コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 貴女と言う名の花を ( No.78 )
- 日時: 2015/09/17 19:57
- 名前: 彼方 (ID: dzyZ6unJ)
エピローグ*貴女と言う名の花*
荷馬車を宿の近くに停め、南方の街で仕入れた布を背負って持てるだけ持ち、この国の中心街の市へと僕は向かっていた。衣料の生産が盛んなこの国では布、特にここらでは珍しい南方のものはよく売れると思ったのだ。
「おおい、そこのあんちゃん!」
思いがけない声に顔を後ろへ向けると、そこには褐色の快活そうな男が立っていた。彼も僕と同じ行商人だ。
僕は彼に笑顔を向け、そっちへ歩いて行った。
「ラフィークさんじゃないですか!お久しぶりです。仕事の方はどうですか?」
彼____、ラフィークも僕に笑顔を向けた。
「いやァ、ぼちぼちだな。まぁ食えるぐらいに稼げればいいから不満はないけどよ。……その服が後ろから見えたからよォ、もしかしたらアイビーか?と思ったんだが、当たりだったようだな。お前はどうよ?儲かってんか?」
「僕もぼちぼちですね。最近では、街へ行くたびにお客様の方から来てくださるので、いい噂でも広がっているのかな、とは思いますが」
少し考え込みながら僕は答えた。ラフィークは「ほお」と感心したように唸った。
「客の方から来るなんて、おめぇ、随分とまぁ人気じゃあないか。普通そんなこと一度もないぜェ?……その服の影響もあんじゃねェのか?執事服なんて、どこの国でも貴族街以外じゃ滅多に見ねェだろう?」
執事服、と言われて自分の格好を見下ろす。
最初、執事服は脱ぎ捨てようと思ったが、何しろ世界有数の大財閥の執事の服だ。行商人じゃあ百年かかってようやく買えるか買えないか、というような高級品なので、そのまま着ることにしたのだ。
しかし、燕尾服は流石に動きにくいので、袖をまくったシャツとベストに緩めたタイという、執事にしては非常にラフな格好だ。しかしそれでも執事に見えるものなんだろうか。
「そういうものなんですか」
「そういうもんよ。人間、珍しいもんには興味が湧くだろ?それにおめぇ、無駄に外見いいもんなァ。あー、美男ってえのは得だねェ」
やれやれ、と羨ましそうにラフィークはため息を吐いた。……そういうものなんだろうか。
「じゃあ俺ァこっちにある商会に顔出してくっからよ、またいつか会おうぜ!」
手を振ってラフィークは去っていった。
またいつか、か。____貴女に会える日は一体いつ来るだろうか。
最初は勝手が分からなかった行商人の仕事も、気の良い人達に出会って色々教えてもらい、十年ほど続けて結構慣れてきた。
それから、自分の生きてきた世界の狭さを知った。僕……アイビーが生まれたあの国は、平和で治安が良い代わりに単一民族国家の、とても閉鎖的な国だったと知った。____まるで、『あの部屋』のように。
あの国では平和を守るため、異端は厳しく罰せられ、排除されてきたのだ。僕のような異端が。
世界は『異端』だらけだった。僕と同じ理由ではないが、とても寿命の長い民族もいると知った。肌の色、顔立ち、背丈、習慣が全く違う人もいた。
ねえ、僕は貴女に話したいことだらけなんです。
十年間の行商で得た経験も、そこで出会った様々な人達のことも、何よりあの時答えの出なかった問いの答えも見つけた。何のためにこの先生きていけばいいのか、という問いの。
僕が生きる意味はきっと____、貴女という名の花を愛するため。
そのためにあの日、アイビーとして生まれ変わったんだ。きっと全て、貴女に出会って貴女を愛するためのことだったんだ。
貴女と別れてそれが分かった。貴女がいなくてもこうして僕は生きている。でもそれは、いつか貴女に会えると信じているから。
僕はきっと、何百年先も信じているだろう。貴女にまた、出会えることを。
僕は必ず貴女のことを、例え何十、何百年でも待ち続けます。
ああでも、できるだけ貴女に早く出会いたい。貴女に話したいことが沢山あるから。
だから____。
さあっ、と爽やかな風が後ろから吹いた。その風を受けて、僕の胸は高鳴った。なぜならこの風は、あの時『エリカ・ルルディ』が眠っているあの場所で吹いた風とひどく似ていたから。
小さな音を立てて後ろから何かが転がってくる。拾い上げてみると、それは花の髪飾りだった。
後ろから、ということは誰かの髪飾りがさっきの風で飛ばされたんだろうか。そう思って後ろを振り返った。そこには____、
「あら!私の髪飾り、拾ってくれたの?ありがとうね」
そう優しく微笑む、行商人の格好をした少女がいた。胸の高鳴りが抑えられない。僕は直感で悟ったのだ。彼女は、きっと____。
「貴女のものでしたか。どうぞ。____貴女も行商人ですか?」
「ええ、そうよ。執事服を着ているけれど、貴方もなの?」
彼女は疑問顔で尋ねる。
「ええ。僕は昔執事をしていまして、その時着ていた執事服がとても質の良いものでしたので、せっかくだから、と」
彼女は面白そうに笑った。
「へえ!昔執事をしていたなんて、その時の話を是非聞かせてもらいたいわ。……布を持っている、ということは貴方も市へ行くの?」
「はい。貴女も市へ向かうのでしたら、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
嬉しそうに彼女は笑った。
「勿論よ。____貴方、名前は何?私はカトレア」
ふと、貴女と初めて出会った時のことを思い出した。あの時は名前が大嫌いだった。
でも今は違う。僕の名前はあの女性の呪いの証じゃない。貴女との愛の証、なんて言ったら気恥ずかしいけれど、僕はそう信じている。
「アイビーです」
そう言うと、彼女は「ふうん」と呟いた。面白げで感心したような声色で。
「いい名前ね」
そう彼女は、否、『貴女』は笑った。花の蕾が綻んだような笑顔だった。どうしようもなく、愛おしくて懐かしくて、温かい気持ちが溢れた。
____貴女に話したいことが沢山あるんだ。でも一番言いたいのは、僕の生きる意味。
____僕はきっと、貴女という名の花を愛するために生きてゆく。