コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.53 )
日時: 2015/10/12 19:20
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)


参照1400回&1500回&1600回&1700回突破記念!!


 あと3カ月くらいでこの小説も1周年を迎えます(えっ)。私の中でだけ時間が早いのかな? まだ3話終わったばかりってどうしたんですかね。はい、スピードアップ頑張ります。
 こんなにも大勢の方々に読み続けてもらえているようで、正直作者も吃驚です。完結するまでの道は初心者がエベレストを登るくらい険しいですが(笑)、力を入れていくので是非これからもよろしくお願いします!!
※名前呼びより前の話。シリアス度高め。





【たとえば、共通の趣味があると気付いたなら】


 さようならをするのにはまだ早い時刻だった。
 休み明けで勉強に力が中々入らない旭が、空き教室のドアを開くとソファーへ抱きつくような形でうつぶせ状態になるのは、仕方ないといえた。先週返却されたテストの結果が、予想より悪かったのを理由に、土日は大量のお菓子作りに励んでいたのだから。家の料理本だけでは足りないと近所にある図書館へ足を運んだ彼女を、遅いから寝なさいと様子を見ていた祖母が声をかけなければ、今頃頭には三角巾、首からエプロンを垂らした姿が目撃されるだろう。
 そんな事を知るはずもない伶が疲れ切ったのを見て数秒後、「膝枕してやろうか?」と訊いてきたのは旭にしてみれば衝撃的な出来事であった。勿論答えはいいえである。流石にそこまで心の準備が完了していなかったらしい。息を吐くと徐々に意識が遠ざかっていく。寝てしまおうか、頑張って起きていようか迷っていると、旭の身体に電流が走った。

「え」
「……ん?」

 どうしたとでも言いたげな表情に、起き上がった旭の指先は持たれた本に向いている。読んでいる途中なのかそうでないのか、所々に付箋が貼り付いたまま。声にならない言葉を感じ取った伶は、少し笑って「この本がどうかしたか?」と質問する。渇いた口内を潤してから駆け寄る旭に、一瞬視線を外す。

「こ、この本、昨日読んだんです! お菓子作りをする為に」
「好きなのか?」
「はい。料理とかそういうのが好きなので」
「俺も好きで作るんだ。片峰がくれたチョコレートの出来には届かないが」
「いえっ。そんな」

 照れ笑いをする後輩は頭に耳でも付いているのではないかと疑いたくなる。そう呟きそうになったの先輩に彼女は気が付かない。代わりに口にした言葉にまた1段と頬を染めた。ゆっくりと撫でられる髪の毛にまで熱が渡ってしまいかけ、「擽ったいです」と手を止めさせる。
 気恥ずかしくなった旭は不自然とは感じつつも話題を逸らす。それで犠牲となった用紙の点数にまたも深いダメージを負うのとは別に、やはり学年1の秀才とは違うなという尊敬の眼差しを彼に浴びせた。





「じゃあお先に失礼します」
「本当に送っていかなくて大丈夫なのか?」
「だっ、大丈夫ですよ。私だって高校生ですから」

 何度も繰り返される問いにむきになる旭を見、遠い世界から連れ戻されたような顔で謝る伶。頭を下げられた事に時間差で反応すると、性格からか謝り返してしまう。下から覗き込んだ伶の瞳が、何時もよりも申し訳なさそうに思えて睫毛を伏せる。まだ夕陽は沈んでいない。それでも此処を去ってしまった方がどちらにしても良い気がしたからだ。
 最後まで理由は読み取れなかったなと、胸の奥が疼く感覚にどうしようもなく痺れる。自分の全てで伶を思ったとしても、きっとこの視線は届かないのだろう。そんな不確かな想像に納得する旭の髪は、ゆっくり空気の風で靡いた。


「……っまた」


 それさえも重たい罪になっていく。このまま彼を深い海に沈めるのだろうか。誰の手も届かない呼吸困難な場所へ。何時からなのだろうか。彼がこんな思いをしなくてはならなくなったのは。
 比べて彼女は無知だった。何も持たない赤子と同じ。——でも罪ではない。責める者は此処にいない。そうだというのに息は常に奪われて。憶え立ての鰓呼吸を眺めては嗤う影。

 ドアを開こうとした旭は振り向いて目を見張る。滅多に見られない前髪の内側が、掻き上げられた事により奇麗に映った。橙色をバックに反射する雫。ただ滴るだけなのにどんな光景よりも美しく肌を撫でる。見ているというのを忘れて突っ立つ彼女は、笑みを浮かべた少年に息を呑んだ。


「また今度、一緒に菓子作るか?」


 吐息と共に返答は零れる。足が震えて上手く発せられないが見惚れつつもドアを閉めた。糸が切れた人形のように座り込む彼女は、床を見つめてからバッグを抱き締めて歩き出す。廊下は静かで心臓の音も聴こえなかった。

 何時もならば埃だらけの教室を喚気する為、たてつけが悪い窓を開けているのだが、今日はそういう気分にはならない。咳き込みながら涙を拭う。重ねたくて重ねたなんていえない。けどあの瞬間、自分の方から探していたと認めるほかなく、ただ虚しさだけが胸を掠める。

「……分かっている、分かっているんだ」

 全て誰のためにもならないという事を知ってなお、可能性を捨て切れない腹立たしさが渦巻き、理屈付けようとする。清冽な瞳孔に探りを入れる唇は、噛んでも噛んでも千切れないようで。
 それならば——せめてもの償いとして、向かうべき場所へ導こうと、手を取り足を運び駆け合って。足りないものは暗闇から補いつつ、果てない足元が見えないくらいに。何時しか辿りつくはずの場所を目指し。

 角が丸くなってしまった小さな本を、ゆっくり額に当ててから、そっと裏表紙の油性インクを撫でる。歪む筋肉に張り付けた皮膚を、彼は“笑顔”と呼びたかった。


「分かっていても、まだ」


 まだ声は出ない。