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雛さんの顔に、僅かな憂いが見えた気がした。…やっぱり、彼女の完璧と言えそうな人生にも、多少の悔いはあるようだった。

「響也のお父さんはね、実、って人だったんだよ。でもね、響也が生まれる直前に別れたんだ」

聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がして黙りこくる僕に、雛さんはいいのよ、と笑った。

「ハッピーな別れ方だったから。私も実も、仕事第一にしたくて。今もたまにご飯食べに行ったりしてるよ？円満な離婚ってやつよ」

雛さんも"実さん"も、仕事に対する信念を曲げなかったんだろう、と思った。
でも雛さんは、なるべく別れたくなかったんだろうな、とも思った。

「僕は…お父さんと会っちゃ、いけないの…？」

「会ってもいいけど…アメリカに行かないと、会えないわよ？」

僕は諦めた。生まれて10年経ってから、自分から会いにいくのもどうかと思ったし、第一、悔いは残しつつも、あんな大胆に離婚できた雛さんと、一時期連れ添った人なのだ。僕はきっと、いい人を父に持ったのだろう、とだけ思うようにした。