ける。
彼がどんな顔をしているのか、怖くて見られない。
僕自身も、どんな顔をすれば良いのかわからない。
馬鹿でごめんなさい。
そう言おうとしたら、代わりにこぼれていたのは涙で。
あんまり無意識だったから、彼の次の言葉を聞くまで、自分が泣いているのだと気付けなかった。
「そんな顔をするな。この生命に懸けてでも、仇を討つさ。」
あの後、何と言って帰ってしまったのか覚えていない。
ちゃんと歩けていただろうか、信号は守っていただろうか。
食事も口にさえ入らなくて、夜も眠れなかった。
何を考える訳でもなく、ただただ、頭を空っぽのままにして、心臓を動かし呼吸をしていただけ。
宝石をばらまいた、今にもこの身体が落ちていってしまいそうな星空を滲ませる。
すうっとそこに溶けていった言葉は、もしかしたら"彼"のものなのかもしれない。
「何も失っちゃいないのにね」
- Re: COSMOS ( No.308 )
- 日時: 2015/11/02 00:08
- 名前: Garnet (ID: /48JlrDe)
地球が回っているというより、星々が廻っているように見えた。
恋しい。
故郷が恋しい。
一筋の流れ星が空を細く切り裂いた途端、十何時間振りの"感情"が心をいっぱいにしていった。
満たんになったそれは、表面張力なんてお構い無し。
涙という形になって溢れた。
自分のことは自分が一番知ってるんだとか、ドラマの中で誰かが偉そうに言っていたのを不意に思い出した。
でも、そんなのは当たり前の間違い。
誰にだって、他人から見た自分や 自分も他人も知らない自分が存在する。
今の僕の場合は後者だろうか。
まあどっちだって構わないけれど。
しみじみ思う。
勝手に自傷するくせに治りは早いなあ。
それしか思っていないのに、涙は星を溶かそうとする。
しかし、何百、何千光年も離れた彼らには、僕の姿は見えないんだろう。それぞれ透明なヴェールを被り、茜色に染まり始めた空に呑み込まれていった。
「だっせ」
何処までも正直な鏡は、何処までも似合わない制服を着た僕を 何処までも狂い無く写した。
ポロリと、鏡に跳ね返って 三文字が床に落ちる。
何度も出そうになったため息を限界まで飲み込んで、遂に出てきちゃった三文字。
濃縮還元100%。
いや、還元せずにそのまま。
「似合ってると思うんだけどなあ?」
「奈苗がそう言うなら、信じる。」
「ん、信じてくれるんだ?」
「…悪いか」
「そういうわけじゃないよ。」
隣で同じ制服を身に付けて、既に帽子まできっちりと被っている彼女。
セーラー襟の紺の長袖。
女子は同じ生地のリボン、男子は 生地は同じだけどネクタイ形のそれを、襟の裏にボタンでとめる。
白の細いラインが一本、襟とタイと袖口近くに走っているデザイン。
「ダニエル、生意気言ってんじゃないわよ。」
人間の模範と言っても過言ではない奈苗の笑顔とは正反対な、黒江の不機嫌顔を視界に捉える。
「こういう性格です、元から。ちょっとお手洗いに行ってきます。」
無駄に人と絡むのは嫌だったので、またちっぽけな嘘をついて回れ右した。
ソックス越しに足に吸い付くパズルマットが、「行っちゃうの?」と問い掛けてくるようだ。
この家で唯一マットを敷いている部屋。
…僕は、こういうことはされたくないけどな。
ドアノブを捻ろうと 前に手を伸ばした、その時。
ぽんっ、と。
頭に何かを乗せられた感覚がした。
「私ね、嘘には人一倍敏感なの。」
潜められた声に思わず振り向けば、翡翠の瞳と目が合った。
何だ今の。足音も気配もしなかった。
無意識に頭を手で探れば、フェルトクレマン帽の感触が伝わってくる。
……やられた。
「子どもっぽく振る舞うのも、慣れれば結構楽しいからさ、気楽にやっていこうよ。
はい、これ、園指定の鞄。名札は、何組かわかっちゃうから 後でのお楽しみっ。」
ごく自然に目の前に差し出された鞄を、そっと受け取る。山吹色で、新しい匂いがした。
片仮名で書かれたネームバッジは、もう鞄に針を通してあった。
光に透けたレディッシュヘアの向こう側で、黒江がだるそうに立ち上がり、歩いていった窓際で、ぶつぶつと一人 文句をこぼしている。
いたいけな笑顔の奈苗を見て、自分はまだまだなのだと痛感してしまった。