コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜 ( No.54 )
- 日時: 2015/05/09 14:30
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
【Kiss me】——宮野真
「あゆみ、これやるよ」
「え?」
洗面台の鏡を見ながら髪をドライヤーで乾かす私は鏡越しに背中にいる真さんを見た。ドライヤーのスイッチを切って真さんの方を向くと、空いている片方の私の手に小さな棒状の何かを置いた。
「これって……“Platonic Star”のグロスですか?」
「ああ。神崎のばーさんがお前にって。キスしたくなるグロス“Kiss me”だってさ」
神崎さんは化粧品会社の取締役で現役で活躍している。こうやって化粧品をくれるのは嬉しいことなのだが、残念ながら私はあまりメイクをしない。超が付くほどの貧乏な私に化粧品を買う余裕なんてなかったのだ。
「ノーメイクで街中歩くなって忠告じゃねえ?」
「……」
「返す言葉もないのな」
真さんが腹を抱えて笑う。とても腹が立つが、言い返す言葉がない。
内心溜息をつきながら私はグロスを見た。淡いピンクのグロスが透けている透明なパッケージには筆記体で書かれた“Kiss me”という文字。私には不似合いなものだな、と思いながら苦笑いを浮かべる。
「——それ、塗ってやろうか?」
「え? わっ!」
真さんが私の手からグロスを奪い取り、後ろから腰を抱き締めた。
「ちょ、し、真さん!」
「……何?」
耳元で吐息と共に真さんの低い声が響く。指でそっとなぞられた様なくすぐったい感覚が全身を這う。
「じ、自分で塗りますから……離れて下さいっ……」
「ばーか。お前グロスも塗ったことないんだろ? 代わりに俺が塗ってやるって言ってんだから感謝しろよ」
真さんが私の胸の前に手を持ってきて、グロスの蓋を開けた。瞬間、きらきらと光るグロスが少しだけ顔を出した。真さんが私の唇にそれを近付ける。
「……いくよ」
少し冷たいグロスが私の唇にそっと当てられる。柔らかで繊細に真さんは丁寧に塗っていった。その触れ方に全身が震え上げる。真さんに直接触れられているわけじゃないのに、変に身体が火照る。腕を回されいる腰が砕けそうになるが、気付かれまいと力を込めて何とか立ったままの姿勢をキープした。
「できたぞ」
そういいながら真さんはすっと手を退けた。鏡に目を向けると、綺麗にグロスを塗られた唇を持つ私がそこにいた。
「な、何か若返った気がする……」
「第一声がそれかよ」
真さんがくくっと笑いながら蓋をした。そして、鏡を見る。鏡越しに、目が合った。どうするべきかと悩むと、急に真さんが私の背中に身体をくっつける。そして、後ろ髪を引っ張られ、無理やり上を向かされた。
「痛いです、痛いです!」
抗議は無視して真さんは、上を向いた私の顔を覆うように自分の顔を持っていった。間近に真さんの顔があり、言葉に詰まってしまう。真さんは珍しく真面目な表情を浮かべて口を開いた。
「……“Kiss me”って本当なんだな」
「ど、どういう意味ですか……」
声を振り絞って聞くと、悪魔的な微笑みを浮かべながら真さんは続けた。
「キスして下さいって、お前に誘われてるみたいだ」
「ーっ!」
恥ずかしさに暴れ出す私を押さえながら真さんは不敵に笑う。「ばーか」と言いながら。
「無理やりなんかしねえよ」
「——いつか、お前から“したい”って言わせてやるからな」
Will you kiss me?——私にキスしてくれる?
【end】