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- Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜【9/22更新】 ( No.88 )
- 日時: 2015/09/23 01:34
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
私たちがやってきたのは大型ショッピングモールだった。ここには神崎さんが経営する化粧品会社のイメージモデルが着用する服のブランドが数多くあるらしい。
「何か、女の子たちがキラキラしてますね」
「あゆみちゃんだって女の子だけどね」
「“SAMURAI”Tシャツが女の子かよ」
和希さんの優しい一言に真さんの余計な一言が重なる。真さんに言い返しても負かされるだけだろうから、私は不満げに下唇を噛んだ。
「……で、アンタはどういう服が好みなわけ」
泉君が面倒くさそうに肩を軽く回して言う。しかし、そう言われても今まで服に無頓着だったからその質問は難しい。周りに並ぶたくさんのショップのマネキンを見ても、何も答えられず私は黙ってしまう。
「じゃあこうしようぜ。あゆみが一番気に入る服を選んだ奴があゆみと二人で昼食食べれるってことで」
「え?」
真さんがぶっきらぼうに言う。その提案に和希さんは「いいね」と反応し、泉君は溜息を一つついたが、嫌だとは言わなかった。
でも、私もその方が嬉しい。自分の好みが分からないから選ぶことも出来ないだろうな、と不安だったのだ。
「じゃあ一時間後に花時計の前に。あ、もちろんあゆみちゃんも別行動だよ?」
「は、はい!」
そう言って三人はさっさと別行動を取り始めた。取り残された私。
「……クレープ食べに行こ」
独り言のように呟いて、私はとぼとぼクレープ屋に向かったのだった。
***
クレープを食べ終わり、うろうろと歩いていると、レディース物のショップで一人、服を持っては三六〇度回転させて凝視している男性がいるではないか。浮いているのは間違いないのだが、顔が整っているからか周りの女性から不審人物扱いされていない。
彼が服を戻して引き返そうとした瞬間、目が合った。彼が私に笑顔を見せて、手で「来て来て」という風なジェスチャーをした。私は何だろうと近づいた。
「あゆみちゃんにはワンピース似合うと思うんだよね」
「そうですか?」
和希さんは両手にワンピースを持って、私の身体に合わせるそぶりをした。真剣に私の服を選んでくれていることが何よりも嬉しかった。
「うーん、あゆみちゃんの好みが分かんないからなあ、難しい」
「服には無頓着でして……難しいですよね。ありがとうございます」
「楽しいからいいよ。脳内あゆみちゃんで一杯にする口実ができたし」
——な、何だって?
今の発言はどう受け取ればいいのだろうか。冗談、でいいんだよね? と心の中であたふたしているのを隠すかのように私は急いで言葉を繋げる。
「こ、これからは自分でも探そうと思います!」
「いいと思う。でもあんまり露出しないようにね、襲われたら危険だから」
「襲われるって……大丈夫ですよ」
私が笑いながらそう言うと、和希さんは急に真剣な顔つきになって私の目をしっかりと見据えてくる。その真っ直ぐな目に囚われたように、一瞬呼吸が出来なくなった。
「もう少し、自分が可愛いって自覚した方がいいよ」
「か、かわ?!」
「うん、真と二人で出掛けるって聞いて嫉妬してしまうくらいに可愛い」
「嫉妬」この言葉をこんなにも甘美だと感じた瞬間は今までになかった。私は顔が赤くなるのを感じながら少し俯いた。
「あ、ありがとうございます。そんなこと言ってくれるの和希さんくらいですよ」
「“僕くらい”ね……どうだろうねえ」
和希さんは楽しそうに微笑んでから「じゃあまた後でね」と言って行ってしまった。こんなにも甘い余韻を残してそんな風に去っていくなんて、ずるい人だ。
***
また一人になりながら歩いていると、今度はベンチに座って本を読む泉君を見つけた。やっぱり泉君には退屈を感じさせてしまっただろうかと思いながら私はそっと近づいた。
「泉君」
「——ああ、アンタか」
「……やっぱり退屈でしたか?」
「別に、もう買ったから暇になっただけ」
よくよく見ると、泉君の隣にはショップの袋が控えめに置かれてあった。泉君が私のことを考えてくれたのか、と思うとそれだけで胸が一杯になった。
「ありがとうございます! 見るの楽しみにしてますね!」
「……勝手にすれば。俺は服なんてどうでもいいけどね」
「やっぱり、レディース物なんて見てもつまらなかったですか?」
不安げにそう聞くと、泉君は読んでいた文庫本を閉じて、横目でこちらを見た。
「別に。アンタの可愛い姿は俺だけが知ってればいいだろ」
「ーっ?!」
「——アンタって本当に顔に出るよね」
顔に出るというか、その言葉に赤くならない人なんているのだろうか。泉君は困惑する私を見てふっと微笑んだ。
「アンタが望むならいくらでも言ってあげるけど? “可愛い”って」
「や、止めてください! 心臓持たないですから……」
真っ赤になっているであろう頬を両手で覆い隠すようにしながら私は泉君から目を逸らす。その時、泉君が息をのむ音が微かに聞こえたような気がした。
「そういう態度がイラつくほど、可愛くて困る——」
「何か言いましたか?」
「何でもない」
泉君はそう言って立ち上がり、何も言わずに立ち去ってしまった。最近冷たさの中に優しさが垣間見えて、嬉しいだけれど本当に心臓が壊れそうになってしまう——。
***
「——おいあゆみ!」
後ろから名前を呼ばれたと思い、振り向こうとするが、その前に腕を引かれて自然に振り向かされてしまった。
「真さん、どうしたんで——」
「ちょっと来いよ」
言われるがままに真さんについていくと、ラブリーでふわふわなショップの中に躊躇いもなく入らされた(免疫がなさ過ぎて鳥肌が立ちそうになってしまった)。
「試着しろ」
「はい?」
「いいから早く着ろ」
そう言われ、試着室に押し込まれる。何て強引なのだと思いながら私は言われるがまま服を着替え始めた。
「——って、これ」
スカートが短すぎる!
少しかがんだら下着が見えてしまうのではないかというレベルだ。こんな恰好で外に出られるわけがない。
「着替えたか?」
そう声が聞こえたかと思うと、カーテンに手がかけられる。私は急いでそれを制した。
「だ、駄目です! スカートが短すぎて!」
「はあ? 何言ってんだお前は」
「何でこんな短いのをわざわざ選ぶんですか!」
和希さんはあまり露出するなって言ってくれたのに、と思いつつ私はカーテンを押える力を強めた。
「そんなの決まってるだろ。お前を俺の手で俺好みに仕上げるからだよ」
「ーっ?!」
「隙ありっ」
「うわっ」
真さんの言葉に動揺してしまい、カーテンを無理やり開かれてしまう。私はそれならば、というように無力にスカートの裾を伸ばすように手で掴んだ。
「似合ってんじゃん。隠すなよ」
「そんなこと言ったって!」
恥ずかしいのだ。分かってくれ。
「今日試着したの、初めてか?」
「は、はい」
「そうか。あいつらの選んだ服は着てないんだな」
言っている意味がよく分からず首を傾げると、真さんはちょっと頬を赤らめて言った。
「……他の男が選んだ服をお前が着るなんて、俺はごめんだからな」
「……隙あり!」
「あ!」
私は真さんの力の緩みを逃さずに、勢いよくカーテンを閉めて押えた。
——こんな火照ったな顔、恥ずかしくて見せられない。
今日は皆どうしちゃったんだろう。私もどうかしてる。