コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: なるやん、時々へたつん。【理系男子のオリキャラください←】 ( No.65 )
- 日時: 2016/01/02 21:19
- 名前: 彼方 (ID: vJF2azik)
あれから10日ほどが経っても、友哉は未だ目を覚まさないままだった。
何度病室に来ても、友哉はまるで寝てるみたいな顔を見せるだけ。
あたしと菜々架と望は、友哉のお母さんから話を聞いた。
病院の先生は、
『首を吊った後すぐに縄を解いたのが幸いして、一命は取り留めました。ですが、手足の麻痺、言語障害などの後遺症が残る可能性が大きいです。最悪の場合、このまま目を覚まさないまま植物状態、という可能性もあります』
と言っていたらしい。
首吊りっていうのは、窒息して死ぬ訳ではなく、脳に酸素が行き渡らなくなるようにして、死ぬものらしい。
つまり友哉には、脳に酸素が行き渡らなかった時間が多少なりともある訳で、後遺症が残る可能性は大きいらしい。
でもあたしは信じてる。友哉が何事もなく目を開けてくれることを。
だから今日も病室に通い続ける。例え目を覚まさなくても。
学校にはあれから行っていない。
『学校には行くべきだよね』なんて3人で話すだけ話して、結局行く気が起きずに行っていないのだ。
きっと他の人は不思議に思っているだろう。仲の良い4人が同時に10日も休んでいるんだから。
毎日不安で不安で仕方なく、夜だって眠れず、睡眠薬を飲もうか真剣に悩んでいるくらいなのに。
何事もないような顔で学校へ行き、何事もないような顔で友達と笑えるはずがない。
今日は、しばらく病室に居座るつもりで朝食を多めに食べ、病院に来た。
朝早くから病院に来たって何も変わりゃしない。どこかでそう囁く声がするが、無視をした。
病室のドアを開け、また眠るように横たわる友哉がいるんだろうな、と思っていたあたしは、立ち尽くしてしまった。
「………………桃音」
友哉が身を起こしてあたしを見ていたのだ。
あたしはしばらく動けなかった。
それを見た友哉が、怪訝な顔で首を少し傾けた。
「…………桃音?」
その声で金縛りが解け、すぐに駆け寄った。
言いたいことは山ほどあったが、喉元で交通渋滞を起こしていた。
しばらくもがいたあとに出たのは、
「……いっ……てえな、いきなり殴んなよ!」
「うるさい阿保、黙って殴られときなさいよ馬鹿ぁッ!」
腹パンだった。
言いたいことが言葉になって出てこないので、もう5発くらい殴っておいた。
あたしは、「……ってえ」としかめっ面で腹をさすっていた友哉の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「あんたねぇ、どんだけ心配したと思ってんのッ!?あたしもそうだけど、菜々架と望もすっごい心配してたんだからね!?首吊る前に誰かに相談しなさいよ馬鹿っ!1人で抱え込まないでよッ!」
友哉は戸惑うように視線を泳がせ、やがて控えめに笑った。
「……ごめんな」
「謝って済む問題じゃないっ!馬鹿友哉っ!」
「そうだよな、悪りぃ」
友哉は苦笑いをした。
「で、後遺症みたいなのはないの?」
そう心配すると、少し考え込んで友哉は言った。
「手足が痺れてる気がするし、頭も痛えけど……しばらくしたらなくなる程度だろ。大丈夫」
「……ふうん、あっそ」
「聞いといて興味なしかよ……」
興味ないふりをしたが、実際は安堵感で泣きそうになるのを抑えるので必死だった。
よかった、本当によかった。このまま友哉が目を覚まさなかったらどうしようかと。
「……あー、どうにもこの日になると鬱っぽくなっちまうな。____俺はもう大丈夫、心配かけて悪りぃ」
バツの悪そうな、それでいて朗らかな顔で笑う友哉。
それを見てあたしは、安心するというよりは疑問に思った。
____自殺するほど参っていた人間の表情じゃない。
同じようなことは何度も思った。
だって、いつも友哉は明るくふざけていた。なのに飛び降り自殺をしたり、オーバードーズを企てたり、首を吊ったり。
もしかして、この表情もあたしに気を遣っているだけなんじゃないんだろうか。
「…………ねぇ友哉」
「ん?」
あたしはこれを問うか少し悩んだが、結局口にした。
「首を吊ったの、後悔、してる?」
友哉の瞳に一瞬、泥のように濁った暗い色が宿った。
しかし瞬きをした後には霧散していて、後悔の色だけが残っていた。
「あぁ。しなけりゃよかったと「嘘つき」
今のは絶対嘘だ。だって、一瞬友哉の瞳に宿った色は、後悔なんかじゃなかった。
友哉の瞳は、動転したように揺れた。やがてすっと目を伏せると、片手で顔を覆った。
「……………………何で分かった」
絶望を押し殺したようなその声は、さっきまでとは全然違って、これが友哉の本心だと思った。
「おかしいでしょ。首吊るくらい病んでる人間が、何事もなかったかのように明るく振舞ったら」
「………………そうか」
友哉は震える息を何度も吐くと、徐に言葉を紡ぎ出した。
「………………俺さ、もう分かんねえよ。自分が死ななきゃいけねえのは分かってんのに、死ぬことすらできねえ。なら、俺は一体どうすりゃいいんだっつの…………」
「何でっ……何でそこまで死ぬことにこだわるのよっ!?」
あたしがそう聞いても、友哉は答えることはなかった。
「雛って子の話なら、望と菜々架にもう聞いたわ」
あたしがそう言うと、友哉は押し黙り、やがて呻き声のように囁いた。
「………………嘘ッ____だろ……ッ?」
しばらく友哉は固まっていたが、やがて乾いた笑いを零した。
「なら、なおさら分かんだろ。……俺が雛を殺したんだぜ?俺何もできねえでさ。雛だって、何で自分は死んだのに、俺なんかが生きてんだって思って____」
「それが分かんないって言ってんのよっ!」
あたしは思わず怒鳴った。友哉が驚いたように顔から手を離し、あたしを見た。
「雛って子が首吊る直前に話したのに、気づけなかったから自分が殺したのと一緒?だから死ぬ?……バッカじゃないのッ!?
あんた分かってんのっ?その理屈でいくと、あんたがもし死んでたら、あたしがあんたを殺したことになんのよっ!?だって、あんたと最後に話したのあたしだもん。そうすると、あたしも死ななきゃいけなくなるのっ!
____ねぇ友哉。聞くけど、あんたが首吊ったのってあたしのせい?あたしがあの日あんたを止められなかったから首吊ったの?で、それなのに何であたしなんかが生きてるんだって、そう思う?」
友哉は揺れる瞳であたしを見つめていた。やがて、緩く首を振った。
「思う訳ねえよ、そんなこと。俺が首吊ったのは俺の勝手な事情で____」
「そうよ、分かってんじゃないの。きっとその雛って子もそう思ってるわ」
あたしが鼻を鳴らすと、友哉は黙って不思議そうにあたしを見つめた。知らない言葉を言われた子供のように、ぱちくりと目を瞬いて。
不意に、友哉の頬に雫が滴った。
友哉は、また片手で顔を覆って、嗚咽を漏らした。
小さな子供みたいに。
ダムが決壊したみたいに。
身を震わせながら、友哉はいつまでも涙を流した。
あたしはただ黙って、顔を覆っていない方の手を握り続けた。
「………………なら、俺、生きてていいの?」
ともすれば掻き消えてしまうほどの声で、友哉が問う。
「生きてていいんじゃなくて、生きてなきゃ駄目なんでしょ馬鹿。あんただったら、自分が死んだ後に、自分の好きな人が不幸だったり、自殺したりしたらどう思う?
……あたしだったら絶対嫌よ。幸せになってもらわなきゃ、おちおち安心して眠りに就けないもん。
____きっと、思いっきり幸せになってやるのがその子にとって、一番だと思うわ。それでもそんなに償いたいなら、自殺なんかしないで、毎日墓参りでも行ってやりなさいよ」
友哉は、箍が外れたようにしゃくり上げ続ける。
「………………生きなきゃ、駄目で、幸せに、ならなきゃ、駄目」
「そうよ。だからもう一生自殺なんて考えちゃ駄目だからねッ?」
友哉は小さく頷く。そして、だんだん大きく、何回も頷いた。
どれくらい経っただろう。
しばらくして、少し友哉が落ち着いてきてから、顔を上げて友哉は笑った。
「……桃音、ありがとな」
その笑顔は、憑き物が落ちたように清々しく、陽だまりのように柔らかく、何より綺麗だった。
その笑顔を見たら、どうしようもなく嬉しく切なくなって、あたしも我慢していた涙を何粒か流した。
「……馬鹿友哉」