コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第4章 出会いは冬の空の下① ( No.16 )
- 日時: 2015/05/04 14:27
- 名前: 詩織 (ID: .Gl5yjBY)
第4章 出会いは冬の空の下
王都図書館の受付で念願だった本を受け取り、シルファは上機嫌だった。
(ああ、嬉しいなぁ。ふふふ。)
思わず顔はにやけるし、足取りは軽くスキップ気味。
ついでにもう少し気になる本も見ていこうと、二階の閲覧室へ向かう。
静けさが漂う図書館内で、若干浮き気味の自分に気づいたのは、踊り場の窓に映った姿が目に飛びこんできたからだ。
浮かれた自分の姿に急に恥ずかしくなって、コホンとひとつ咳払いをするとそそくさと階段を上った。
この王都図書館はその名の通り、広さも蔵書数もこの国一番を誇る国立の図書館だ。他では手に入らない貴重な文献や他国の資料も多く、ここに来るために地方から旅してくる研究者もいるほどで、本の大好きなシルファにとっては昔からお気に入りの場所である。
他国の歴史学や文化史の棚の中から、魔法史学の本を探す。
ずっとライドネル家で魔法理論を学んできたシルファだが、最近は他国の魔法文化や歴史にも興味があった。
いつか、広い世界の魔法をもっと研究してみたいと、密かに思っていたりする。
父や兄にはもちろん内緒だけれど。
(ん?)
本探しに夢中になっていたシルファだが、ふと窓際をみる。
広い図書館内では、閲覧用の机と椅子がそこここに配置されており、メインの閲覧室の他にも、壁際には外に向かって机と椅子が置かれていた。
ちょうど通りかかった窓際の席に、1人の少女が座っている。
静かな館内。明るい午前の日が差し込む窓辺。
机の上には、開かれた大きな本。
(あ、あの子寝てる。)
開かれた本の上に覆いかぶさるように、少女は居眠りをしていた。
規則正しい呼吸にあわせて、背中が上下している。
サラサラとした赤い髪が、本の上に広がっていた。
(・・綺麗な赤毛だなぁ。)
なんとなく、少しだけ近づいてみた。
・・良く寝ている。
うつらうつら、というよりは、いっそ気持ちが良いほどすやすやと眠っている。
『図書館行ってまで寝るんじゃないぞ。』
兄たちの笑い声を思い出す。
小さく苦笑すると、シルファは少女から離れ、自分の目的地へと戻っていった。
・・・・・
「ふう。」
2時間後、一通り閲覧を終え充分満足したシルファは、追加で借りていく本を2,3冊選び、ほくほくと階段へと向かった。
(あれ?)
先ほどの窓際の机の近くを横切る。
(あの子・・まだ寝てるよ。)
先ほどと全く変わらぬ姿勢のまま、赤毛の少女はすやすやと眠っていた。
(どんだけ眠いんだろう、夕べ夜更かしでもしたのかな?)
こんなとこで寝たら風邪を引かないか気になったが、見知らぬ自分が声をかけるのもなんとなく躊躇われたので、そのまま通り過ぎた。
図書館をでると、明るい日差しとは反対に、冷たい冬の風が吹き付ける。
今日は天気はいいが、少し風の強い日だ。
道には木の葉が舞っている。
マフラーをぐるぐると首に巻き、本を詰め込んだカバンを肩にかけると、シルファは歩き出した。
ああー、早く読みたくてたまらない。
再びウキウキとした足取りで家に向かおうとして、ふと思い出したように方向転換する。
(そうだ。姉上に頼まれたおつかいがあった。)
いけないいけない。本が嬉しすぎて忘れるところだった、と反省する。
早く用事を済ませて帰ろうっと。
笑顔のまま、シルファは歩調を速めた。
・・・その寄り道が自分にどんな出会いをもたらすのかを、彼はまだ、何も知らなかった。
- 第4章 出会いは冬の空の下② ( No.17 )
- 日時: 2015/05/26 23:35
- 名前: 詩織 (ID: KfCyy7lh)
「じゃあシルファ、お願いね。」
「はい、姉上。」
笑顔の姉のお願いに、シルファも笑ってうなずく。
今朝、出掛けに姉の部屋に寄ると、彼女が頼んできたのは、図書館近くにある姉行きつけの店へのおつかいだった。
「姉上もホント好きですねぇ、あの店のお菓子。」
シルファの笑い混じりの言葉に、頬を赤く染めた姉・イルナリアは照れたようにむくれて言った。
「だって、あそこのが一番おいしいんだもの。シルファだって好きなくせに。そんなこと言うと分けてあげないわよ。」
「ええー。っていうか、取りに行くの僕なんですよね?」
シルファの言葉に、イルナリアは自分のセリフがおかしかったと気づいて笑い出した。
「あはは。そうか、そうよね。うそうそ。ちゃんとシルファにもあげるから。」
ころころと鈴を転がすような可愛らしい声で笑う。
姉・イルナリアはシルファの2つ年上。
シルファが今年17だから、姉は19になる。
その間に18の兄と、更に22と24になる上の兄たち。
先ほどシルファを散々からかっていた3人だ。
彼らは5人兄弟だった。
シルファや兄たちは父・ユサファ似で明るい銀色の髪と瞳だったが、姉の髪と瞳は黒髪の美しかった母に似たのか、黒味がかった濃い鉄色だ。
彼らの母親は、彼らが幼い頃に亡くなっていた為、イルナリアは家族内で唯一の女性である。
年は近かったが、面倒見の良い彼女はよく弟の世話をしていたし、特に母を亡くしてからは、いつも彼のことを気にかけていた。
そんな姉を、シルファも随分と慕っている。
「頼みたいのはね、いつもの焼き菓子とキャンディーの詰め合わせね。それから、注文してある商品が届いたか、確認してきて欲しいの。」
長い髪を揺らし、イルナリアは弟を見上げた。
図書館近くにあるその店は、可愛らしい店構えと手作り菓子で、特に女性に人気がある。
イルナリアも大のお気に入りだ。
バターたっぷりの焼き菓子と可愛いキャンディーの『いつもの詰め合わせ』は最近のおやつの定番である。
「いつものやつ以外に、何か頼んでるんですか?」
シルファは聞いた。
そうなの、とイルナリアは嬉しそうにいったあと、でもね、と表情が曇る。
「なんでもね、その店の店長が地方で見つけた砂糖菓子を、たまーに取り寄せるんですって。ものすご〜く美味しいらしいから、一度食べてみたくて頼んであったのだけど、全然連絡がこないのよ。遠方からの取り寄せでしょ、なかなか入荷しないのは分かってるんだけど、待ち遠しくって。」
片手を頬に添えて悩ましげに言う。
・・女の人ってすごいなぁ、お菓子ひとつにこんなに夢中になれるなんて。
姉の話を聞きながら、妙なところに感心してしまう。
そんなシルファに、ちゃんと聞いてるの?とイルナリア。
シルファは慌てて頷いた。
「分かりました。いつものと一緒に、その取り寄せとやらの状況も確認してくればいいんですね?」
そう言うと、イルナリアは嬉しそうに笑っていった。
「そうよ。よろしくね、シルファ。」
「はい。じゃあ、行ってきます。」
笑って手を振ると、玄関に向かって歩き出した。
「あ、シルファ!」
「ん?まだ何かありました?」
呼び止める姉の声に振り返る。
イルナリアは美しい顔でにっこりと笑って言った。
「図書館では寝ちゃだめよ。」
兄上ぇぇ、姉上にまで・・。
がっくりうなだれて呟く弟を見て、
楽しそうに笑うイルナリアの声が廊下に響いた。
- 第4章 出会いは冬の空の下③ ( No.18 )
- 日時: 2015/05/30 23:08
- 名前: 詩織 (ID: yvsRJWpS)
「あ!ライドネル様ですね!ちょうど良かった。ご連絡しようと思っていたところだったんですよ。」
姉の代理だと名乗るシルファに、まだ若い店主の男は忙しそうにしながらも愛想よく笑った。
この界隈で人気の店。
淡いピンクと白を基調にした内装に、同じくパステルカラーのインテリア。
メインのショーケースには、色とりどりのケーキや焼き菓子が並び、クリームやフルーツのデコレーションでまるで宝石みたいで、とても美味しそうだった。
サイドのテーブルにはキャンディーコーナー。
ピンクと白の渦巻き型に棒のささったものや、透明で、中に閉じ込められたカラフルなゼリーが楽しめるもの。
おしゃれなビンに詰められたマシュマロなんかが並べられている。
壁には、お菓子と同じくらい可愛らしい雑貨が飾られていた。
確かに可愛いもの好きの女性が喜びそうな「ロマンチック」な店内なのかもなぁ、と店内を見回してシルファは思った。
もっとも彼には「ロマンチック」なんてよく分からなかったから、全部姉からの受け売りなのだけど。
「今すぐ準備致しますので!お待たせして申し訳ありません。どうぞ、お掛けになってて下さい。」
混み合った店内でばたばたと動き回っていた店主が、すまなさそうにシルファを奥の喫茶室のテーブルへと案内した。
待っている間、特製のケーキと紅茶が運ばれてくる。
シルファは慌てて、受け取りを頼まれただけだから、と断った。
けれど、大得意先の彼にそれは出来ないと考えたのだろう、店主は半ば強制的にシルファを一番良い席に座らせてしまった。
すぐにでも帰りたかったシルファは一瞬ため息をつきかけたが、まぁいいや、ここで読んじゃえ、と思い直し本を広げることにした。
だって待ちきれないし。
出てきた紅茶はとても上品な香りだったし、ケーキも季節のフルーツがふんだんで一番人気のものだった。
食器類も、パステルカラーのお洒落なもので、ファンの女の子たちにはたまらない可愛らしさだ。
けれど全く興味のないシルファはとりあえずそれらを全部スルーして。夢中で本を読み始めた。
ケーキはしっかり頂いた。
もちろん目は本に釘付けだったから、色も形も全然覚えてないけれど。
・・・・・・
「・・すごいや。」
あっという間に半分まで読み進めたシルファは思わず呟いた。
思っていたよりずっと濃い内容で、とにかく面白かったのだ。
わくわくしながら更に読み進めようとする。
が、はっと我に返り今いる場所を思い出した。
頼まれていた商品はすでに受け取っていたのだが、どうしても途中でやめられず、ここまで読み進めてしまった。
もう昼食の時間も少し過ぎ、おやつには少し早いような時間。
周りを見渡すと、喫茶室は客で埋め尽くされ、店の外には並ぶ列までできている。
しかもそのほとんどが女性客の集団で、男1人で居座る自分はかなり浮いているように思えて、シルファは焦った。
中には遠巻きにだが、ちらちらと興味深そうな視線をそそぐ女子たちもいたりして。
(わあ、しまった!)
慌てて荷物をまとめると、店主への挨拶もそこそこに店をでる。
やっぱこんな店僕には向いてないですよぉ、姉上。
心の中で姉に叫びながら、今度こそ家路を急ぐ。
(思いのほか時間くっちゃったなぁ。本読めたからまぁいいんだけど・・あ、そうだ。)
行きかけた道を一本戻ると、ひとつ手前の曲がり角を曲がる。
大通りとはうって変わって、急に道が細くなる。
路地の裏通りだった。
子供の頃から図書館通いが趣味のシルファは、このあたりの裏道に詳しい。
近道や抜け道もよく知っている。
名門の子息らしからぬ知識だったが、馬車で気取った店に行くよりも、こうした裏道を1人静かに散策するほうが、シルファは好きだった。
もともと人通りの少ない路地裏である。
この冬の寒さの中、外にでている者は誰もいなかった。
静かな昼下がり、シルファの足音だけが響く。
(えっと、この先を抜けたら右に曲がって・・)
日陰になっている家と家の隙間を抜け、次の角を目指し目線を上げたシルファ。
目の前で交差する通りは、午後の日差しに照らされて明るい。
眩しくて目を細めた、その時。
バタバタバタっという足音。
シルファの目の前の通りを、誰かが駆け抜ける。
「・・え?」
それは一瞬の出来事だった。
けれど、シルファははっきりと見た。
瞬間的なワンシーンが、なぜかスローモーションのように彼の目に写る。
赤い髪を翻し、風のように走り抜けたのは。
「あの子・・?」
小柄な体で彼の目の前を走り抜けたのは、確かにあの少女だと、シルファは思った。
図書館で気持ちよさそうに寝ていた、あの赤毛の少女。
そして。
「待てっ!」
一瞬の間の後、声を荒げて目の前を駆けていったのは、数人の男たち。
バタバタと激しい足音をたて、少女に向かって走っていく。
・・明らかに、彼女を追っている。
その荒々しい声を聞いた瞬間、気づくとシルファは走り出していた。
自分でもよく分かっていなかった。
けれどなぜか、あの少女が気になって、反射的に彼らの後を追って駆けていった。
- 第4章 出会いは冬の空の下④ ( No.19 )
- 日時: 2015/05/06 16:35
- 名前: 詩織 (ID: .Gl5yjBY)
人気のない路地裏。
建物と建物の間をくぐり抜け、軽やかな身のこなしでラヴィンは走る。
数メートル後ろからは、男たちの怒声と乱暴な足音が聞こえた。
「んもう、めんどくさいなあぁっ。」
言いながら軽くスピードを上げる。
曲がり角を見つけると、素早く左へ曲がる。
次を右、左。
石造りの階段を駆け上がると、民家の裏口に積んである荷物を飛び越え、また右へ。
追ってくる男たちを翻弄しながらあちらこちらと逃げ回っていた彼女だったが、あと一歩のところで遂に袋小路へとぶつかってしまった。
「ありゃー。」
息を切らせながら、目の前の高い塀を見上げる。
振り返ると、同じように息を切らせた男たちがラヴィンを取り囲んでいた。
・・・ひとつ後ろの建物の隙間から、シルファは小さく顔を出すと様子を伺った。
なんでついてきたのか、自分でもよく分からない。
でもあの少女が気になって、とっさについてきてしまった。
(・・あ、あの子・・、早っ・・)
とりあえず息を整えながら少女を見る。
彼女は驚くほど身軽だった。
修行で鍛えている自分でも、これだけ息が切れるのだ。
あいつらはと目を向けると、苦しそうに息をする体格のいい男が全部で5人。
ひざに手をつき必死で息をする男たち。
そのうち1人なんて、地べたに座りこみ、天を仰いでいる。
比べて少女はというと・・。
「はぁ、やっぱりよく知らない道はダメだなぁ。抜けられるかと思ったんだけど。」
のんきに言いながらあたりを見回している。
疲れている様子はない。
見た目に反した体力に、シルファは驚きを隠せなかった。
「・・・こ、このっ、どんだけ走りゃ気が済むんだっ。」
「て、手間・・かけさせやがってっ・・。」
ゼイゼイと荒い呼吸をしながら男たち言う。
セリフだけは威勢がいいが、何のことはない、すでにヘロヘロだ。
「・・はぁ。疲れた・・。」
座り込んだ男がつぶやく。
ラヴィンは呆れた顔で言った。
「だったらついてこなきゃいいじゃん。」
もっともだ。
シルファは1人でうんうんと頷いた。
「だからぁ、言ったじゃん!人違いだって。私は『ウォルズ商会』とは関係な・い・の!」
ハッキリキッパリ言い切ると、腕を組んで男たちを睨む。
男の1人が言った。
「嘘つくな。お前があの店でやつらと親しそうにしてるのなんざ、皆知ってんだよ。」
そうだそうだと地べたの男が合いの手を入れた。立ち上がるのは諦めたらしく、しゃがみ込んだまま仲間の応援に回る。
「赤毛の女。あの男が・・・ジェイド・ドールの野郎が、お前をやたら大事にしてやがんのだって、こっちは全部知ってんだからなぁ!」
そうだそうだーと再び地べた男。
ああ、あのひと合いの手要員なのかとシルファは理解する。一番体力なさそうだもんなあ。
それにしても。
ウォルズ商会?どっかで聞いたような・・?
シルファは記憶を探る。
そうしている間にも、男たちと少女のぎゃあぎゃあと遣り合う声は続いていた。
「お前さぁ。」
手前の男がニヤっと口の端を上げる。
「そんなにあいつとの関係否定するなんておかしいだろ。あの男の隠し子か?それとも愛人・・」
男が言い終わるまで待てずに、ラヴィンはぶはっと吹き出していた。
「あ、あはは、あははははっ!」
苦しそうにお腹を抱えて爆笑している。
「隠し子っ。あ、愛人だって!あははははっ。帰ったら・・っ、教えてあげなきゃ・・」
笑いすぎて目には涙まで浮かんでいる。
1人盛大に笑う少女と、きょとんとする男たち。奇妙な図だった。
「・・ん?」
そこでシルファは気づく。
あれ。さっきなんて言った?帰ったら、教えてあげなきゃ・・?それってさぁ。
シルファが見守る中、涙を拭ったラヴィンは男たちに向かって言った。
「あのねぁ、調べるならもっとちゃんとやりなさいよ。隠し子どころか叔父さんには子供なんていませんー。結婚もしてないのに、愛人って・・。叔父さんのことなんて何にも知らないくせに、よく言うわ。」
まだくすくすと笑っている。
(あーあ。言っちゃった。)
シルファはぽりぽりと頭を掻いた。
それってさ、そういうことだよね。
男たちの反応を見ながら、シルファはその場を見守った。