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Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜 ( No.32 )
日時: 2015/03/28 13:32
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

【Ⅳ平井泉の場合】


「はあ……」

 数学の参考書とノートを広げながら私はシャーペンで無意味な円を描きながら溜息をつく。応用問題が難しすぎる。出そうで出てこない数字が頭の中を回る。テストの順位が下がり、ナイーブになっているせいか、いつもより問題集がはかどらない。

「何やってんの? あゆみちゃん」
「あ、リク君……」

 その時、リク君が階段を降りながら声をかけてきた。私は円を描くのをやめてリク君の質問に答える。現実を口に出すのは結構なダメージをくらうが。

「金銭的な問題もあって特待生だから、もう少し勉強しないといけないんだ」
「ああ、あゆみちゃんこの前のテストで初めて順位落としたから?」
「え?! 何でそれ知って……?!」
「だって、一位の人知ってるもん」

 さらりとそう言うリク君に驚く。リク君は一つ年下の高校一年生。いくら同じ学校に通ってるからって違う学年の成績状況を何故知っているのだ。

「……それって誰なの?」

 リク君の答えを聞くのが少し怖かったが、今後のモチベーションを上げるためにも是非聞いておきたいところだ。

「泉だよ」
「……え? イズミって、泉君?」
「うん、ここに住んでる無愛想な泉」
「……は?!」

 まさか、こんな身近に私を脅かす魔物がいたとは。というか、泉君が学校に来ているのを私は見かけたことがない。授業もサボっているのにどうしてそんなに優秀なのか不思議に思う。

「何か今までのテストサボってたら、次こそ留年だぞって脅されたみたいで、嫌々受けたらしいよ」
「え、そんな受け方で一位……?」
「屈辱的?」

 リク君が意地悪気に聞くが、それには答えなかった。

「……すごいなあ、泉君。やっぱり何か不思議なオーラがあるよね。どうやったら仲良くなれるんだろう」

 そう独り言のようにつぶやくと、リク君が「うーん」と唸ってから私の前に腰を下ろした。どうしたのかとリク君を見ると、リク君は顔を少し寄せて、声を潜めながら言った。

「実はね、泉は施設出身なんだ」
「え……」
「小さい頃親に施設に置いていかれたみたいで……だからか、絆とか家族とかにすごく敏感なんだ」

 そう言ってから、少しだけ間をあけて、まるで私にだけではなく自分にも言うように苦笑いを浮かべてそっと言葉を続ける。

「泉に心を開いてもらうには、泉の本当の声を聞いてあげなきゃいけない」

 リク君は席を立ち「邪魔してごめんね」といつものあどけない笑顔を浮かべて去って行った。
 その後も少しの間、動けなかった。「泉君は何を考えているのか分からない」と思っていたけれど、それは変わらない。分かることも、分かり合うこともできない。それなら、分かち合いたい。
 私も勢いよく席を立ち、リク君の部屋を訪ねる。思い切りドアを叩いた。扉が開いた瞬間、私は叫ぶようにして言った。

「授業中、泉君がどこにいるか知らない?!」

 リク君は少し驚いた表情を浮かべてから微笑んだ。




 私は今、屋上に向かっている。
 まだ少し肌寒い風が少しだけ感じる屋上に向かう階段で身震いをしながら一つずつ上がる。

 ——泉なら、屋上にいると思うよ。

 そのリク君の言葉を信じて。
 屋上の扉を開けると、余計寒さを感じる。視界に泉君の姿はない。扉を閉じようと振り向いた時、扉のすぐ横で読書をしている思わず目を奪われる綺麗な顔をした少年——

「……優等生様が授業サボってこんな所で何してんの?」

 泉君がこちらには目を向けず、本に目を落としたまま座っていた。「優等生」という言葉が泉君が言うとどうも嫌味臭い。

「優等生って、私より泉君の方が成績いいじゃないですか」
「ああ、そうだったね」

 そう言ったきり、会話は続かない。泉君は相変わらず本を読み耽っている。紺色のブックカバーがされていて、何を読んでいるかは分からない。

「……用がないなら出て行ってくれない? 邪魔だから」
「邪魔って……ここは泉君が独占できる場所じゃないですよ」

 そう言うと、泉君が初めて顔を上げて私の目を真っ直ぐに見据えた。彼の瞳に自分の顔が映っているのが少し気恥ずかしい。

「アンタ、何がしたいわけ? 理解できないんだけど」
「いや、少々泉君とお話がしたくてですね」
「俺はアンタと話すことなんかない。さっさと消えて」

 無表情で私を見ているが、オーラは「邪魔だ」というのがひしひしと伝わってくるほどだった。しかし、負けているわけにはいられない。邪魔と言われようが消えろと言われようが関係ない。

「……私の名前は“アンタ”ではなく白原あゆみです。いいかげん覚えて下さい」

 少し馬鹿にするような口調で言うと、泉君は眉を若干ひそめて、本を閉じた。

「俺はアンタと慣れ合う気はない。——人なんて信用する価値もない」

 無理やり感情を抑えつけたような声で泉君が呟く。抑えつけた感情、それは誰でも抱く「寂しい」という気持ちなのだろうか。
 私は泉君に近付き、しゃがみ込んで同じ目線にする。そっと、泉君の手を握る。そして少しずつ力を込めた。

「……何してんの?」
「泉君、自分に近付くなとは言いますけど、家から出ていけとかは言わないですよね。それって、私が親に置いていかれて……自分と同じ状況になっているからじゃないんですか?」
「——っ」

 そこで、初めて泉君が動揺を見せる。しかし、すぐに元の冷静な口調を取り戻して温度の感じない冷たい口調で言い放つ。

「仮にそうだとしても、それは単なる同情だ」
「それでもいい。泉君が少しでも私に興味を持ってくれたことが嬉しい。信用しなくてもいいです。ただ、私が泉君を一緒に居たいって思うくらい許されませんか?」

 寂しいって言えないのは苦しい。途方もなく彷徨っていた私を拾ってくれた神崎さんにも悪い。寂しい顔なんて見せてはいけないけれど、それでもやはり寂しいし苦しいとも思う。泉君だってそうだと思う。

 泉君の手を見つめながら強く握る。何も反応してくれないということは、余計なお節介だったということだろうか。
 そう諦めかけた時、いきなり身体に重みがかかる。泉君に抱き締められているのだと気付くと、身体全身が熱くなっていくのを感じた。

「あ、あのっ……?」
「黙って、仕返しだから」

 仕返しって、何の? 私が手を握ったから? それの仕返しがこれならちょっと刺激的すぎる仕返しだと思う。

「……少しだけ、アンタに興味持った。これだけ言ってるのにまだ関わろうとする……あゆみに。こうやってあゆみの体温を感じられることが心地いい」

 初めて私の名前を呼んでくれたことが声が出なくなるほど衝撃的で、嬉しかった。そう思っている間も少しずつ泉君の腕の力が強くなっている。密着状態がこんなにも続くとさすがに心臓が持たなくなってくる。

「……アンタの身体って壊れそうなくらい柔いんだね、……壊れるくらい抱き締めていい?」
「ーっ?! え、そ、れはちょっと……!」

 少し抵抗すると、泉君は顔を離して微笑んだ。初めて見る泉君の笑顔。その笑顔があまりにも綺麗で儚くて、息を飲む。

「……帰るか、俺達の家に」
「……はい」

 その言葉が何よりも嬉しかった。

                      【first episode end】