コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.49 )
- 日時: 2016/05/03 18:49
- 名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)
揺られて揺られて、手を離せば目的地もなく飛んでしまう風船は、何処まで行くのだろうか。ふとそんな事を考え出す脳に、彼女は理由をこじつけた。分からない。知らない。ああでもきっと。空気の少ない小さな風船もふわりと高く上がってしまう。そうして。
——音も立てずに穿孔して消える。
「あ……いや、皆さんが名前で呼び合っているので。その良いなあって……。だっ、だめなら別にみょ、みょう」
旭は、身体の隅から隅までが硬直しているように思えた。上唇と下唇の隙間から風が入り込む。それがやけに冷たく感じられて凍り付く姿を想像しそうになったが、数秒後に首を振って描くのを中断した。自分は変わるのだと、逃げるのは止めにするのだと、決めたからには愉しい未来を作る。汗で滲む掌に力を入れた。
その隣に座る遼は遼で、不思議な顔をしている。喜んでいる風に見え、疲れ切った時の呼吸をした。それから小声で「……旭? 旭ちゃん? どっちが正解?」と綺麗な形の眉を寄せてみる。フードに隠れた栗色毛髪を掻きながらくぐもった。端に座る遙も表情は異なるが、どう呼ぼうかと考えているようで楽しげに笑う。これが悪戯っ子のする“悪い笑顔”じゃなければ良かったのだが。しかしまあ名前で呼ぼうとしているのだから、旭の願いが叶うという訳だろう。1人反対側の椅子に座っている伶も、「そうか名前か」と色々呟いて数度頷く。可愛がっている後輩な分、その顔も無表情が崩れて嬉しそうだった。
「…………」
——彼等とはまた違う反応を見せた人物がいる。
体内から溢れ出る大量の水分。汗ばんだ額から滴り落ちると顎を伝って全身へ。掻き回された頭の中は、赤子の脳内よりも使い物にならなかった。燃えるように熱い心臓は、血液を送り出す為、懸命に働いている。それなのに眩暈がした。水分を外に出し過ぎて——そうたとえるのなら長湯して逆上せ上った後に起こる眩暈。何時になく不安と緊張で埋もれた佑里は、誰でも良いから教えてくれと解決策を求めている。なんせ彼女は旭に向かって、名前で呼んでしまったのだから。いや、呼ぶのはこの際勝手だ。要は、旭が自分の事を名前で呼んでいなかったというのが問題で。佑里は頑張って記憶を巻き戻しした。やはり“橘先輩”としか呼ばれた事がない。つまり、つまりは。
「……名前で呼びたくない?」
名前で呼ばれたい。旭はそう言った。だが決して呼び合いたいと言った訳ではない。それは一体何を指しているのか。普段はあまり頭を使わない佑里にも直ぐ解った。
これから“旭ちゃん”と呼び続けた所で、彼女に返ってくるのは“橘先輩”で。そんなのは嫌だと思った。少なくとも友情は芽生えたと感じているのだから、1歳上でもちゃん付け。せめてさん付けで呼ばれたい。そこまで考えて何を悩んでいるんだと思い直した。何時もならば手を合わせて頼めるはずなのに、何故。
『お助け団へようこそ!』
浮かんだ言葉。それが胸に溶け残っているようで、どうにも普段通りには出来なかった。開いた穴から漏れ出て、自分という自分がなくなっている気がして。佑里の瞳から不安の色が消えると同時に、耐え切れない苦しさが表れて染まり始める。やっぱり此処が好きなんだと思い知らされる破目になり、重たい溜息を吐く。切り替えようと顔を上げたら、焦る表情の顔が目に飛び込んだ。
「…………橘先輩。大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
「えっ!? あ。ごめんね、大丈夫だから」
見ると旭だけではなく他の3人も佑里を見つめていた。どれも心配げな眼差しなので、急いで笑みを作る。心配などさせないように、普段通りの自分を。だから伸ばされた手に気付かなかった。やっと気付いた時には頬を強く掴まれていて、「えっ」と漏らす。その手は酷く冷たく氷を思わせた。何でなのか、時々感じる震えで伝わる。彼も自分と同じように苦しいのだと。あの言葉は——あの言葉は。
「遼く……」
「ねえ。その顔やめて。だって困るでしょ」
「——新団員がさ」
吐きかけていた息を呑んだ。喉につまるかと思ったが、耳元で囁いていた遼が震えを誤魔化すように佑里を抱き締めた事によって、ほえっ? と吐く事が出来た。頬を赤らめて彼が落ち着くまで抱き締められた体勢でいると、感嘆の声をあげる整った顔立ちの少女が佑里の視界に入る。思い出す。自分は先輩以前に同じ団員である事を。
団員なら、新しい団員を温かく迎えるのは当然の役目。遼が抱き締め終えると、佑里は旭の両手を握った。驚いたのか強張っている手はどうしてか傷だらけに見える。傷だらけの小さな手を佑里は、彼等は知っていた。だからこそ離したくない。離したら傷付くだけの涙しかもらえないから。
「じゃあこれからも名前で呼ぶね、旭ちゃん。それとあたしの事も名前で呼んでくれると嬉しいなあ」
彼女は今日も笑う。
あの日、手を取ってくれた人と同じ。やさしい笑顔で。