コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.50 )
- 日時: 2015/09/19 16:31
- 名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)
ぐちゃぐちゃに掻き回された胸の奥。それを纏める術は誰も知らない。だから彼女は——周りに寄り添ってほしかった。解決手段が見つからなくても、せめて、温かい手で繋ぎ止めて「大丈夫だよ」と背中を撫でてくれる。それだけで安心出来たのに。何もしてくれない事を知ってしまったから。
けれど、もしかしたら。そんな願いを託して笑っていた。唇の形は複雑に入り混じりながら。
「じゃあこれからも名前で呼ぶね、旭ちゃん。それとあたしの事も名前で呼んでくれると嬉しいなあ」
その言葉が自然と身体に溶けていく。傷口を癒すように優しく丁寧に。旭の中に沈んでいた熱い感情が、沁みる程勢いを増し、上へ上へと湧き起こる。心臓のある場所に両手を当てて呼吸をすると、頬を染めて微笑んだ。分かりました——の意を込めて。その様子を見た佑里も目尻を下げた。
「楽しそうなのは大変喜ばしいんだけどさ。僕等を置いていくのは止めてよ。……旭お嬢様?」
「そうそう。遙の言う通り。気を付けてね。旭お姉さん?」
「おい、遙も遼もあんまり旭を苛めるな」
半分以上ふざけ切っている少年2人に伶が呆れ顔で制止した。机に乗せた肘の上に置いてある顔がにやけて、色々な意味で高校生には全く見えない。そんな彼等を後輩の前に出すなんて許されない、とでも思ったのか呆れた表情が一変し、厳しい視線を浴びせる。伶の思いで彼等の性格が変わるのなら良いが、世の中そうはいかない。遙と遼は彼の視線に気付いているのかいないのか、だらしない恰好で「旭ー」と繰り返し呼んでいた。同じ能力者の仲間とはいえ、先輩の発言を聞き入れないのは流石にどうかと、伶の堪忍袋の緒が切れてしまうまで、残り僅か。
*
「ねえ……何か前にもこんな感じの事があった気がするのは俺だけ?」
「んー、何か前にもこんな感じの事を見たような気がするんだよな」
直後伝わる感覚。それはきっと痛みというものなのだろうけど、2人共感覚が殆ど麻痺してしまっている為、一定の時間で響く振動にしか感じられなかった。
今現在この空き教室に全員——こういうのを見慣れている佑里や見慣れ始めている旭は残っている。前回遼が思わぬ勘違いをされかけた事によって旭が遙に抱きついてしまったハプニングの際は、伶の「教育上あまりよろしくない行為だから」と佑里に頼んで旭には外で待機していてもらったが、このような事態はもうお約束なのでと、今回からは佑里と女子らしい会話をしつつ、彼等の頭に拳が振り下ろされる様を見ているようになったらしい。後輩——しかも女子生徒の前なのでなるべく力加減に気を付けている伶だが、殴られている2人からすると大して何時もと変わってはいない。しかし殴られている時間は何時もより短かったようだ。
「やっぱり伶の手は怖いわ。俺と大きさそれ程変わらないのに。何で?」
「あれでしょ。小さい頃から今までずっと、家の壁を毎日1万回パンチしていたからでしょ」
「…………そんなのしていない。これからもしない。絶対」
喧嘩の強さで知られている遼に加え、口喧嘩では誰よりも強い自信のある遙まで“怖い”と言うので、少々自分の手が気になったのか、じっと見つめていた伶は此方に視線を投げる旭と目が合い、気まずそうな表情を作る。
そこまで腕力が強いとは思っていない。自分自身に確かめるよう、ゆっくりと口にする。そう。伶は別に家の壁を毎日1万回パンチしている訳でも、不良集団を毎朝見付け次第殴りかかっている訳でもない。それどころか学校生活でも私生活に関しても暴力とは無縁に近い。だが、彼等といる時に限って口より手が先に出てしまうというのは——
……何時の間にか、反映されていたんだろうな。
脳裏に焼き付いた姿で少しだけ現れた彼女を懐かしむ。
掌を瞼に当てて。1度、1度彼女の名を呼んだ。誰にも気付かれないように小声で。そっと。
不思議と開いた穴が完全にではないものの埋まったのを知った彼は、吸った息を吐いた。