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Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜 ( No.39 )
日時: 2015/04/12 10:22
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

【Ⅴ桐野由紀の場合】


 実は、まだ皆には言っていないことがある。
 星屑荘に来た時、神崎さんがこっそりと渡してくれたもの。それは、ある人物を特に追いつめるであろう魔法道具のような役割をするものだった。

 ある日の日曜日の夜、私は由紀君の部屋の扉の前にいた。出来たてのクリームシチューが乗ったお盆を持って、私は呼吸を整えてから扉を三回ノックする。

「——由紀君、あゆみです。夕食持ってきたので……開けてくれませんか?」

 十秒ほどの沈黙があり、か細い声が返ってくる。

「……扉の前に置いて、どこかへ行って下さい」

 いつものパターンだ。私が去ってから扉を開ける、という完全なる防御法。しかし、今日は引き下がらない。そのために奥の手も用意しているのだ。

「あの、そろそろ顔を見せてくれませんか? ここに来た日から一度も由紀君の顔を見てないんです」
「別に僕の顔を見なくたって貴方が死ぬわけじゃないですよ。出て行って下さい」

 確かにそうなのだが、そういうことを言いたいわけじゃない。
 意地でも顔を見せないつもりなのだと再認識して、私はついに神崎さんからもらった魔法道具を手に持つ。

「……じゃあ、勝手に開けますね」
「は?」
「私、神崎さんからマスターキー頂いたんです。これがあれば、どの部屋でも開けます」
「な、何言って……」
「良いんですか? 由紀君が開けてくれないのなら私が勝手に開けるからね」
「ーっ! 待って下さい! 開けますから……あと三分待って下さい!」

 お盆を持ちながら私は待った。そして分かってしまったのだった。
 部屋が汚い女子の部屋にアポなしで彼氏が来た時、必死に部屋を片付ける女の子を可愛いと思ってしまう彼氏の気持ちが。
 そんな下らないことを考えていると、ゆっくりと数センチ扉に隙間ができる。

「これしか開けませんからね……ってちょっと! 勝手に入ってこないで下さいよ!」

 黒いパーカーのフードを被った由紀君が必死に抗議しているのを横目に私は無理やり由紀君の部屋にお邪魔した。後ろから諦めたような由紀君の溜息が聞こえ「勝った!」と思った。

「すぐに出て行って下さいね。僕の部屋に他人が居るなんて耐えられない」
「うん、分かったけど……どうしてそんなに距離を取るの?」

 由紀君は壁に寄りかかり、可能な限り私と距離を置いていた。少々傷つくのだが。

「僕に気を遣うつもりなら半径一メートル以内に近寄らないで下さい」

 由紀君は相変わらずフードを被っており、ほとんど顔が見えない。長い前髪がフードの間から見え隠れしたりするだけだ。持っていたお盆をデスクに置き、由紀君に近付こうとすると、由紀君は一瞬身体を震えさせてから私に背中を向けた。男の子にしては小柄なその背中は「近寄らないで」というオーラがすごく出ていた。

「……顔、見せてくれませんか?」
「嫌です。こんな醜い顔……見せません」

 そうか細く切ない声で呟く由紀君に悪いと思いながらも私は由紀君の腕を思い切り引いて、こちらを向かせた。瞬間、弾みで由紀君の顔を隠していたフードが大きく揺れ、それが露わになった。

「ーっ!」

 私と目があったのは、綺麗な顔に映える青い瞳だった。
 素早い動作で由紀君がフードを被り直して、私から目線を外す。

「……青い瞳」
「……何ですか、どうせ気色悪いって言うんでしょう」

 フードをぎゅっと握る由紀君がそう言う。私はそれに即答した。

「思わないよ。宝石みたいで、透き通っててとても綺麗」
「え……」
「由紀君、ハーフなの?」
「……母が、フランス人ですけど」

 少しだけ顔を上げた由紀君の青い瞳が薄い暗闇の中で少々見える。私はその瞳を見つめる。

「そんな綺麗な瞳を持って生まれてきたんですもんね。由紀君はご両親の宝物だね」

 そう言うと、由紀君は驚いたように大きく瞳を広げた。そして、ゆっくりと口を開き始めた。

「そんなこと、初めて言われました。今まで、気色悪いとか変だとしか言われてこなかったので……」
「それ言った人たち、節穴なんじゃないですか? それってただ羨ましかっただけだと思いますよ」

 その言葉に由紀君が大きく反応する。顔を上げて、真っ直ぐに私の目を見つめてくる。

「本当、ですか? こんな目が?」
「はい。だって、私は羨ましいです。そんな綺麗な目を持ってることが」

 由紀君の青い瞳に見つめられると、引き込まれる。まるで由紀君に囚われたような感覚に陥るのだ。それは嫌悪するようなものではない。他にはない特別な由紀君だけの宝物だと思う。
 そう言おうとした時、ポケットに入れていた携帯が鳴る。確認すると『夕食まだ?』という真さんからのメールだった。思ったよりこの部屋に滞在してしまったようだ。

「じゃあ、私行きますね。お邪魔してすみませんでした」

 そう言いながら立ち上がると、由紀君が私の腕を掴んだ。

「行かないで」

 そう由紀君が俯き加減で呟いた瞬間、ガチャリという不気味な音がした。気付いた時には私の両手首が銀色の手錠によって固定されていた。

「えっ?」

 状況が理解できずに間抜けな声が出る。由紀君を見ると、微笑みながら私の髪を優しく掬っていた。

「ずっとここに、僕の隣に居て下さい。あゆみさんが他の男の元へ行くなんて耐えられません」

 近付くなと連呼していた由紀君にそう言われると嬉しい。しかし……何かニュアンスが違う気がするのは気のせいだろうか。固定されて動かせない手が震えている。そんな私の手を包み込むように由紀君が触れた。

「そんなに怯えないでください。これは、僕の愛情表現ですから」

 こ、これが愛情表現? 頭にはてなマークばかりが浮かぶ。由紀君は変わらず微笑みを浮かべている。

「今日だけはずっとこの部屋に居て下さいね。そうじゃないと……」

 由紀君は急に声を低くして、私の首筋を爪先で軽く撫で上げる。ツンとした痛みが全身を駆け廻るようだった。

「——永遠に、僕の玩具にしちゃいますからね」

 玩具——自由のない、動かないもの。思考回路が由紀君の言いたいことを悟った時、身体が震え上がった。

「で、でも……真さんたちに夕食作らないと後で叱られちゃうから」
「あいつらなんて餓死してしまえばいいんです。それとも、僕よりあいつらのほうが大事だとでも言うんですか?」

 青い瞳が私を睨む。また、囚われる。
 歪んでいるはずなのに抗えない、その愛情表現に。

「……ううん、今日は由紀君と一緒にいるね」

 そう言うと、由紀君は満面の笑みを浮かべた——。
 



                              end