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Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜【3/23更新】 ( No.29 )
日時: 2015/03/23 17:25
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

【Ⅲ梅澤和希の場合】


「おい、あゆみ」

 キッチンで手を洗っていると、冷蔵庫の中を物色している真さんに声をかけられる。水を流しながら「どうしたの?」と問うと、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出しながら答えた。

「ハンバーグが食いたい。作れ」
「え、今日の夕食?」
「ああ。トマトソース限定な」

 真さんはそう言い残してさっさと自室に戻ってしまった。今日はDVDを見るから部屋に籠るとは言っていたけれど、メニューのリクエストだけ告げて戻ってしまうなんて、どれだけ自由人なんだ。

「ハンバーグか……今から作ると夕食遅くなりそうなんだけどな……」

 現在十七時三十分。今から作るとしたら、いつも夕食を食べている十八時を確実に過ぎてしまう。しかし、ハンバーグを作らないとしても真さんに怒られてしまうだろうな、と考えて私は冷蔵庫からひき肉を取り出した。

「トマトソース限定ってまた面倒くさい注文を……」
「まあ、真だから仕方がないね」

 独り言に反応した後ろの声を聞いて、私は勢いよく振り向く。そこにはどこか気品がある笑顔を浮かべながら立つ彼がいた。

「和希さん……!」
「ごめんね、我儘な同居人で」

 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる和希さんに首を振る。

「いえ! 真さんのリクエストですから、和希さんが謝る必要なんてないですよ」

 そう言うと、和希さんは優しく微笑んでくれた。その笑顔に不覚にもときめいてしまいそうになる。そんな優しい目の威力はキラー級だ。

「でも、悪いから手伝うよ。ハンバーグ作り」
「え?!」
「二人でやった方が早いでしょ?」

 そう言うがすぐ、和希さんはすぐに石鹸を付けて手を洗い始める。私は和希さんの背中に声をかけた。居候なのに、そんなところまで迷惑をかけるわけにはいけない。

「和希さん、私が一人でやりますから……!」
「いいから、甘えて?」

 そう言いながら和希さんははにかむ。その表情に何も言えなくなってしまう。彼の表情は一つの武器だ……と思いながら私はお礼を言った。

 ボールにひき肉を入れて、こね始める。和希さんにはトマトソースを作るのをお願いした。隣でソースを作る和希さんを横目で見る。
 何か、一緒に料理ってどこかの新婚みたいだな……と思ってからハッとする。
 私は何を考えているんだ……! 気付くと恥ずかしくなり、こねる手が荒く動く。

「あゆみさん」
「はいっ、ごめんなさい!」

 名前を呼ばれただけなのに過剰に反応してしまい、余計気恥ずかしくなる。和希さんの方を見ると、少し不思議そうな顔をしながら言う。

「そのこね方じゃ上手く混ざらないよ」

 ええ、新婚っぽいなーとか考えて恥ずかしくて適当になりました。

「ご、ごめんなさい、今からしっかりやります」
「うん」

 そう言いながら何故か和希さんは私の背中に回る。状況をよく理解できず、反応できないでいると、私の右手に和希さんの右手が重なる。和希さんの手が私の右手を包み込みながらボールの中で動いていく。

「あ、あの……?」
「どうしたの?」
「この体勢は……」
「ハンバーグ作りを手伝っているだけだよ?」

 手伝うのにこの体勢はおかしいと思うのだが。
 私の背中に和希さんの胸板が当たっているのが分かる。心臓の鼓動が段々と速くなっていくのを感じる。思わず呼吸を止めてしまう。
 何も言えないでいると、耳元にふっと息がかかる。全身に電流が走ったような感覚に少しだけ身体が跳ねる。

「——それとも、変なこと想像しちゃったの?」
「し、してません……!」

 震える声で私は抗議する。「新婚っぽい」と思ったことは一生言わないでおこう、うん。

「ふ、冗談」

 少し笑ってから和希さんは身体を離した。身体に入っていた力が抜けていく。和希さんも見かけによらずかなりの危険人物だということを認識した。

 ハンバーグが出来上がり、トマトソースをかける。味見用に作った一口サイズのそれを和希さんは食べる。ドキドキしながら感想を待っていると、一瞬の沈黙を置いてから笑顔で和希さんは言った。

「うん、美味しい。よくできたね」

 そう言いながら頭に手を置かれる。その動作は恥ずかしかったけれど、とても嬉しかった。

 真さんたちを呼んだが、ダイニングに来たのは真さんとリク君だけだった。やはり泉さんと由紀君は私と顔を合わせようとしない。というより、同居人とも関わろうとしないようだ。どうしたら心を開いてくれるのか。私の存在を認めてくれないとここに住んでいる許可をもらったとは思えない。
 例え一筋縄でもいかなくても、仲良くなりたいと私は和希さんと一緒に作ったハンバーグを食しながら思った。



                     【first episode end】