コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.4 )
- 日時: 2014/12/23 21:21
- 名前: Garnet (ID: cdCu00PP)
夢見るように、桜が散っていく。
木枠の窓に寄りかかって、私は飽きるまでそれを見ていた。
「奈苗ちゃん。」
いつも私を呼ぶ声がする。
知美ちゃん、だ。
「ん?」
いきなり 明るいところから暗いところを見たせいか、
残像が残って、表情が読み取れなかった。
もどかしさに 目をこすると、小さな包みが差し出された。
「今日、奈苗ちゃんの誕生日でしょ。」
「…あ!もしかして、お母さんから?!」
「うん。鈴木さん呼んでくる。」
鈴木さん、っていうのは
私たちのお母さんみたいな人。
お母さんみたいな、声の人。
———え?裏切り者?
———そうだよ。
僕は、アメリカ人だから…
低くて小さい声で呟いて、
今までずーっと俯いてた『あの子』が、顔をあげた。
———!!!
そこにあったのは、白い肌と、整った顔立ち…
近くに座った老人が 目を細めた。
———こっちに来なさい
老人がそう言った。
ちょっと怖かったけど、私たちは 蝋燭を持って、その人の所に近づいた。
———何ですか?
『あの子』が眉を寄せて、怪訝そうに尋ねる。
その目には 恐怖と敵意が宿っていた。
- Re: COSMOS ( No.5 )
- 日時: 2014/12/23 21:46
- 名前: Garnet (ID: cdCu00PP)
子どもが持っていることは、本当は許されない…
それが 前世の記憶というものだ。
話したところで 信じてもらえるわけでもないし、役に立つわけでもない。
だから、大人たちに この記憶を打ち明けたことは一度も無い。
何時忘れるかもしれない大切な記憶を、
嘲笑って踏みにじられるのは、死ぬほど嫌だ。
そう思った。
——奈苗。3才の誕生日、おめでとう。
もう、いろんな言葉を 覚えたかな?
懐かしい声。
鈴木さんよりも 温かくて、優しい声。
——近くに、鏡とか、ある?
あったら 自分の顔、見てみて。
知美ちゃんが 手鏡を持ってきてくれた。
縁が木でできている、ごくありふれた どこにでも売っていそうなものだ。
——あなたの髪の色は、赤みがかった茶髪でしょ?
お母さんと同じ色。
ふふ。
あ、ごめんね。なんか笑っちゃった。
「いいよ、笑って。」
私が発した言葉に、鈴木さんが目を見開いた。
今思えば 3才児が言う言葉じゃなかった、って可笑しくなる。
でも
何となく、話しかけてしまった。
顔をあげたらお母さんが座ってるんじゃないかって思ったから。
——目は…瞳の色は、何色?
琥珀色だったら お父さんと同じだけど…
「奈苗ちゃん!」
「うん。」
嬉しくなった。
だって、鏡に映った瞳は…
——翡翠色…緑色だったら、お母さんと 同じよ。
翡翠だったんだもん。
赤みがかった、癖っ毛の髪。
翡翠色の、瞳。
そっか。
お母さん、ヨーロッパの人なんだね。
…あれ?
なんで知ってるんだろ?
——奈苗、どうだった?
お母さんといっしょだったら、すごく嬉しいな。
「うん。私、お母さんといっしょだよ!」
ラジカセに向かって話しかける私を、
鈴木さんや知美ちゃんは どう思っただろう。
少なくとも、「可哀想」だとは思ってほしくない。
——じゃあ、また来年。
4才の誕生日に、テープを送るからね。
バイバイ。
ガチャン、と大きな音がして、
お母さんの声は 聞こえなくなった。
- Re: COSMOS ( No.6 )
- 日時: 2014/12/26 18:05
- 名前: Garnet (ID: TdU/nHEj)
老人は、
皺だらけの顔に さらに皺を寄せ、
———お前、米国だと言ったな?
———ええ。
日本人が心から嫌う、裏切り者ですよ。
『あの子』が皮肉たっぷりに、そう返した時、
私は
アメリカのスパイだったりするんじゃないか
と、とても恐くなった。
奥のほうから、
泣き止まない赤ん坊の声と、それをあやそうとする母親の声が聞こえてくる。
それはまるで、不吉な出来事の前触れのようだった。
老人はしばらく俯き、黙っていた。
『あの子』もずっと 老人を見つめていた。
———裏切り者、かい…?
再びあげたその顔に、敵意は見えなかった。
それどころか、どこか 可笑しそうにしている。
———何か可笑しいですか
———いや。
どうやら君は、少し誤解しているようだ…
———誤解…?
2人の間に、
『大人と子供』という壁は無かった。
- Re: COSMOS ( No.7 )
- 日時: 2014/12/26 18:57
- 名前: Garnet (ID: TdU/nHEj)
蝉が鳴き始めるようになった頃、私は 平仮名を書くようになった。
それを見て、
知美ちゃんが 大人には見せないほうが良い、と忠告した。
6歳なりの判断だったとは思う。
だが、それはすぐに知れ渡った。
前世の記憶は まだ残っている。
前ほど手が動かないものの、書き方もしっかり覚えている。
いつ消えるか分からない恐怖から、
無心に鉛筆を握るようになっていた自分がいた。
見えないものを、
見える形にしたくて———
初めてそれに気がついたのは、やはり知美ちゃんだった。
「え、奈苗ちゃん?
どうしたの いきなりそんな…」
——実は、お母さん…
遠いとおい所に行くことになったの。
そこには あなたが来ることは出来なくて、
私も、あなたのいる所には 戻ることができない…
あ。
あと、この事も言っておかないと。
…お父さんも、お母さんと同じところにいる…って。
ちょっと難しかった?
ごめんね。
でも これも、
奈苗…あなたの為なのよ。
難しくなんて、ない。
ちゃんとわかるよ…
「奈苗ちゃん…?」
スケッチブックに どんどん涙が滲みこんでいく。
鉛筆の芯が折れて、
それと同時に 私の心も折れた。
「お母さん…!お父さん…!!どうして置いてっちゃったの…っ
私を1人にしてくの…っ!」
写真さえ、無い。
声を聞けるのも、1年に一度。
毎年送られてくるあのテープは、
私が知らないうちに処分されていると聞いた。
そのせいか、
両親を想うと いつだって『あの子』の顔しか浮かばない。
どうして…?
ドウシテ……?
声にならない問を、
どこにいるのかわからない人間にぶつけて。
泣き寝入りした。
子どもは無力なのだと、改めて思い知った——————
- Re: COSMOS ( No.8 )
- 日時: 2015/01/17 15:42
- 名前: Garnet (ID: 4J23F72m)
『あの子』の夢を見た。
記憶じゃなく、架空現実の世界だ。
私は 黒髪をおかっぱにして、
いつでも 防空頭巾と水筒を持ち歩いている。
鳥や花を、
キラキラした目でみている私。
それを、微笑んで眺めている『あの子』。
呼びかけられて、目が覚めた。
温かな世界から、冷たい現実へと引き戻された。
ぼんやりとした月明かりの中、寝返りをうつと、
隣の布団で、知美ちゃんが静かな寝息をたてている。
小さな時計が 午前3時だと教えてくれた。
「どこに、いるの。」
答えてくれない母に、問う。
本当の自分に、問う。
「あなたは、だぁれ?」
『あの子』に…問いかける。
昼間はじりじりと焦げるような窓際も、今はひんやりとしている。
———辛いときは、夜空を見上げてごらん。
そこには たくさんの先人たちがいるから。
雲で空が覆い尽くされていても、見上げてごらん。
その向こうには、必ず答えがある。
心の瞳で、見るんだ。
『あの子』の声が聞こえた気がして その方を見ると、
窓枠がちょうど額縁になって、
夜空のキャンバスには、たくさんの星が散りばめられていた。
美しい。
ただ単に、そう思った。
それ以外に言葉は無かった。
「綺麗でしょ?」
後ろから、寝ぼけた声が聞こえた。
「うん…起こしちゃった?」
ごめんね。
と言おうとしたら、流れ星が煌めいた。
この人生で 初めて見た流れ星。
「宇宙ってね、英語で『COSMOS』って言うんだって。」
「…」
コスモス…。
はっきりと聞き覚えがあった。
「花のほうのコスモスと、同じ。」
「秋に咲く…桜。」
「そう。それ。」
ゴソゴソと音がして、知美ちゃんが 後ろに来た気配がした。
彼女は、人の心を読むのが上手い。
だから今も こうしているんだと思う。
「『あの子』とも見たんだね?」
「見たよ。
……ねぇ。此処って、何県?」
「群馬。」
そっか。
じゃあ、
あの時に見た空と、あんまり変わらないや。
そう思いながら、窓をそっと開けた。
近くに置いてあった椅子を引っ張って乗ってみると、壮大な景色が広がっていた。
「こういうのいいね。」
滑らかな風が頬を撫ぜる。
「え?海も街も無い、つまんないトコなのに。」
「ううん。」
「そう。」
知美ちゃんから見たら、そうなのかもしれない。
実際そうだった。
山ばっかりの、森の中。
電線も、立ち並ぶ家も此処には無くて。
でも…それでも。
「ここで育って良かったよ。」
- Re: COSMOS ( No.10 )
- 日時: 2016/03/17 00:46
- 名前: Garnet (ID: rBo/LDwv)
———ねぇ。
さっき、お爺さんと 何話してたの?
私、よく分からなかった…
———分からなくていいんだ
———ふぅん…
空襲警報が解除され、
私達は防空壕から出てくることができた。
集団疎開で子どもはいないはずの東京に、子どもが2人。
ましてや、そのうちの1人が外国人ときたら 帰る場所など存在しない。
それに、外に出たら あの子の瞳の色が分かるかと思ってたのに…
もう日が暮れかけて、瞳はおろか、髪の色もよく分からなくなっていた。
———私たち、大丈夫かなぁ。
———え?
———だって、こんな暮らしがいつ終わるのかも 分からないじゃない?
———それは…
そんなこと、言っちゃダメだよ!!
『あの子』が いきなり声を荒げ、
私も 思わずたじろいでしまった。
こんなこと、知り合ってから初めてだった。
…といっても、1年も経ってないんだけど。
———ごめん…なさい。
———いやあーっ、い、いいよ!
言ってもいい!
ゴメンゴメン!今の忘れて!
———う、うん。
かぶっていた防空頭巾が、パサリと外れた。