コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: COSMOS【きっと夢だよ】 ( No.375 )
日時: 2016/02/01 22:42
名前: Garnet (ID: /uGlMfie)





柔らかな感触がする草の上で、ふっと意識が浮上した。
青い空から水飴色の眩しい光が降り注いで、とても暖かい。
目を細めながら 横たえていた身体を起こしてみる。

…………吃驚した。

だって。
右にも、左にも、前にも、後ろにも。見渡す限り、コスモスが咲き乱れていたから。
まっさらな綿雲みたいな、白い花弁。
甘酸っぱい野苺みたいな、赤い花弁。
そして……桜と同じ色の、花弁。

あまりの美しさに、目が真ん丸に大きくなって、頬がほろほろと解けてしまう。

何処に目をやっても、鮮やかに花咲く乙女たちばかり。
天国って、こういうところのことを言うんじゃないかって思った。

心地好さを胸一杯に吸い込み、もう一度 桜色の大地のベッドに寝転がろう……とした時、遠くの花たちの中から"彼"が伸びてきた髪を掻き乱し、立ち上がったのが見えた。



———ノアくん!



遠いその横顔を見つけ、ふわふわする足で立ち上がる。

彼がその声に気が付いて、あっと驚いた表情を此方に向けた。
でも、それは一瞬だけで、少し大人びた笑顔に紡ぎ直される。



———あーあ、起きちゃ駄目って言ったでしょう?



こんな陽気にとても似合うそよ風がコスモスたちの上を翔けていって、桃色の小波を立てた。
何時か見た、黄金色の稲の波のよう。
絶妙な時差をつくって、甘い香りをそこらじゅうに立ちこませた。

私、夢でも見てるのかなあ。

花を優しく掻き分けて近付いてくるノアくんを見詰めながら、彼に気付かれないように 手をつねってみた。
痛い痛い、夢じゃない、夢じゃない。

私よりも背が高い身体を折り曲げて、ノアくんは、いつもより目線を低くした。



———桜子ちゃん。プレゼント・フォー・ユー。



そう言って、今まで背中に隠していた綺麗な手を、目の前に差し出した。
白く細い指で そっと水晶玉を抱くように摘まれた、1輪のコスモスが揺れていた。
薄い桜色。
彼女を撫でる暖かい風が、僅かに花弁を笑わせる。



———え? くれるの?

———うん。君にぴったりなひとつを、探していたんだよ。
   桜子ちゃんみたいでしょ、この子?

———何言ってるの、ノアくん。
   みんな同じような花じゃない…。



彼は、如何したら女の子が喜ぶか、ちゃんと知っていた。
けれども、彼にはその自覚がないんだ。
助かるような、困っちゃうような。

真っ直ぐな心に見詰められると、何か言おうとしても、喉に引っ掛かって言葉にできない。
嬉しくて楽しくてしょうがないのに、それを伝えられないから、悲しくて苦しい。
忙しい人だよね、私。



———そんなことないよ。
   ひとつひとつ、花は違う声をしていて、違う姿をしているんだ。
   このコスモスは、桜子ちゃんと同じ声をしているんだよ。



何も考えずにぶら下げていた手をとられて、桜色のコスモスは 私の手の中に包まれた。

温かい。



———この桜は、春だけじゃなくて 秋にも咲くんだ。こんなに可愛らしく。
   だから、人はコスモスを、こうも呼んでるんだよ。
   『秋桜』……『アキノサクラ』…ってね。



あれ?
何でだろう?
涙が、溢れてっ、止まらないよ……?

大粒の熱い涙が弾けて、花弁の上に雫を作る。

何か伝えたいのに、言葉にしたいのに、それは掠れた嗚咽に変わって、声にならない。

折角の綺麗な景色が、ぼやぼやになって、あちこちから崩れ落ちそうになって。
抑えようとすればするほど、熱はとめどなく 袖を濡らしてしまう。



———泣いて、いいんだよ。
   我慢しなくたって、いいんだよ。



初めて出逢ったときみたいに、彼は私を、優しく抱き締めてくれた。



———うわああぁぁあぁっ、ああぁ……



決して離れないよと、心に染み込んでくる、薄暗い温もりのなかで声をあげて。
泣いては、泣いて、ないて、ないた。

ふたりぼっちの美しすぎる世界で、貴方は。



———僕は、桜子ちゃんのことが、大好きだから。



そんなに透き通った声で————
私を——————

細い葉を握る手のひらが、少しずつ固くなっていく。
流れ来る甘い匂いを、忘れたくないと。

……ねえ、何で私、こんなに苦しいのかなあ?

Re: COSMOS【きっと夢だよ】 ( No.376 )
日時: 2016/02/24 22:43
名前: Garnet (ID: RnkmdEze)



心が乾くまで大泣きして、漸く笑えるようになったのは、太陽が西に傾いて 秋らしく色づき始めた頃だった。

江戸川沿いの近くにある広い土地の中の、何年も人の手が付けられていない廃屋を 2人でこっそり綺麗にして、私たちの住みかにした場所。
その目の前の 野生のコスモスたちを一望できる空きスペースで、拾い集めた枝や葉を使って火を焚く。



———ごめんね、今日は何も持ってこられなかったよ……



オレンジ色に揺れる火の中へ細い枯れ枝を放り込んでいると、申し訳なさそうな顔をするノアくんが戻ってきた。

彼はいつもは夕方、時々昼間にも 食べ物を求めて何処かに行ってしまう。
私も行く、と言っても 桜子ちゃんは此処で待っていてと制止されるから、其処だけは毎回もやもやするのだけど。

だから私は、



———大丈夫だよ、お腹空いてないし、水には困らないから。
   乾パンと金平糖、まだまだ一杯あるから ノアくんにあげる。



そう言って、お帰りなさいって抱きつく。

彼はそんな私を見て、何か言いたげに唇を震わせるけど、目を閉じて、私の髪を撫でて、夕暮れに何かを想って。
そうしているだけ。



———本があるんだ。
   上手くないけど、桜子ちゃんに読んであげる

———ほ、ほんと? ありがとう!
   早く聞きたい!

———ハハッ、じゃあ、少しだけ待ってて



屋根の下に置いてある荷物の中から本を取り出し、焚き火の前に置いた石に座って、その表紙を開いた。
ちらりと覗いてみたけど、表紙も中身も全部英語。
得体の知れないものを見ているようで、ちょっぴり寒気がした。 

赤い空が色褪せ、闇に蝕まれてくる。
それでも明るくて暖かいのは、この場所だけだった。



———ねえ、ノアくん。

———ん?



薄い色の瞳が、炎に照らされて私を捉える。



———その……、前に空襲警報が出たとき、防空壕の中で言ってたことは、やっぱり、本当のことなの?

———それって、僕がアメリカ人だってこと?

———…………うん



訊こうきこうと思ってはいたけど、中々切り出せなかったこと。

周りの大人たちは、心なんて無いんじゃないかって位、アメリカの人たちを酷く言っていたから。
幾ら私でも、そんなに憎まなくていいじゃない、って、思ってしまった。
口が裂けても言えないけど。
そんなことを言えば、私とお姉ちゃんたちが殺されかねない。
おかしな国だよね。
いつから日本は、こんな国になってしまったんだろう。



———ほんとだよ。
   僕は、6年前までアメリカに住んでた。
   ……捨てられちゃったんだ。家族に。