コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.354 )
- 日時: 2016/01/01 20:34
- 名前: Garnet (ID: mvR3Twya)
へ、は?え?
誰、誰が誰を、誰にっ?
スモールライトを点けた 高級そうな黒い乗用車が、急ブレーキを掛けて道路を滑っていく。
タイヤの摩擦で僅かに煙が上がって、鼻につく臭いがする。
ガードレールを飛び越えていった人の手から放り投げられたビニール袋が べしゃりと地面に落ち、ジャガイモやニンジンが転がり出して、車に潰されていった。
一連の出来事が、スローモーションのように見える。
慌てて涙を振り払って ガードレールに乗り出した。
「えっ、夏村さん?!」
風に揺れる草の上を滑り降りて、小石と砂をざくりと踏み締め、彼女は 物凄い形相で女子達を睨み倒していた。
麻衣ちゃんを打とうとしていた子が 顔を青くする。
「おい美知!お前、随分汚ねぇ人間なんだなあ!!」
「あ、いややや、そのっ……」
「一生軽蔑してやる!とっとと失せろ!!!」
夏村さんの一言で、女子たちは声にならない叫びをあげながら ずっこけまくって川原から這い上がってきた。
美知ちゃんは、それを端から見ていた私にさえ気付かず、彼女等に紛れて 川の上流のほうへ走っていってしまった。
「すすす、すぎぇい。」
呂律が回らない。
それくらい私は混乱しているのだ、きっと。
違う意味で爆笑を始める膝に馬鹿野郎と怒鳴り付けながら、私もガードレールを乗り越え、草の上を滑り降りていった。
「と、知美ちゃん?!」
砂や土に汚れているのを 川の水で湿らせたハンカチで拭いてもらっている麻衣ちゃんが、私の存在に目を見開いている。
「ごめんね、私、止めにいけなくて。」
「ううん、そんなことはどうだっていいの。それよりも、貴方は誰なの?」
彼女の目が、怪訝そうに 腕を拭ってもらっている夏村さんの方へと向けられる。
そりゃそうだよね、顔も名前も知らない相手に助けられるのは、ホッとはするけど安心は出来ない。
夏村さんの動きが止まって、麻衣ちゃんから手が離れる。
「ごめん。あたし、夏村。夏村鈴。駿河さんとはクラスメート。」
「そ、そう……なの?あ、私は、吉田麻衣。」
「知ってる」
夏村さんの即答に、え、と 麻衣ちゃんが唇を変な形に歪ませた。
「駿河さん、あたしは 本ばかり読んでるように見えるかもしれないけど、周りのこともそれなりに把握している積りだから。
あなたがあたしのことを見ていたことも、美知があなたを付け回していたことも知ってる。吉田さんの名前くらい、嫌でも耳に入ってくる。」
私の方に振り向いたその顔は、何時ものように落ち着いた感情を纏っていて、相変わらず綺麗だ。
水流音をBGMに、知らないうちに太陽が大きく傾いて、小さな世界を茜色に染め始めた。
- Re: COSMOS ( No.355 )
- 日時: 2016/01/05 23:51
- 名前: Garnet (ID: bAREWVSY)
てっきり、彼女は 人との関わりをシャットアウトしてるんだと思っていた。
でもそれは、只の思い込み。
さっぱりしてるのは元々の性格で、他人にベタベタしないのは 煩いのが苦手で常に一歩引いていたからだ。
夏村さんは立ち上がり、湿ったハンカチを 何事もなかったかのようにズボンのポケットにしまった。
「美知のことだから、駿河さんがあたしに声を掛けたのを見て、取られるとでも思ったんじゃない?
今日1日、大変だったでしょ。金魚のフンみたいに付いてこられて。
明日、あの子引っ張り出して謝らせるから。それで許されることじゃないのはわかってるけど……吉田さんのことも、あたしからも謝ります。
何だかんだあの子のそばに居ながら、気付けなかったから……」
夕陽の色が、どんどん色濃くなっていく。
一気に話して疲れてしまったのか、彼女は軽く息を吐いて、川の方へ向いた。
私の立ち位置からは、真っ赤な景色の中に 逆光する黒い後ろ姿が見えた。
「鈴ちゃんは、何も悪くないよ。
私が元々、交流会の伴奏に立候補しなければ 何も起こらなかったんだから。」
「あ、私も、そんなに困った訳じゃないから大丈夫だよ。」
「そういう問題じゃないって!」
いきなり振り向かれ大声を出されたので、一寸吃驚した。
力が抜けてしまい 座り込んだ儘の麻衣ちゃんも、僅かに肩を震わせる。
「一歩間違えれば、あの子は———
それに、駿河さんにも 汚ない感情の矛先を向けていたかもしれないんだから。
虐めなんて、する方もされる方も傷付く。傷痕だって、そう簡単には治らないの。」
影の奥で、瞳が悲し気に揺れる。
「どっちの辛さも、あたしは知ってるから。」
……何か、あったんだろう。
綺麗な表情や鋼の心の奥には まだ傷痕が残ってるんだろう。
人には皆、抱えているものがあるけれど、夏村さんは隠しすぎているんだ。きっと。
沈黙の空気が漂う。
「おーい!其処の君たち!」
薔薇色の世界の静寂を破るように、男の人の声がした。川原の上の、道路からだ。
3人で、其方のほうを見上げてみる。
眼鏡を掛けた お洒落スーツ姿で40代後半位のおじさんが、私達に手を振っているじゃないか。
「縄跳びを持ってる、長い髪のお嬢さん!君、駿河知美さんだろう?!」
「そ、そうですけど!!」
なになに、新手の誘拐?とか思った。普通に。
でも、後でよく見てみたら、その人は 私にとってとても嬉しい来客だったと気づいたんだよ。
この夕焼けの匂いは、一生忘れないだろうなあ。
「え!あなたが、松井さんなんですか?!」
「そうですよ、松井寛之(まつい ひろゆき)です。」
さっき目の前で急ブレーキを踏んだ、高級車の中。
私達3人は 広い後ろの席に座って、各々の家まで送り届けて貰うことになってしまった。
バックミラーに映る 助手席のおじさんを凝視して 私は声をあげる。
「何なの、知美ちゃん。知り合い?」
右隣に座る麻衣ちゃんが、如何にも怪しんでます感満載の視線を向けて 耳打ちしてくる。
やだなあ、変な人じゃないのに。
「知り合いっていうか、本当は、私のほうが一方的に松井さんのことを知ってる筈なんだけど……」
「だから、誰?」
「そんな、怒らないでよ夏村さん。」
「怒ってないし」
左隣に座り、腕を組んで窓の外を眺める夏村さん。
彼女の反応を見た松井さんが、ハッハッハ、と軽快に笑った。
「申し訳ないねえ、君たち。
まあ、誘拐犯なんかじゃあないから、そう焦らんでくれよ。至って普通のジジイだからさ。」
いやいや、普通じゃないでしょ。
普通のおじさんが、運転手付けてベンツに乗ってるとか有り得ない。
どんだけお金持ちなの。初耳ですよ。
「普通のおじさまなら、自分の車の目の前に飛び出してった馬鹿娘の落とし物を買い直してくれるとは思い難いのですが。」
「……君、夏村さんと言うのかな?」
「はい。」
「夏村さん、これは、私が 好きでやったことだからね、気にしないでくれたまえ。」
「はあ…有難う御座います。」
ココまでの良心に、感心するどころか呆れてしまったらしい。
珍しく困惑した表情で、ぎくしゃくしている。
後ろのトランクの中で、買い直された食材その他と 麻衣ちゃんの塾の荷物が 小さく音を立てている。
ぶっ潰れた野菜たちは、夏村さんが卒園した 幼稚園のウサギの餌に、寄付するそうだ。
駄目になったところは切り落として、水で洗えば何とかなるみたい。
「それで結局、この松井さんと知美ちゃんは どんな関係なの?」
麻衣ちゃんが訊いてきた。
「ああ、ごめんごめん。肝心のそれを言い忘れてたね。
実は、施設の方で 5年に1度のビッグイベントがあってさ。
…んー、簡単に言っちゃうと、里親里子制度ってヤツ、みたいな?」
「え!知美ちゃん、どっかに転校ちゃうの?!」
「それはまだ、何とも言えないんだ。
沢山の候補の人達の中から、私達がひと家族に絞り込むのが8月後半。大人達を通して確認が通ったあと、ご挨拶のお手紙を送るのが9月前半。初めてお試し的に1泊だけするのが、今週の土曜日なの。
松井さんは新潟県から来たから、ホテルをとって 明日明後日は群馬を観光してくるんだって。」
「へえ。
今回のお泊まりが終わったら、次のもあるの?」
「あるよ。次回は確か、10月後半で数泊。
そのあとは、年末まで 各組で話し合って予定を調整。結構自由だから、皆ぱらぱら居なくなるね。
年が明けたら最後のお泊まりをして、それで双方が納得すれば、決定……かな。
私が知ってるのは此処まで。」
「うわあ、凄いね。大変じゃない?
5年に1度なら、3歳の時も行ったことあるんでしょ?」
そういえば、この話をちゃんと麻衣ちゃんにしたのって 今が初めてかも。
エマには前から話してあるんだけど。
夏村さんは 聞いているのかいないのか、窓に頭をくっ付け、外の景色を眺めている。
頬の端で時折睫毛が上下するから、眠っていないことは確かだ。
「あの時は私、彼処には来たばかりで……色々あって、行きたくなかったから。
強制でもないし、高校卒業までは彼処に居られるし。
だから、実は今回が初めてなんだ。」
「そうなんだ…。」
私の方を向いていた顔が、ゆっくりと、前方へ向き直される。
「知美ちゃん、私達を選んでくれたのは、どうしてなんだい?」
松井さんが、ちらりと後ろを向いて訊いてくる。
……優しい、表情だな。
彼は今迄、私たちみたいに 家族を持たない子ども達を、3人、迎え入れたんだとか。
1人目は 中学2年生のときに新たな家族となり、今は東京で大学に通っていると、初めて見た書類に書いてあった。
あとの2人は、今も松井家で 賑やかにやっているらしい。
私は、飛びきりの笑顔になって。
「直感!」
嘘なんて吐かずに答えた。
彼等となら、温かい幸せを作れるかもって、思ったんだもん。