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Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜 ( No.66 )
日時: 2015/08/10 16:33
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

【Secret】——平井泉

 目の前には先日返却されたテストの答案用紙。自己最低得点を数学で更新し、挙句の果てには泉君に順位を抜かされるという失態。巻き返しをしようと難関問題集を開くが、全く答えが分からない。
 もう考えることから逃避し始めてしまう。

「あああ……」

 そう微かに呻いたとき、背後から冷徹な声が響く。

「X=49。アンタ、式の立て方根本的に間違ってる」
「! い、泉君?」

 振り向くと無表情で背後から問題集を見下ろす泉君がいた。いつの間に入ってきたのか、いや、そもそもノックくらいしてほしい。

「入ってくるならノックして下さい!」
「したけど、アンタが気付かなかっただけ。リクがバケツプリン食べたいって五月蝿いんだけど」
「バ、バケツプリン?」

 リク君が食べたいのは分かるけれど、その単語が泉君の口から発されると何故か面白く聞こえてしまう。

「五月蝿いから早く作ってやってくれない?」
「でも私この問題解かないと、濁してる感じして嫌ですよ」
「答え出たじゃん。49」
「泉君は理解出来ても私は理解してないんですよ!」

 そう言うと、泉君は私の顔を真っ直ぐに見下ろした。顔に「馬鹿だ」と書かれているのが分かる。泉君は私の隣に腰をおろして私の手からシャーペンを奪った。

「教えてあげるから3分で理解して」

 そう言いながら図を書き始める泉君。
 学年1位の泉様の説明、じっくり聞いてやろうではないか!


「——わ、分かりやすい……!」
「アンタの場合問題文よく読んでないのが悪い。ちゃんとやれば数学プラス10は取れると思うけど」

 泉君は呆れ顔でパラパラと問題集をめくった。

「じゃあ早くバケツプリン——」
「作るのでもう3分下さい!」
「……は?」

 リク君には申し訳ないが、泉君が勉強を教えてくれるなんてなかなかないチャンスだ。ここは是非もっと教えてほしい!


「——泉君! 解きました、これで合ってますか?!」

 勢いよく隣を見ると、泉君は机に突っ伏して眠っていた。

「い、泉君? もしかしなくても寝てますね?」

 何とあの泉君が眠っている。確かに、何だかんだで1時間以上付き合ってもらってしまった。いきなりこれだけ頭を使わせたら疲れもするだろう。

 ——それにしても、

「綺麗な寝顔……」

 いつも無表情の泉君も眠るときは少しだけ幼い。
 長いまつ毛に黒い前髪が触れているか触れていないか、というところ。安心しきったようなその顔が嬉しい。
 泉君の漆黒の髪に手を伸ばす。無造作にしたその髪は思ったよりふわふわで心地よかった。

「——変態」
「なっ?!」

 目を開けずに静かに泉君が言った言葉に反射的に手を引き、背中に隠す。い、いつから起きていたのだろうか。

「綺麗な寝顔、とか言ってたあたりから」

 読まれた!!

「人が寝てるからって悪趣味だね、アンタ」
「ご、ごめんなさい! ちょっと気になってしまって……」
「気になった? 俺のことが?」
「はい……ん?」

 何かこのセリフ、ニュアンスが——と思い、思考回路を巡らせたところ、私は恥ずかしさで身体全身が熱くなるのを感じた。

「あ、ああああの! 気になったというのは泉君のことが好きとかそういうのではなく、いや、好きです、好きなんですけど、え?! 好き? ちがっ、違くてあの……!」

 混乱しすぎて上手く言葉が出てこない。そのとき、泉君がクスっと笑った。

「別にどうでもいいけど」

 どうでもいいなら「気になった」という単語に過剰反応するな馬鹿!

 そんなツッコミを心の中でしながら私はようやく落ち着いて大きく息を吸った。

「——でも、俺の寝顔はアンタだけの秘密ね」
「……私だけの秘密?」
「そう、嬉しい?」

 泉君が微笑みを浮かべながらからかうように言う。その綺麗さに思わず胸が大きく高鳴る。

「う、嬉しいです」
「! ……そう返してくるのか」
「え? 何て言いましたか?」

 私の質問には答えず、泉君は私の髪の毛に触れる。くるくると指先で毛先をいじってから、泉君は躊躇なしに顔を近づけて私の髪の毛にキスをした。

「っ、え?!」
「アンタが先に煽ったんだろ」

 泉君は楽しそうに意地悪げな笑みをしながらゆっくり言い放った。
 いつもより少し幼い、楽しげな声で。

「今日の“秘密”は他の女になんか教えてやらない。アンタだけのもの——」



 The secret that nobody knows.——誰も知らない秘密