コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.384 )
- 日時: 2016/03/03 23:20
- 名前: Garnet (ID: aZaWcxCE)
〔翔 9歳秋〜冬〕『まだ、蕾さえ。』
「え?!知美が新潟に?!!」
10月25日。あっちで大地震が起きてから、1日以上経った。
山を越えた 僕たちのいる群馬にも、ところによっては大きな揺れが伝わってきたと聞いている。
先週、エマから借りた本を返そうと思って 隣のクラスに顔を出したんだけど、もう居ても良い筈の知美が居なかった。
教室の壁に掛けられた時計は、もう8時過ぎを指しているというのに。
訳を訊けば、知美の住んでいる施設の人から 電話が掛かってきたらしい。
「うん。結構前から聞いてたんだけど、里親候補の方のところに、金曜日から泊まってるらしくて。
しかも、ニュースで火事が凄いって言ってた、小千谷市ってところ。」
「えっ……」
ドアから離れて、廊下の窓際へと歩いていく。
そういえば、夏休みに遊んだとき、彼女がそんなことを言っていたような気がする。
もっと詳しく聞いておけばよかった。
「心配になって、今朝も施設に尋ねてきたんだけど、連絡がつかないみたい。
今日はお休みってことになるね。」
「う、嘘…」
身体から力が抜けて、手に持っていた本が 廊下の白い床に落ちていく。
ふらついた僕を、エマが慌てて支えてくれた。
知美とは、1年生の頃からの付き合いだ。
保育園のときから一緒の 引っ込み思案な麻衣と 良い友達になってくれたし、僕の良い相談相手でもいてくれた。
沢山いっしょに遊んで、いっしょに笑って……。
なのに、それなのに、あんな地震に遭ったって。
あれほどの被害なら、知美の身に何が起きていてもおかしくない。
「ショウ!」
「平気、へいき、一寸目眩がしただけだから。」
そうは言っても立ち直れそうにない。
壁に寄り掛かりながら、ゆっくり座り込んだ。
エマの長い髪が揺れて、僕に手を添えながら 彼女も隣にしゃがむ。
近くを通りかかった2・3人の上級生が、心配そうに 保健室に行った方良いんじゃないか、と声を掛けてきたけど、丁寧に断っておいた。
早退なんて冗談じゃない。
「大丈夫、トモはきっと無事だよ。」
「うん……」
膝を抱えて、顔を埋める。
自分で思っているより、ショックが大きいみたいだ。
小学校受験のときは 心がぼろぼろになっても鞭を打ってずっと前を向き続けてきた。
でも、今は無理みたいだ。
大丈夫、大丈夫、とあのときのように頭の中で唱え続けても、その3文字は はらはらと散って消えてしまう。
どうしよう、もし、もしも知美が っ
「ど、どうしたの?!」
そんなことを考えていたら、頭上から麻衣の声が聞こえてきた。
慌てて顔を上げて、立ち上がりきれずに彼女の腕を掴んだ。
「と、知美が、学校に来ないんだ。新潟に行ったまんま、帰ってこないんだよ。」
「え、嘘?!」
麻衣が目を真ん丸にして、本を抱えた 僕の隣のエマを凝視する。
「昨日、施設から電話を貰って……。其方に連絡が来てないかって。
マイとショウの家にも、私から電話を掛けてみたんだけど、居なかったみたいだから言えなかったんだ、ごめんね。」
「ううん、それは気にしてないよ。
…って、翔くん、顔色悪いよ?大丈夫?!」
幼い顔立ちがぼやけてくる、耳の奥が重くなって、声が曇ってくる。
「あぁ…やっぱり、大丈夫、じゃ、ないかも……」
収まらない耳鳴りに顔をしかめながら、僕は……
「しょ、翔く…!」
「…ョウ」
「ちょっと、そこの君…!」
「村…く……!!」
大声で呼ばれ、肩を揺さぶられ。
離れていく意識に、もがいてみたけど、それは叶わなかった。
真っ黒な闇に呑み込まれていく。
その瞬間が怖くて仕方なかったけど、気付かぬうちに、何も考えられなくなっていた。
- Re: COSMOS ( No.385 )
- 日時: 2016/03/11 19:02
- 名前: Garnet (ID: lRYj7iSh)
夢も見ずに目が覚めた。
真っ白な天井、吊られた冷たそうな銀色のレール、そこに掛かった淡いクリーム色のカーテン。
静かに響く加湿器と洗濯機の音。
布団や部屋に染み付いた、特有のにおい。
一瞬で、自分が保健室に居るのだとわかってしまった。
絶望的な気分だ。またパパ———お父さんとお母さんが喧嘩してしまう。
早く起きて、教室に戻ろう。
今、何時だろ?
そう、思って、身体を起こして 靴下越しに床に足を付いたのに。
力が入らず、ぺたりと座り込んでしまった。
「翔くん……?!」
まるで ずっと見張っていたみたいに、素早くカーテンが退かされた。
熱と倦怠感が酷い。
もしかしてインフルエンザなんじゃないかと思ったけど、多分違う気がする。
「熱も下がってないみたいだし……今日は早退したほうが良いわ。
おうちの人には、担任の先生が連絡してくれたから。」
「えっ。」
「当然でしょう、皆に風邪を感染しちゃうかもしれないじゃない。」
保健の先生が そっと手を添えて、僕をベッドに座らせる。
彼女も床にしゃがんでいるので、嫌でも目が合ってしまって気分が悪い。
よく大人は、人の話を聞くときは相手の目を見て聞きなさい、なんていうけど、そんなの嫌に決まってるじゃんか。
偽善と自己中と汚い色でぐるんぐるんの目を見つめろって言うの?
気持ち悪い。
「荷物は、次の休み時間に クラスの子が持ってきてくれるって。
道具箱の中身が一杯だって言ってたから、教科書とノートと筆箱、あと、連絡帳だけ、ランドセルに入れてくるように伝えたわよ。」
「あ……でも、塾の宿題が…っ。」
「今日は止めておきなさい。家に帰ったら、ちゃんと休養をとること、いいわね?」
「…………はい。」
解ったならよろしい、と、先生は 僕の肩を軽く叩く。
彼女は、きびきびした動きで立ち上がって、直ぐ近くの ノートパソコンが置いてある仕事用の机へ戻っていった。
……何も知らない癖に。
込み上げてきそうな怒りを 必死に押さえ込む。
そのせいか、頭がぼうっとしてきてしまった。
反抗して痛い目を見る位なら、黙ってイイコを演じるほうがましだ。
それに、目眩に負けて また倒れてしまったら、敗けを認めたようで悔しい。
そのあと、長針が 3から4を指す迄ずっと、正面の壁に掛かった時計を睨み付けていた。
- Re: COSMOS ( No.386 )
- 日時: 2016/03/23 22:05
- 名前: Garnet (ID: LC3jwNYo)
「お昼ご飯は食べられそう?」
「……うん」
「じゃあ、翔の好きなチーズリゾット作ろうか。
途中でスーパー寄るけど、車の中で待ってられる?」
「……うん」
ルームミラーの奥に見える、お母さんの目元。
マスカラで長くなった睫毛が ぱちぱちと忙しなく動いていて、何だか此方が心配したくなる。
あの後、休み時間が始まってから直ぐに お母さんが迎えに来た。
"先生"にはイイコを貫いて、さっさとランドセルを背負い学校を出ていった。
家の車の後部座席に寝転がり、お母さんが持ってきてくれた毛布に包まって、保健室で貰った氷の袋を手に。
帰りたくて帰りたくない家へと向かう。
足元に置いてあるランドセルの中身は、言うまでもなく、いつもより高い音を響かせていた。
「…………翔。」
冷たさを弄んでいたら、丁度、袋の中の氷に 光が射し込んだ。
キラキラ光って、じっと見詰めていたら、夢の中にいるみたい。
「何?」
「……その、」
「…。」
「ううん、何でもない。」
「…………そ。」
僕がミラーを見なければ、目は合わない。
透明な氷にヒビができて、虹の欠片が 音もなく入り込んだ。
知美だったら、誰も傷付けずに。
思ったこと、素直に言えるんだろうな。
2年生の二学期のとき、麻衣を守っていた、あの真っ直ぐな瞳。
きっと本人は忘れているかもわからないけど。
————麻衣ちゃんは、あなたたちよりもずっと綺麗な心を持ってる!
中途半端な努力しか知らないあんたたちとは天と地ほどの差があるの!!
文句があんなら、私の目ぇ見て直接言えってんじゃボケ!!!!
まあ、あの台詞には流石に驚いたけど。
施設のほうに、親が関西出身のお姉さんが居るそうで、ついつい、うつった癖が爆風に乗ってしまったみたいだ。
何時ものように、朝 学校に着いて荷物を整頓していたら、すごい勢いで知美が教室に入ってきて。
ロッカーの前に群がっていた、例の、麻衣を苛めていたらしい女子たちに突っ込んでいった。文字通りに。
両者ともそれで冷静さを失ったのか、やいのやいのとやり始め、喧嘩途中で登校してきた麻衣本人が 蒼い顔をする始末。
「……っと、知美ちゃん!もういいって!」
2人掛かりで何とか喧嘩を止めた後、先生や 他のクラスメートに波紋が広がってはまずいと、アホらしくはあるものの、一応交換条件を取り付けることに成功した。
こっそり、耳打ちをして。
もし、今のメンバー、若しくはその伝いで また麻衣を苛めようものなら、先週 担任の先生が出張してたときのテストでカンニングしてたことをバラす。
ただし、何も手を出さなければ 自分達もそのことは黙っている、と。
……このやり方が正解なのか不正解なのかは、僕には解らない。
「ご、ごめんなさいっ!
今朝家を出るとき、瑞くんから初めて聞いて……つい、やり過ぎちゃった……。」
その日の昼休み。
知美が教室の隅に僕たちを呼び出して、真っ赤な顔をして手を合わせてきたものだから、笑い出しそうになったのを覚えている。
「ともちゃんは謝らなくて良いんだよ、私を守ってくれたんだから……」
「僕も、麻衣が苛められてたのに気付かなかったし…」
「もう、やだやだ、気を遣ってくれなくてもいいのにっ、ああ恥ずかしい。」
「ともちゃん……もう忘れようよ。」
麻衣が知美の顔を覗き込もうとするも、彼女は 両手で顔を覆ってしまって、話にならない。
更に僕らの後ろから、
「ねえ、3人とも、そんなとこで何してるの?」
なんて、朝に起こったことを何も知らないエマが訊いてくるんだ、もう。
「ご、ごめん、此方の話〜。」
まあ彼女には適当に誤魔化すとして。
……っていっても、何時か絶対にバレるんだけどね。
そんなことを思いながら苦笑していると、エマは ふうん…と目を細め、回れ右して教室の何処かに消えていった。
「それに、元はと言えば私が……ともちゃんのことを避けてたからだよ。」
「えっ」
知美が、乾いた陰の中で顔を上げた。
「嫉妬してたの、私。
エマとも、奈苗ちゃんとも、翔くんとも、解り合ってるって感じがして。
私は……毎日、わっかの外にいるような気がしてた。」
「麻衣ちゃん…」
「だって、4人の中で一番馬鹿なのって、私じゃん。」
麻衣から初めて、その心中を聞いたときのことを思い出した。
皆は皆、友達同士。
私は、誰とも友達じゃないんだ。
エマの家に遊びに行って、僕と麻衣だけ先に帰されたこと。
知美の誕生日会に、当の彼女は エマと奈苗ちゃんと一緒にいたってこと。
僕にとっては、大したこと無いじゃんかって思うことだけど、麻衣には相当堪えたんだろう。
そして、こんなに長い間"わっかの外"に立っていたら、見たくないものまで見えてきてしまう。
何とか彼女をフォローしてあげたいけど、やっぱり、こういうときに限って良い言葉が出てこない。
こうなったら、強制終了させて頭を冷やしてもらおう。そう思った瞬間。
「そんなことないよ!」
知美が、麻衣の両肩を掴んで、また叫んだ。
「麻衣ちゃんは、私にないもの、沢山持ってるじゃない!
私なんかよりずっと優しくて、思いやりがあって、成績も良くて、持ち物はいつも可愛いし、良いお母さんやお父さんだっている!!
学校にだって友達は沢山居るし、先生とも仲いいし、塾にだって行けてるでしょ!ピアノだって弾けるでしょ!
これ以上の幸せって何?!」
目を真ん丸にして固まる麻衣の後ろで、教室に居るクラスメートたちが 一気に此方へ視線を向けた。
勿論、その中にはエマも居る。
嫉妬、僻み、その他諸々。
そんな感情も背中にチクチクと感じられるけど、それって本当は、ただ羨ましいだけなんじゃないの?
それなのに、そういう自分の気持ちに素直になれずに、ひん曲がっちゃう。
どうして、人間ってこうなんだろうね。
誰にだって良いところはあって、誰にだって、悪いところはあるものなのに。
「誰が何と言おうと、私たちは 麻衣ちゃんのこと、ずっと大好きなんだよ?」
人を傷つけずに想いを言葉にできる。
僕は、そんな知美を尊敬している。
そして、そんな知美が、絶対に此処へ帰ってこられるように、祈っている。
曖昧な微睡みの中で。