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- Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜【8/10更新】 ( No.71 )
- 日時: 2015/08/23 14:42
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
【Chain】——桐野由紀
「由紀君、エクレア作ったので一緒に食べませんか?」
私はエクレアが積み重なった白いお皿とコーヒーカップ2つをお盆に乗せて片手で持ち、由紀君の部屋をノックした。3回や5回のノックでは開けてはくれない。粘りに粘って20回ほど叩くと、ようやく由紀君の声だけが聞こえるのだ。
「……遠慮します、カスタード苦手なので」
「バニラクリームとチョコクリームのもあるんですけど、どうですか?」
「……勝手に入って下さい」
私は心の中でガッツポーズをしながら、由紀君の部屋に入る。最近はこうして、少しずつ近寄ることが出来る。——まあ、近づきすぎると痛い目を見る時もあるのだが。
扉をゆっくりと開くと、カーテンは閉まっており、電気は蛍光灯だけの僅かな光のみ。もう夜の8時だというのに、相変わらずの暗さと静けさだ。
「好きなところに座って下さい」
私はそう言われて、テーブルを挟んで由紀君の向かいに座った。テーブルの上にお盆を置き、バニラとチョコのエクレアが乗ったお皿とカップを由紀君の前に置いた。
「どうも」
「はい! たくさん食べて下さいね」
「……あゆみさんは食べないんですか」
「いや、もう8時なのでさすがに……」
「ふーん」と言いながら由紀君はエクレアを持ち、口に近付けてから言った。
「女って面倒くさいですね」
「め、面倒って……」
由紀君は無表情でエクレアを口に含む。瞬間、由紀君の目が大きく開かれた。私は少しドキドキしながら目で感想を促す。
「……美味しい、です」
「本当?! 良かった!」
由紀君は小動物みたいに黙々とエクレアを頬張っている。その姿を見てるだけで私はもうお腹一杯だ。
「どうして、バニラやチョコ味を作ったんですか? 普通カスタードですよね」
「ああ、最初はカスタードで作ったんですけど、真さんから由紀君がカスタード食べれないって聞いたのでバニラとチョコも作ったんです」
「……真から?」
ぴたりと由紀君の動きが止まる。
冷酷な蒼い瞳が私を捕える。ぞっとするような刺さるくらいの冷たい視線。思わず声が出なくなり、ゆっくりと頷く。
「じゃあ、このエクレアって最初はあいつらのために作ったんですか」
「み、んなで食べようと思って……由紀君にはこうやって別で作ったけど」
由紀君はもう1つエクレアを手に取り、迷わずにこちらに投げた。私は避け切れず、服にべったりとクリームが付いた。
「な、なにして……?!」
「そんな他の男の影をちらつかせて僕の部屋に入ってきて……それって、僕に何されてもいいってこと?」
待て待て、わざわざカスタードじゃないエクレアを作り直したんだけど……という本音を言ったら即殺されるだろうから言わないけれど。
「ごめんなさい……」
「謝ったら許されるとでも? 君は、僕以外の奴を見たらいけないんですよ……!」
由紀君はいきなり私に覆い被さってきた。由紀君の綺麗な顔が切なげに歪む。そんな表情に気を取られて、抵抗する気だったのが出来なくなってしまう。由紀君の手が伸びてきて、頬の輪郭をなぞる様に触れる。瞬間、視界が真っ暗になった。
「何してっ……?!」
「目隠しです。ちょっとしたお仕置きですよ。君が僕以外の男を視界に入れるから……」
「一緒に暮らしてるんだから、それは不可抗力です!」
「まあ、理不尽だとは思いますけど、それも僕なので」
けろりとそう言ってのける由紀君が憎たらしいくらいだ。不可抗力だと分かっていながらこんなことするなんて、やっぱりおかしい。
「由紀君、これ外して下さい……何も見えなくて不安です」
「嫌ですよ」
仰向けになり、見えない天井を見ていた私は由紀君に身体を引かれ、上半身を起き上がらせる。いきなり、耳元で微かな吐息が聞こえた。
「ねえ、何も見えない真っ暗な世界で僕の声しか聞こえないなら、僕だけを想ってくれる?」
そんなセリフが耳元で聞こえて、くすぐったい。鼓膜の奥まで響くような切なくも、熱を帯びた囁きが。
「——嬉しかったです、僕のために作ってくれて。だから今日はこれくらいで許してあげます。でも、もう他人から僕のことを聞かないで下さい。僕は嫉妬で気が狂いそうですから……」
そう言いながら由紀君は私の目隠しをそっと外した。目の前に由紀君の顔があり、少しドキリとする。そんな私を見透かしてか、由紀君はふっと笑う。その満面の笑顔を見た瞬間、高揚感と恐怖が一気に身体を巡った。
「もしまたそんなことをしたら、」
「——呼吸が出来なくなるくらい、僕の手で首を絞めてあげますね」
Rule of the invisible chain.——見えない鎖に支配される