コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.341 )
- 日時: 2016/01/07 21:31
- 名前: Garnet (ID: khRXh/iz)
〔知美 8歳秋始〕『幸福を分け合えられたなら』※知美は、10月生まれです
あれは、1年生の 夏休みが終わる頃。
初めての小学校生活の夏休みの終わりを告げる、意外に煩い蜩の鳴き声が 名残惜しくなり始めた頃の、夜のことだ。
あの夜は、とても星が綺麗だった。
砂埃がへばりついた窓ガラスの向こうで、数え切れない程のお星さまが、静かに子守唄をハミングしてた。
じっと、見詰めてたら、特に理由もないけど、奈苗ちゃんに会いたくなって。
だから、学校から借りた本を10ページだけ読んだ後、静かな廊下を歩いて 彼女の部屋に行ったの。
でも、可愛いプレートの掛かったドアノブに触れようとしたとき、向こうの世界には 先客が沢山居たことに気づいた。皆、考えることは同じみたい。
織姫と彦星は、七夕に逢えなくても、8月7日と 旧暦の七夕に逢えるチャンスがあるんだよ。
宿題終わらないよーっ。
修学旅行、楽しみだね。あれ?今年は5年生って林間行くよね?
……他にも、内緒話をするように、暗闇の中で一杯、声が聞こえてきた。
その中を小さな視界でかき分けると、開け放した、私の部屋のよりも大きい窓の側で、拓にいちゃんと奈苗ちゃんが 向かい合っていた。
溢れてきてしまうんじゃないかと思うほどの星空を背景に。
「何。」
奈苗ちゃんが、大人びた顔をして、拓にいちゃんを見上げ、何時もより低い声で訊ねている。
彼は、その声を聞くと、片膝を立てて 奈苗ちゃんと目線を近づけた。
暗くてよく見えないけど、誰かを抱っこしてる……?陽菜ちゃんかな。
「2つ、聞きたいことがあるんだ。」
「うん」
段々、暗さに目が慣れてきた。
頭の中で、周りの話し声をフェードアウトさせる。
何だろう、拓にいちゃんのききたいことって。
「じゃあ、1つ目…。訊きやすいほうな。……前の名前は、何だった?」
前の、名前。
……どきりとした。
何で、拓にいちゃんがその話を知ってるんだろう、って。
彼が 奈苗ちゃんの口から、遠回しではあるけど 真実を聞くことになってしまったのは、あの後のことだし。
今思うと、勘付いて ちっちゃな鎌を懐から取り出していたのかなあとも考えられる。
「…知りたい?」
「ああ。」
でも彼女の手は、そのちっちゃな鎌を、気づかれることもなく払い落とした。
あの時の私でも、気づいたほどだ。
教える気は、きっと さらさら無いんだろうなって。
あの子の領域に出入り自由な私でも、きっと教えてくれないだろうからって。
カールする短めな赤毛が、冷たい風に吹かれて揺れる。
2人の間に浮かぶ宝石が、不規則にちらちらと瞬く。
……なんて、返すんだろう。
落ちた刃を拾うか、更に遠くに蹴飛ばすか、それとも———
奈苗ちゃんは、星の光に透けた睫毛を上下させると、口を開いた。
でも、その"答え"が声になる前に、ガチャンと大きな音がして、大人が入ってきた。
廊下からの明かりが漏れて、彼女の影が私の足下まで落ちた。
振り返ると、鈴木さんが 部屋の中を見回している。あ、そっか。もう9時半……消灯時間だ。
隅っこに敷いてある布団の上にある、無造作に置かれた目覚まし時計の針の上で、細く光を発する蛍光シールが 時刻を知らせている。
「ほら、みんな!もう消灯時間よ!部屋に戻りなさい。」
「「はーい」」
夜空に癒されて心が浄化されたのか、皆、彼女に反抗する気は無いらしい。
寝転がったり座ったりしていた子も よいこらせ、よいしょ、と立ち上がって、漏れた光の上に ぞろぞろと影を並べた。
私も これに乗じて部屋に帰ろう。何も聞かなかったことにするんだ。
ああ、眠い。
ドアを抜けると、彼方へ此方へ欠伸が伝染って、おやすみーっ、という声が飛び交った。
それに紛れて、ドアの閉まる音がする。
……でも、階段方向の部屋の、私の後ろに鈴木さんの足音は続いてこなかった。
ぺたりと足を止めて、まだプレートの揺れているドアの前へ 駆けていく。
強い眠気と好奇心が身体中で喧嘩してるけど、考えるよりも先に、足が出てしまった。
何かが起こる、予感がする。
良いものなのか、悪いものなのかは判らない。
細く深呼吸して、ひんやりするドアに耳を当てた。
「奈苗…ちゃん。私たちの話、聞いてたのよね?」
「ええ。」
奈苗ちゃんが、何時ものように、敬語で応えた。
私達には 絶対にそういう話し方をしないから、別人みたいで何だか怖い。
それこそ"前の名前"のときから変わらないものなのかなあ。
「鈴木さん。」
「何?」
ドアの向こうで、拓にいちゃんの気配が薄れたのがわかった。
「あなた ひょっとして…」
私も、無意識に息を詰めてしまう。
「お母さんと…異父姉妹だったりしないよね?」
…………え?!
眠気が吹き飛んだ。一瞬で。
冗談抜きで、おめめぱっちり。
イフシマイ?!
異母は腹違いってことだから、イフってことは、お父さんが違うってことだよね?
う、うそ?!!
姉妹ってことも、本当なら、奈苗ちゃんは、鈴木さんの姪っ子ってこと?
沈黙が流れる。
1秒がとんでもなく長い。
真偽を知りたくて知りたくて、さっきまで 喉の奥で突っかかっていた空気を吐き出しながら、意識を全て、壁の向こうに持っていった。
そのあと、何れ位時間が経っただろうか。
10秒くらいしか過ぎてないのかもしれないけど、もしかしたら、10分以上、2人は見詰め合っていたのかもしれない。
隣の部屋で 電気を消す音がして。
「……そうよ。奈苗ちゃんのお母さんは、私のお姉ちゃん……行合の……父親違いのね。」