コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: COSMOS【5000hitsリク募集!詳細はお知らせにて】 ( No.314 )
日時: 2015/11/08 20:46
名前: Garnet (ID: XLYzVf2W)




「皆、今日からダニエルくんと 仲良くしてね!」

僕の斜め後ろに立って、小さな左手を肩に添えてくる 担任の江藤先生が、見た目に似合う幼い声で皆に呼び掛けた。
教室の黒板の前のど真ん中で紹介されるとか、聞いてないんだけど。
漫画に出てくる転校生かよ。
……まあ、悔しいところ、まだ幼稚園児だけどさ。

僕らの目の前には、興味津々の瞳を向けてくる15人ほどの園児が 椅子を並べて座っていた。
並びは確り背の順。
男女で分かれ、真ん中から背の順に、男子は廊下側 女子は窓側に3人ずつを1列分とし、2・3列ほどの固まりを作っている。

「「はーい!」」

先生の言葉から数秒の間があって、皆が揃えた返事をした。

「じゃあ、ダニエルくんは取敢えず 後ろの列に椅子を置いて座ってね。」
「はい。」

背後から 江藤先生がそっと声をかけてくれる。
少し大きく感じる上履きを 引きずらないように足で運んでいった。

一番前の窓側の女の子がじろじろと見てくるのをよそに、僕は少し視線を泳がせてみた。
黒い頭が並ぶ中に、明るい茶髪を見つける。
長いまつ毛をふわりと伏せて、隣の女の子とひそひそ、話をしている。
アイツに仲良しとかいるのか。
いざ目の前にすると少々違和感がある。

教室の端っこまでやって来て、3個程 予備用に重ねてある椅子から1個引き抜く。
脚は金属だけど、座面と背もたれは白いプラスチック。
……ていうか、椅子を引き抜く、って表現は正しいのか?

窓の外で空を支配する太陽は、そんなことどうだっていいだろと、言うように 呑気に輝き続ける。
眩しくて見てらんない。

「ダニエルくん、こっちこっち!」

無意識のジト目になっている僕。
でも、男子の固まりの端っこにいた細めの男の子が、薄い手のひらをぴらぴら振って 場所を教えてくれた。

「ありがとう」
「どういたしまして!」

ことん、と椅子を彼の隣に寄せれば、彼は満面の笑みになる。
こっちまで笑顔が伝染した。
陽に触れて温かくなった座面に腰掛ける。

当たり前だけど、これは背の順だから 、クラス内で一番背が高い彼とは 座高の差がかなりある。
彼は僕の見上げる視線に気が付いたのか、ん?と微笑みながらこちらを見てきた。

「何でもないよ。」
「ふうん。」

真ん丸な目をぱちくりさせ、彼はもう一度前を向いた。

今日からうるさい毎日が始まるのか……。
そう思いながら、僕も視線を前へ向けた、その時。

「ダニエルくん、偉いね!」
「……え?」

江藤先生が、突然声を上げた。
自分のことを言っているとわからず、間抜けた変な声が漏れる。

続いて、彼女は 少々眉間にシワを寄せて、僕の隣へ視線を移した。

「ハヤトくん、ダニエルくんを見習って、今日から椅子は引きずらないように!」
「は、はいっ!」
「本当に?」
「ひきずりません!」

"背の高い彼"が 唇をきつく結んで姿勢を正す。
一斉に 前に座るクラスメート達がこちらに顔を向けてきて、

「床に傷が付いちゃうからね?」

先生がそう言った途端、彼らはどっと笑いを爆発させた。

「ハヤトまた言われてやんの〜!」
「この前だって、ワックスかけたばかりなのに、またやってたものねー。」
「ねー!なんでこんなに男の子ってだらしないの?」
「はー?おれらはかんけーねーし!」
「ちょっと皆!静かにしなさい!
 他のクラスはまだ朝の会をしてます!」

笑いに混じって、くだらない言い争いも少々。
教室中が子供たちの声で一杯になる。
一方その中で、奈苗だけが複雑そうな顔をしていた。翡翠の瞳がわずかに揺れる。
僕と同じことを考えているらしい。

ハヤトへと目をやると、ただ俯いてじっとしている。
あー…悪気が無いのにぐさぐさ切りつけちゃって、めっちゃ傷付くパターンですか。
しかもその本人が、気にしてないよ、と取り繕う。
傷付くのは床じゃなく、ハヤトじゃないか。

ダブリンにも居たな……そういうヤツ。

「静かにしなさい!」

先生が大きく2回手を叩いて、少しずつ声の波が引き始めた。
女子の力もあってか、教室に静けさが戻っていく。

綿雲が太陽を隠し、辺りが陰った。

……光があれば、陰が、影が。
できるのは必至…なのか。

Re: COSMOS【5000hitsリク募集!詳細はお知らせにて】 ( No.315 )
日時: 2015/11/10 19:32
名前: Garnet (ID: A2yHVZ/p)

ハヤトも顔を上げ、何事も無かったかのように 先生の話を聞き始めた。
その横顔が、何処か母さんに重なった気がした。


——駄目なお母さんよね、あたし


そして、母さんを思い出すと 耳の奥に響くのは、あの人の歌声……。

「今日は、ダニエルくんにそら組の事を知ってもらう為に…………」

江藤先生の声がどんどん遠くなっていく。
フィルターをかけたように、言葉が曇っていく。

今では 密かに、幻の歌姫と称される彼女……
僕も、初めてその歌声を聴いたとき、心が溶けてしまいそうになった。
カセットテープで…だったけれど。
決して一音も外さない正確さ、澄んだソプラノの声、一度聞いてしまえば曲を全て憶えてしまう桁外れの耳、何ヵ国もの言語を操る頭脳。
そして何より、聴いた人を魅了させてしまう不思議なパワー。
僕にとっては、彼女が世界一の歌姫だ。
一度くらい 生で聴いてみたかった。

「……ダニエルくん?」

しかし、先生が声をかけてきたせいで、僕の周りを包んでいたフィルターが吹き飛ばされ、とんでもない喪失感があとに残された。

「すみません、ちょっと、気分悪くて。」 
「大丈夫?顔色悪いよ?窓開けようか。」

彼女がせかせかと 窓に向かって小走りする。

「大丈夫です…お手洗いで、出すもの出してきます」
「そう…行ってらっしゃい。」
「すぐ、戻りますから。」

僕は、目も合わせず 教室を出ていった。

からりと、ドアを閉めると、何処からか賑やかな歌声が聞こえてくる。
音が外れっぱなしだ。本当に気分が悪くなりそう。

さすがに何もせずに帰るのは気が引けたので、広い廊下を歩いていき、給湯室の前までやって来た。
ドアの無い入り口のすぐ近くに、大きな水槽が置いてある。
中では 熱帯魚たちが自由気ままに泳ぎ回っていた。
薄いヒレを上品に動かしている。

「僕も自由になりたいよ。」

自分で選んだ道だけど。
ゴールにはまだまだ時間が掛かりそうなんだ。

声が聞こえたのかどうなのか、エンゼルフィッシュが僕をじっと見つめてきた。

Re: COSMOS【5000hitsリク募集!詳細はお知らせにて】 ( No.316 )
日時: 2015/11/12 00:26
名前: Garnet (ID: GlabL33E)

……と、そのとき。

「幻の歌姫……」

すぐ隣で声がした。
思わず身体が先に動いて、足が出る。
しかし、声の主は容易くそれを受け止めた。

「ほう…截拳道とな。」

あくまで優しく、けれども力は抜かず、ソイツはそっと僕の足を解いた。
シワの多い細い手指に釘付けになっていた視線を、恐る恐る離していくと、白い割烹着が目に飛び込んでくるではないか。

「あ…」

更に顔を上げれば、その正体は 事務のお婆さんだった。
歳は60代後半から70代。白髪が混じってグレーに見える髪を、上品に纏めている。
左目の下に、泣き黒子があった。

目線が合うように腰を下ろして、じっと僕を見ている。

「私はな、お前さんにそっくりな女の子を知っているんだ。
 今はもう、何処に居るのか。なあんにも知っちゃいないけどねぇ。」
「そう…」

彼女は、懐かしむように目を細める。
話なんか通じやしないだろうと、僕はもう一度、水槽の中のカージナルテトラへと意識を移した。
紅い身体に走るメタリックブルーのラインが 美しく輝いている。

「綺麗な歌声だった…………」

ちらりと目を向ける。
彼女の脳裏に、あの歌声を見付ける。

「お婆さん。」
「…何だい?」

濡れた瞳が、一足遅れてこちらを向いた。

「僕で良ければ、歌ってもいいかな。」

その言葉と同時に、お婆さんは微笑みを浮かべる。
きっと勘違いしてるな。

「今月の年中さんの課題曲は確か…"さんぽ"だったか。そっくりさんよ。」
「そういう意味じゃなくて。」
「は?」

僕は お婆さんのほうへ身体を向け、一歩下がった。

「僕には、彼女のような力は無い。心に訴えかける歌声なんて持っていない。
 でも、絶対音感なら持っているつもりだから、それで勘弁してほしいな。」

すう、と空気を取り込む。

大好きな人のことを想ってくれているこの人には。
一番大好きな歌を贈ろう。



Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen and down the mountainside
The summer's gone and all the roses falling
'Tis you, 'tis you must go and I must bide...

But come ye back when summer's in the meadow
Or when the valley's hushed and white with snow
'Tis I'll be here in sunshine or in shadow
Oh Danny boy, Oh Danny boy, I love you so...


But if ye come and all the flowers are dying
If I am dead, as dead I well may be,
You'll come and find the place where I am lying
And kneel and say an Ave there for me...

And I shall hear, though soft, your tread above me
And all my grave shall warmer, sweeter be
For you will bend and tell me that you love me...

And I will sleep in peace until you come to me......



最後まで歌い終えたとき、周りには人だかりが出来ていた。
目の前のお婆さんは、涙なんか流して。
その乾いた手で何度も拭ったのか、滴がほろりと床に落ちていく。

そして、一瞬の沈黙の後、拍手に包まれてしまった。

「すごい、ダニエルくん!」
「プロみたいだった!」
「つーかアイツ英語で歌ってたよな?」

宙組の皆がいる。
……何が何だか。

自分の知らない自分その2、歌い始めると周りが見えなくなる。

「なかなか帰ってこないからどうしたのかと思えば!心配したんだよ?」

思考停止してしまった僕の目の前に、江藤先生が現れた。
そして、ぎゅうと引き寄せられる。
ピンに留められて落ち損ねた後れ毛が 頬に当たってくすぐったい。
そうか。この人も、全てとまではいかないけど、僕のことを色々としっているんだっけ。

親がいないこと。
その親は、事故に見せかけて他殺されたかもしれないということ。
親戚も既に亡くなっていて、身寄りが無かったこと。

多少の偏見はもう、拭いきれないんだろうけど、そういう哀しさを 歌に垂れ流してしまったのかもしれない。
だから泣いているのか、この人は。

子供たちは勝手にお喋りを始めるなか、闇を知る四人は、日陰の中でじっとしていた。

「先生。僕は、可哀想なんかじゃないよ。」
「違うわよ、違う……そんなんじゃない……」




ああ、私の可愛いダニーよ…バグパイプの音が、呼んでるよ
谷から谷へ、山を駆け下りるように
夏が過ぎ去り バラ達も皆枯れ落ちていく中
おまえは、おまえは行ってしまう……

戻ってきて欲しい…夏の草原の中に
谷が雪に静かに染まる時だって構わない
陽の光の中、日陰の中、私は此処に居ます
ああ、私の可愛いダニーよ、お前を心から愛している……


総ての花が枯れ落ちていく中、お前が帰ってきて
もし…私がもう消えていたとしても
お前は私が眠るところを探して
ひざまづき、別れの言葉を掛けるのです

私の上を静かにそっと、歩いても…聞こえるだろう
お前が、愛してる、と言ってくれたとき
私は暖かく柔らかな空気に包まれるだろう
私は安らかに眠り続ける
お前がいつか、帰って来てくれる……その時まで…………