コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第6章 動き出す歯車① 〜ジェンとマリーの研究室〜 ( No.33 )
日時: 2015/06/08 23:14
名前: 詩織 (ID: TtFtbd5q)

第6章 動きだす歯車 〜ジェンとマリーの研究室〜

わぁ、と声をあげ、シルファはその部屋をぐるりと見回した。
それほど広くはない室内に、乾燥させた植物や標本が溢れ、たくさんの専門書が積まれている。
南側の窓辺には、見たこともない花や草木の鉢がいくつも置かれ、部屋の中には花なのか薬草なのか分からない不思議な匂いが漂っていた。

奥を見ると、小さなテーブルにガラスのビンがたくさん並び、中にはなにやら怪しげな液体。
「?」
魔法使いの性なのか、つい興味を引かれ手を伸ばすシルファに、この部屋の主が声を掛けた。


「おっと、ストップだシルファ。それは今実験中の香料だから。そーっとしといてくれるか?」
「あ、ごめんよ、ジェン。」
シルファの肩に手を置いて止めたのはこの部屋の主、黒髪の青年・ジェンだった。
「いや、いいけど。もうすぐ完成だから、そしたら見せてやるよ。」
穏やかな笑顔で言った。


ここは離れにある、ジェンの研究室兼ジェンとマリーの住居。
今はラヴィンの生活場所にもなっている。

・・あの日以来、シルファは暇があればここ、ウォルズ商会に顔を出し、ラヴィンとあれこれ話をしたり、ジェイドの冒険談を聞いたり、アレンやラパスの仕事を見学したりしていた。
そんな彼を、店の皆も快く迎え入れてくれて、シルファは厳しい修行の合間、ここで楽しい時間を過ごすようになっていた。

「やっぱり魔法使いってのは、好奇心が旺盛なのか?よく分からないものとか、怪しげな薬とか・・」
「えー、そんな変なイメージやめてよ。怪しげな薬は・・まぁ、なんだろうって分析してみたくなるけどさ。」

「そうなんだぁ。シルファも研究者っぽいとこあるもんね。没頭し始めると他の事忘れちゃうし。」
横からくすくす笑うのはラヴィン。
「そんなぁ。好奇心って言ったらラヴィンだってそうだよ。すぐ危なっかしいことするって、ジェイドさん言ってたよ?」
シルファが言い返す。
「もー叔父さんってば。自分だって人のこと言えないくせに。あ、そうだ!」
思い出したように机の上に置いた袋を開けた。

「これ、叔父さんから差し入れ。こないだ出張した時のお土産だって。」
甘そうな菓子を取り出し皿に並べるラヴィンを見て、お茶にしようとジェンが言った。

「ラヴィン、マリー呼んできてくれるか?」
お湯を沸かしながらジェンが振り向く。
いいよーと返事をしながら、店の手伝いをしているマリーの呼びにラヴィンは外へでていった。


「・・・僕がいると、マリーは来にくいかな。」
ぼそっと言ったシルファに、ジェンは優しく言った。
「そんなことないさ。あいつはちょっと・・いろいろあって・・。人見知りなだけだから。そのうち慣れるって。」
「ん。」
椅子に腰を下ろしながら、シルファは思い出していた。
ジェンとマリーと、初めて会った日のことを。

第6章 動きだす歯車② ( No.34 )
日時: 2015/06/02 19:59
名前: 詩織 (ID: yvsRJWpS)

「『ジェン』でいい。」
さん付けで呼んだシルファに、ジェンは笑った。

「俺は自分の研究も兼ねてここに厄介になってるだけだし。普通に話してもらったほうが気楽でいいよ。」
気さくに言われて、シルファは嬉しそうに頷いた。
そのジェンの後ろから、小さく揺れる水色の髪がのぞく。

「あ、えーと、シルファです。よろしく、マリー?」
ジェンの妹だと紹介された少女・マリー。
彼女の視線の高さに合わせしゃがんだシルファが声をかけると、
「・・よろしく。」
と、か細い声で返事が返る。
けれど姿は相変わらずジェンの後ろに隠れたまま。

どうしようかとジェンを見上げると、
「悪い、こいつはちょっと人見知りなんだ。また今度ゆっくりな。」
とマリーの頭に優しく手を置いて言った。

そういて2人が部屋をでて行くのを見ていたシルファだが、何気なく隣のラヴィンに尋ねた。

「ねぇラヴィン、あの2人って・・・。本当の兄妹?」
言ってから、しまった!と気づいて慌てて謝る。
(今、僕めちゃくちゃ失礼なこといったよな。)
無意識に発した言葉に後悔する。

しきりに謝りながらシルファが顔を上げると、なぜか複雑な顔をしたラヴィンと目が合った。

「・・なんでそう思ったの?」
ラヴィンが聞いた。

シルファは少し困惑しながら説明する。
「ええとね、マリーからは魔法の匂いがしたから・・かな。ジェンからは全く魔法の気配はしなかったのに。」
「魔法の匂い・・?」
不思議そうに自分を見るラヴィンに、シルファはうん、と頷いた。
「僕ら魔法使いは、普段から感覚的に魔法の力が感じ取れるんだ。それは目に見えるものじゃないんだけど・・、例えば花の匂いとか、温度とかさ・・感覚的なものなんだけど。わかるかな。」
「・・うん。なんとなく。」
頷くラヴィンを見て、話を続けた。

「さっき2人を見たとき感じたんだよね。ジェンからは全然魔法の匂いっていうか、気配がしなくて。でも、マリーからは魔法の気配がすごくしてくるんだ。しかもとても濃厚に。けど・・。」

思案顔のシルファを、ラヴィンが覗き込んだ。

「なんだろう?よく分からないんだけど、僕が今まで見てきた魔力とは、なんか違う気がする・・・。今まで感じたことのない感覚な気がするんだよなぁ。強力なのに、種類が全く違うっていうか・・。つまり、魔法の感覚からいくと、ジェンとマリーが余りにも違うから・・って、あ、ごめん。分かんないよね、こんな話。」

黙り込んでいるラヴィンに気づいてシルファは慌てて話を戻した。
「だから、ついそう思っちゃって。ごめん、変なこと聞いて。」

すまなさそうに言う彼に、ラヴィンはううん、と首を振った。
「シルファは魔法使いなんだもんね。うん、確かに・・・本当の兄妹じゃないんだ。」
打ち明けるように、小さな声で彼女は言った。
「でも、ちょっと事情があって、そういうことにしてる。ごめんシルファ。マリーことは、ここで会ってもそっとしといてあげてくれるかな。」
ラヴィンの言葉に、シルファは強く頷いた。

だって、ここはマリーの居場所なのだから。
遊びに来ているだけの自分が、彼女に嫌な思いをさせるなんてとんでもない。
(ジェンとマリーのことは聞かずにおこう。)
そう思った。
(でも、可愛かったな。)
こちらも末っ子のシルファは、ちょっぴりそう思ってしまった。
いつか仲良くなれたら嬉しいな。


「・・ルファ、・・シルファってば!」
ラヴィンの呼び声でハッと我に返ると、マリーを連れて部屋に入ってきた彼女と目があった。
「どうしたの?ぼーっとして。」
「あ、いや、なんでもないよ。」
ラヴィンに言った後、後ろのマリーに向けて微笑んだ。

「こんにちは。マリー。おじゃましてます。」
「・・こんにちは。」
シルファの笑顔にちらりと視線を向け小さく言うと、すぐに目を逸らしてしまうマリー。
そんな彼女に、シルファは立ち上がって席を譲った。
「こっちおいでよ。ここ、南側だから暖かいよ。僕はそっちの机のとこ、座りたいからさ。」
マリーが落ち着いてお茶が飲めるようにと、テーブルの席を三人に勧めて、自分は反対側のジェンの資料が積まれた机へと移動する。


椅子を引くと反動で崩れそうになる本の山に、シルファは苦笑する。
(なんか僕の部屋と似てるな。)
なんとなく親近感。

「ん?」
雑多な研究資料の山の間に、開かれたノートが目に入る。
そこにはなにやら絵や文字がびっしりと書き込まれていた。

「ジェン、これは?」
「ああ、それは今回の仕事で行った村のスケッチ。今回は植物の商品利用の調査依頼で行ったからな。向こうで調べた文献の資料と、採取した植物のスケッチだ。」
お湯を沸かしてお茶を淹れていたジェンが顔を上げた。
「見てもいい?」
「ああ、構わないよ。」

許可を貰ったシルファは嬉しそうにページをめくる。
綺麗な文字で、植物や村の土地の様子が書き込まれ、スケッチには丁寧に色まで塗られていた。
「上手だなぁ!器用なんだなージェンは。」
感心して声を上げるシルファに
「ま、一応研究者だからな。」
とまんざらでもない様子のジェンが言った。

「今回はどこ行ったんだっけ?」
お土産の菓子をつまみながら、ラヴィンが聞いた。
「ルル湖の南側。前に社長も商談に行ってた町あるだろ?鉱山のある。あそこの隣の村だよ。」
「ああ!ファリスロイヤの逆側ね!」
楽しそうにラヴィンが言った。

2人がそんな会話をしている間にも、シルファはページを繰っていく。
丁寧に書き込まれた調査結果は、シルファには物凄く興味深いものだった。

ジェンがお茶を淹れ終わっても、夢中でページをめくっていたシルファだったが、その絵のページを開いた時、手が止まった。

「えー?それはないって。ラヴィンがおかしいんじゃないのかぁ?」
「うそだぁ。ジェンがおかしいんだよ、ねぇシルファ。・・シルファ?どうかしたの?」
くだらない言い合いをしながら笑っていた3人だったが、返事をしないシルファに気づいて机のほうを向いた。

皆の視線にも気づかず、シルファはそのページをじっと見つめたまま、難しい顔でなにやら考え込んでいた。

「なーにしてんの?」
「う、うわっ!ラヴィンか。驚かさないでよ。」
急に耳元で声を掛けられ、シルファは驚いてノートを落としそうになった。

「だってー呼んでも全然気づかないんだもん。何見てたの?」
ラヴィンがシルファの手元を覗き込む。
「なに、これ。」
その見たことのない模様の絵に、首をかしげて、それからジェンを見た。

「ん?なんだ?」
お茶のカップを置いて、ジェンが立ち上がる。
マリーも興味があったのか、ジェンの後ろに続いて、シルファのいる机のところまでやってきた。
4人でノートの見開きページに描かれた、村の風景画を覗く。
そして。

「これなんだけど。」

シルファが指差したのは、風景画の中に描かれた、小さな石碑のようなもの。その横に書かれているのは、不思議な形の模様。
「ああ。」
視線に答えるように、ジェンが言った。


「それは村人が昔から信仰している神様の石碑だよ。横の模様は・・そこに彫られてた。今じゃ誰も読めないし、意味も分からないそうだけどな。」

第6章 動きだす歯車③ ( No.35 )
日時: 2016/01/19 22:30
名前: 詩織 (ID: I4ogAiKW)

『村人が信仰する神の石碑』
そう言われて、シルファとラヴィンはその絵をまじまじと見つめた。

見たことのないような植物や風景のスケッチと共に描かれていたのは、楕円形の平たい石碑のようなもの。
表面には何か彫ってあるらしく、石碑の絵の横になにやら幾何学模様が描かれていた。

「依頼された植物の調査には関係ないんだけどな。」
ジェンがそんな彼らを見ながら言った。

「今回この村から、この花を香料の原料として商品化できないかって相談がきて。社長から頼まれて生態調査に行ってたんだ。」
指差したのは、石碑の隣ページに大きく描かれている赤い花。
「それで森の中を調べてたら、この石碑があってさ。なんだろうと思って村人に聞いたら、そう言ってた。で、ついでにメモして来たんだ。なぁ、マリー?」
言いながら隣のマリーを見る。
マリーは小さく頷くと、思い出したように笑って言った。
「社長さんが、こういうの好きそうねって話したのよね。」
「そうそう、社長もラヴィンも好きそうだって言ってたんだよな、あの時。」

笑いながら言うジェンの話によると、村では昔から土地の守り神としてその神を信仰していて、石碑は村の奥深いところに、いくつか点在しているという。

ずっとずっと昔からそこにあり、いつ誰が建てたのか、その彫られた模様にどんな意味があるのか、知る者は誰もいない。
だがそんなことは関係なく、信仰深い村人たちは、この石碑を大切に祀り、日々神に感謝して祈りを捧げているそうだ。


「古いものとか、謎めいたもの、叔父さん大好きだもんね。私も好きだけど。」
とラヴィン。
その横で、シルファは相変わらずそのページをじっと見つめていた。

石碑の絵・・ではなく、その横にメモされた彫られた模様の方を。
「んんん・・。」
眉間に皺を寄せる彼を見て、ラヴィンが不思議そうに尋ねる。
「どしたのシルファ?なんか気になる?」
ラヴィンの問いかけに、目線を動かさないままシルファは答えた。

「うーん・・。僕、この模様、見たことある気がするんだよなぁ・・」
「本当?!すごい。どこで見たの?」
「いや、それが・・。思い出せないんだよなー。この模様の形、特徴あるよね?なんだっけ、どこで見たんだっけ・・。たぶん、うちの書庫かどこかの文献でか・・。ああ!思い出せない!」
片手で髪をくしゃくしゃとかき上げる。

「へぇ。面白いな。」
興味深そうにジェンが言う。
「ただの模様じゃなくて、やっぱり何か意味があるってことか?文献があるってことは、誰か調べたやつがいるんだろ?」
「や、でもなぁ・・。たぶん、だよ?あーもう、思い出せないー。もどかしい。」
そんなシルファを見てラヴィンがわかるわかる、と頷く。
「もどかしいよねー。こう、喉もとまで出かかってるのにさ、あと一歩がでてこないんだよね。そのもやっと感が気持ち悪いよねぇ。」

でも、と続ける。
「がんばって!シルファ!思い出して!だって気になるじゃん〜!」
シルファの肩をつかんでがくがくと揺する。
「わ、わ。分かったよ、がんばるから!ちょっと、ラヴィン落ち着いて・・。」

言いながらその隣をみる。
すると、その大きな瞳をきらきらさせてじーっと自分を見上げているマリーと目が合った。

まだ自分には慣れてくれていないマリー。
なかなか目を合わすこともできないマリーが。

期待に満ちたくりくりの瞳で自分を見つめているではないか!
(おお!これは仲良くなるチャンスかも!)
シルファは俄然やる気を出した。

「とにかく、思い出せるようにがんばってみるよ。うちに帰ったら書庫も調べてみるから。僕も気になるし。」
ラヴィンを落ち着かせつつ、そう言うシルファにジェンが言った。

「じゃあ俺とマリーはもうちょい詳しくあの石碑を調べてみるよ。まだメインの調査は終了してないし、どうせもう何度か現地へ行かなけりゃならないからな。」
「私も!私も行くっ!」
ジェンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ラヴィンが身を乗り出した。

ジェンが苦笑する。
「言うと思ったよ。じゃあちゃんと社長に許可もらってこいよ。ま、こっちとしても人手は欲しいとこだったし、今回は調査助手としてついてきてもらおうか。」
「やったぁ。楽しみだね。」
にこにこ顔のラヴィンの頭を、ジェンがぺしっと叩く。
「こら、一応仕事で行くんだからな。ちゃんと働けよ?」
「はーい。分かってるってば。」
「ほんとかよ・・。」

そんなやりとりを、シルファは羨ましそうに眺めている。
「いいなぁ。僕も行きたいよ、面白そうだし。」

ルル湖の南側のその村までは、日帰りできる距離ではない。
仕事の内容も考えると、現地で過ごす数日間が必要で。
・・修行中の自分の身では、長期休暇は申請しにくい。

「ちぇ、僕は留守番かー。じゃあその間に、書庫であの模様を調べてみるよ。」
残念そうにいうシルファ。

そんな彼に、いっぱい調べてくるから、帰ったらまた報告しあおうね、とラヴィンが笑った。