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シルファ・ライドネル いつもの朝① ( No.8 )
日時: 2016/02/08 21:30
名前: 詩織 (ID: m.v883sb)

ピピ チチチ



遠くから、小鳥の声がする。

顔に当たる光がやたら眩しくて、眠りの中にいたシルファ・ライドネルは顔をしかめる。


「・・ん、・・ん〜」
小さく息を吐き、もぞもぞと手を動かす。
銀色の髪には寝ぐせ。
髪と同じ色の瞳を薄く開く。
ゆっくりと顔を上げると、ふるふると頭を振り、何度か瞬きをして目をこすった。
ぼーっとしながら辺りを見回し、


そして、光の正体に気づいたとたん、物凄い勢いで飛び起きた。


「やばっ!!もう朝?!なんで?!」

大きな窓から差し込む朝日は予定よりだいぶ高い位置にあり、外の庭では小鳥たちが元気にさえずり回っている。
爽やかな朝とは裏腹に、泣きそうな顔で彼は部屋着を脱ぎ捨てた。


まずい。


冷や汗を浮かべながら急いで身支度をする。
ゆうべ遅くまで机に向かっていて、どうやらそのまま眠っていたらしい。
変な姿勢で寝たから、体中が痛かった。

立ち上がった拍子に積みあがった本がバサバサと雪崩を起こしたから、床は足の踏み場もない。


けれどそんな事にかまう暇もなく、なんとか身支度を整えたシルファは部屋を飛び出していった。
窓の外では相変わらず、小鳥たちが鳴いている気持ちのいい朝。




ライドネル家の敷地は広い。
息を切らせて彼が向かったのは、母屋の屋敷から中庭を隔てた敷地の奥にある建物だ。
転がるように走っていくと、背の高い木々に囲まれた、高い屋根の建物が見えてきた。

通称・瞑想の間。
毎朝この時間は、この家で学ぶ者たち全員がここで瞑想する決まりとなっている。


(もう皆、中だよなぁ・・。)
ぴったりと閉められた大きな両開きの扉を見上げて、シルファはため息をついた。

意を決し、そうっと扉を押してみる。
古めかしい扉は、少し力を入れただけでギギィと音を立てるから、シルファは細心の注意を払って隙間から中を覗いてみた。


この建物全体がひとつの広い部屋になっていて、部屋の一番奥には高く大きな窓と、儀式用の祭壇がある。
その広間では、おのおの自分の場所に座り込み、目を閉じて瞑想する仲間の姿が見えた。

それぞれが瞑想に集中しているらしく、私語どころか動く気配すら全く感じられない。


(よし、今なら行けるか・・。)


慎重に、慎重に。

極力音を立てないように、扉を押していく。

(あと・・少し・・)

隙間にそうーっと身を滑らそうとした、その時。
突然後ろから声をかけられ、シルファは飛び上がった。

「シルファ、何をしている。」
「ひゃっ!!」

首をすくめて、そろそろと振り返る。
顔を見なくても、声の主は分かっていた。

「・・ち、父上・・。おはようございます。」
立っていたのはシルファの父であり、ライドネル家当主ユサファ・ライドネルである。

この街でライドネル家と言えば、言わずと知れた魔法使いの名門。
何代にも渡り受け継がれてきた由緒ある魔法を使う家系だ。


この世界に存在する魔法。それは、大いなる自然の力。
この世界に満ちている、目に見えないエネルギーの流れ。
すべての命の奥に眠る、人智を超えた偉大な力。

それらの力と自分を一体化させることで、そのエネルギーを形、現象として表すことができる、それがこの世界での魔法使い。


いにしえから、人々は自然とこの世界の大いなる力を敬い、そしてそれは信仰となったり、または生活を支える技術・・魔法として進化していった。
それらの膨大な知識や技術は師から弟子へと受け継がれ、それぞれの流派で理論が構築されていく。


エネルギーを現象化する才能、修練、そしてそれを支える環境があって初めて完成される魔法使いという職業の人間は、その特殊性ゆえにどこにでもいるわけではない。


シルファはここライドネル家の末の息子として、兄や従兄弟、他の弟子たちと共に魔法の修行中の身だ。
いずれは国の有力貴族に仕えるなど、将来を嘱望される名門ライドネル家の息子たち。
・・の、一人のはず・・なのだが・・。


シルファの格好を見たユサファは、はぁ、とため息をついた。

シルファと同じ銀の髪と銀の瞳。
背は息子の方が少し高かったが、体格は細身のシルファに比べると、だいぶたくましかった。

「お前・・またか。」
「も、申し訳ありません父上!昨日は先日の修練で解けなかった魔方陣の構築法を基本から調べなおしていたらいつの間にか朝に・・。」
「言い訳はいい。」
ぴしゃりと言われ、思わずしゅんとなる。


そんなシルファを見たユサファは再度ため息。
「今入っては他の者たちの修練の邪魔になる。自室で待機し、瞑想の時間の後、私の部屋へ来なさい。いいな。」
「・・はい。」
厳しい口調の父に、うなだれたまま返事をし、自室に戻ろうとするシルファ。
数歩進んだところで再び名前を呼ばれて振り返る。

「なんでしょう、父上。」
「お前、私の部屋に来るときは、きちんと服装を整えてくるように。」
「?」

言われて自分を見る。きちんと着替えたはずだけどなぁ・・
「あ!」
よく見ると、羽織ったローブのボタンが首もとからひとつずつずれている。
左右がずれて留められたローブはかなりちぐはぐだ。

「す、すみませんっ。直してきます!」
恥ずかしさで顔が赤くなる。
シルファは父の顔を見ないようにしながら頭を下げると、自室へと向かって走り出していた。

後ろで父がまたため息をついた気がして、いたたまれない気持ちになった。

なんで僕っていっつもこうなんだろ。

心の中でつぶやきながら、来た時と同じく転がるように中庭を駆けていった。