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Re: 春風〜千の想い〜 ( No.25 )
日時: 2015/02/02 07:46
名前: Va*Chu (ID: vAYBtxw9)

40:体重

「奇襲〜」
「うわっ」

 千風が由莉に突然抱き着いた。由莉は驚いて声を上げ、後ろを振り返った。

「どうしたのぉ千風ぇ!」
「由莉細い、折れそう。憎い」
「ええ!? 私そんなに細くないよ!」
「嘘つけぇ、私の何倍も細い」
「それは死ぬわ」

 千風は由莉に抱き着いたまま離れない。むう、と変な声を出して、千風はさらにきつく抱き着く。

「私の肉をもらえ〜」
「肉はもらえないよぉ」
「誰が脂肪の塊ですって」
「誰もそんなこと言ってないよ」

 そのとき、ガララッと生徒会室の扉が開き、人が入ってきた。

「何やってんだ」
「うお、会長! 助けて! 肉そがれる!」
「そがれる!?」
「違うわ、由莉が私の肉をそぐのよ」
「はぁ!?」

 会長こと千春は千風を引きはがし、なんとか落ち着かせる。千風が言うには、最近体重が少し増えてしまったのだという。そんな、誰も気にしないだろ、と千春が言うと、千風は怒り出した。

「あんたにはデリカシーってものがないのね。いいわ、耳から引きちぎってあげる」
「あああああ!! 俺はそぐんじゃなくてそがれるのかあ!?」
「そぐ、じゃなくて引きちぎる、よ」
「どっちにしろ俺が被害に遭ってんだろおおお!!」

 叫び続ける千春の耳を千風は無表情で引きちぎろうとする。由莉はとりあえず自分の身を守れたことに安心している。

「男子は細いのが多いわよね、だからいいわよねええ!」
「んなことねーよ、標準だから、俺」
「その標準が細いって言ってんのよおお!!」
「あああああ!!」
「何やってんだよ」

 そのとき、生徒会室に入ってきたのは翔だった。すると、千春が勢いよく翔を指さして叫んだ。

「あいつ!! あいつ、俺より背は高いけど体重は俺よりないんだぜ!」
「何人のプライバシー侵害してんだよ…確かにそうだけども」
「なんですってええええ!!」
「うわあああなぜか怒りの矛先が俺にいいい!!」

 翔は逃げようとしたが、千風に耳を掴まれ、逃げられなくなった。

「ぎゃああああ!! 耳、俺の耳いいい!!」
「大丈夫よ、耳ちぎるだけだから」
「ダメだろおお!? 助けろよ、忽那あああ!!」
「うおお、俺の耳、ついてる、奇跡だ…」
「忽那ああああ!!」
「翔、うるさいわ、少し黙って」
「橘さんが耳から手を離せば黙るかもね!! いてえええ!!!」

 翔は叫びながら千風に抗議する。しかし千風は聞く耳を持たない様子だ。千春も由莉も完全に他人事だ。

「ぎゃああああ!!!」
「何やってんの〜」
「あ、楓」

 楓が生徒会室に入ってきた。その途端に千風は翔の耳から手を離し、笑顔を張り付けた。楓は標的にならないようだ。

「あーあ、俺や忽那の耳はちぎるのに、楓にはしないんだあ」
「大丈夫だよ翔、耳はついてる」

 由莉は翔の耳を引っ張り、そう言った。翔はもう目に涙を浮かべ、声のない悲鳴を上げた。

「えー、橘さん、十分細いよー」
「そ、そう…?」
「うん、クラスの女子、みんな羨ましがってる」
「そうなの…? 大丈夫、かなあ…」
「大丈夫だよ、ダイエットしなくても」
「ダイエット…したわよ…」
「え?」
「ダイエットしてこれなのよおおお! 認められるわけないでしょおお!」
「あああああ!! なぜ俺の耳をちぎるううう!!」

 泣き叫びながら、千風は千春の耳を引っ張る。彼氏の耳を引っ張る彼女なんて、実に恐ろしい光景が再び。

「だってえええ、あんたたちどうせダイエットなんかしたことないんでしょおおお!!」
「「「はいいいいい!!」」」
「全員、体重言ええええ!! 千春から順にいい!!」
「64か5…」
「4月は62だった!」
「よっ…54…」
「おい森野、嘘つくな」
「何、楓は嘘ついてんの?」
「ごめんなさい! 本当は44です!」
「えっ」

 急に千風が黙った。なんだなんだ、と男子はいまだびくびくしている。やがて、千風は小さく口を開いた。

「楓…あんた、ダイエットなんかしたら死ぬわね」
「えっ」
「だってそうでしょ、あんた、身長は私より高いのに…」
「変わんないよ」
「でも、男子でその体重は…反則うう…」

 千風は、ボソボソ呟きながら、由莉の許へ行き、また抱き着いた。由莉は戻ってきた彼女に言う。

「男子と比べちゃダメじゃん」
「楓…私より軽い…怖い…」
「…ああ…そればかりはどうにもならないかなぁ…」
「なんなのあいつ…どこまでも女子じゃん…なんなの…」
「そこ、聞こえてるからね。誰が女子だって」
「なんなのよぉ…」

 楓の抗議も無視し、千風は暗いオーラを纏って由莉から離れない。

「なんか羽柴さんが死神にでも取りつかれたみたい」
「翔、大きい声で言ってみろ、殺されるぞ」
「聞こえてるわよぉ…いいわ、何とでもいいなさいよぉ…」
「えっ」

 予想外にも、千風は怒り出さなかった。相当ショックを受けたようだった。こうなった千風はしばらく戻ってこない。他の面々はかける言葉を失い、どうにも破れない沈黙が生徒会室を支配したのだった。