コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第6章 動き出す歯車④ 〜ライドネル邸〜 ( No.36 )
- 日時: 2015/06/20 20:37
- 名前: 詩織 (ID: TtFtbd5q)
第6章 動き出す歯車 〜ライドネル邸〜
おみやげだと言って袋を渡すと、中を覗きこんだイルナリアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、シルファ!とっても美味しそう。」
「ジェイドさんのおみやげだって。姉上好きそうだったから、少し分けて貰いました。」
姉の喜ぶ顔を見て、シルファもにこにこと言う。
イルナリアの部屋、日当たりの良い窓際でお茶を飲みながら、2人はおしゃべりを楽しんでいた。
「ちゃんとお礼を言っておいてね。でもいいなぁ、私も遊びにいってみたい。」
「姉上はお菓子目当てじゃないですかー。」
「だって、下さるおみやげのお菓子、いっつも美味しいんだもの。私いつかジェイド社長と他国のお菓子について語ってみたいわ!」
目をきらきらさせて語る姉に苦笑するシルファ。
「でも、ほんと一度遊びにいくと面白いですよ、あそこは。見たことない品物もたくさんあるし。みんないい人で面白いです。」
「いってみたい!・・でも残念ね、今回はあなたラヴィンちゃんたちと一緒に行けないんでしょう?」
「そう!そうなんですよぉ。」
イルナリアの問いに、机に突っ伏してぐでぐでと愚痴る。
「あーあ。僕も行ってみたかったなぁ。でも何日かかるか分からないし。」
「その石碑に彫ってある模様って写してきたのよね?」
「ええ、これです。」
シルファは自分のノートを姉に差し出した。
「ふぅん。」
ノートを手に取ったイルナリア。
開いているページはシルファが書き写した、ジェンのノートの石碑部分だ。
ジェンと同じく器用なシルファの写した絵と文字を、イルナリアはじっと見つめる。
その横で、シルファは暖かいお茶をすすっていた。
しばらく無言で眺めていたイルナリアが、急にぽつりと呟いた。
「これ、魔法文字の一種じゃないかしら。」
「へ?」
突然の言葉に、呆けた顔をするシルファ。ごくんとお茶を飲み込んだ拍子に、変な器官に入ってしまった。
げほげほとむせこんでいる。
「な、なんですか急に。っていうかやっぱり姉上もその模様見たことありますか?!僕も絶対どっかでみてると思うんですよね!っけほっ。」
お茶にむせながら興奮するシルファに、顎に手を当てて考え込みながら、イルナリアが答えた。
「ええ・・。たぶんうちの書庫のどこかで。」
「やっぱり!」
シルファが目を輝かせる。
けれど、イルナリアは顎に手を当てたまま首を傾げた。
「けど、どういうことかしら?この石碑には文字として文章が彫られているわけではないわよね?」
「・・そうですね。」
イルナリアの言う通り、ノートの中の石碑には、表面に大きな模様のように一つの図形が彫りこまれていて、文章のようには見えなかった。
「これが本当に魔法文字の一種だったとして。何か伝えたかったなら、文章で彫りますよね?言葉で伝える為じゃなくて、この文字の形自体に何か意味があるとか?」
シルファも首をひねる。
「逆に、これを立てたのが魔法使いではない普通の人で、文字として使えなかったとか?」
とイルナリア。
「えー、なんでわざわざこの文字を?あ、その宗教的にこの図形に意味があったとか?」
「ううーん。」
2人で首を捻ったり唸ったりしていたが、結局推測だけでは何も分からない。
「ちょっと書庫で調べてみましょうか。面白そうだから、私も手伝うし。」
「そうですね。お願いします。」
イルナリアが申し出て、二人は書庫に向かおうと席を立つ。
扉を開け部屋をでたところで、遠く廊下の反対側から、話し声が聞こえた。
目をやると、父・ユサファと叔父・ロン、そしてシルファの知らない男が3人で通り過ぎていく。
「誰だ?あれ。」
小さく呟いたシルファの問いに、イルナリアがそっけなく答えた。
「グレン公爵の使いの人よ。」
「姉上?」
姉の言い方がいつもと違う気がして、不思議そうに姉を見る。
「ほら、レイの新しく仕える公爵家よ。最近よく来るの。」
「ああ、兄上の・・。」
言いながらその男に視線を向けた。
三番目の兄・レイが仕えることに決まったグレン公爵家。
その使いということは、兄の仕事の件だろうか。
「でも、兄上いませんねぇ。」
「私、あの人好きじゃないわ。」
突然の姉の言葉にシルファは驚いて姉を見た。
唇をぎゅっと結んで、眉をひそめて男の姿を見ている姉。
「姉上・・。」
びっくりしているシルファに気づいて、イルナリアは少し表情を緩めた。
「あ、ごめんなさい。変なこと言って。」
「いえ、あの・・。珍しいなと思って。」
姉はめったに人の悪口は言わない。
素直で正直な女性だが、理由もなく人を嫌ったりするのは見たことがなかった。
どちらかというとその逆で。
暮らす人間の多いこの家で、特に男の多い中、皆を和ませ、上手く繋げる役目を果たしている。一緒にいる人を楽しませるような会話が得意な女性だ。
だからシルファは余計に驚いた。
「あの人が来るようになってからね、なんだかピリピリしてらっしゃる気がするの、お父様。」
「父上が?」
気づかなかった。姉の観察眼に感心しながら、彼らに目を向ける。
「私に仕事や政治のことは分からないけど・・、あの人がくると、いつもあの3人でお父様の部屋に篭ってしまわれて。やけに長くお話されてるな、と思っていると、出てきたお父様がなんだか難しい顔をしてらして・・。最近特にそうなのよ。」
イルナリアが心配そうに言った。
「なにか、困ったことが起きてないといいのだけど。」
「大丈夫ですよ。」
姉を安心させようと、シルファは明るく言った。
「あの父上が困ることなんて、そうそう起きやしませんって。それに、」
姉の顔を覗き込んで言う。
「父上が難しい顔してるのなんて、いつものことじゃないですか。」
ニっと笑う。
「もう、シルファったら。」
イルナリアも苦笑する。強面の父は確かに気難しい表情が多かった。
ふぅ、と一息吐いて、イルナリアはシルファを見上げた。
「ごめんね、変なこと言って。気を取り直して、書庫にいきましょうか。何か面白いこと、分かるといいわね。」
言って軽く片目をつぶる。
シルファも笑って頷いた。
(良かった。いつもの姉上だ。)
姉の話が気にならないわけではなかったが、それでもあの父の手に余る事態など、シルファには想像できない。
そのくらい、父親を尊敬していたし、信じてもいた。
きっと兄の務めの件で何か話し合いがあったんだろう、そう軽く考えをまとめて、シルファはイルナリアと共に書庫へと向かった。
- 第6章 動き出す歯車⑤ 〜ライドネル邸〜 ( No.37 )
- 日時: 2015/06/11 22:33
- 名前: 詩織 (ID: TtFtbd5q)
「今のがご息女と、四番目のご子息ですかな?ユサファ殿。」
歩きながら問う男の言葉に、ユサファは表情を変えず淡々と言った。
「そうです。娘イルナリアと、レイの弟であるシルファ、四男です。」
「なるほど、噂どおりご立派なお子様方で。」
男が薄く笑う。
ほめ言葉のようでいて、しかしまるで心のこもっていない言い方だった。
「そんなことはありません。娘は体が丈夫ではありませんし、シルファもまだまだ修行中の身。」
「しかし、ご息女は美しい。」
ぴくり、とユサファの眉が上がる。
立ち止まり、無言で男を睨む。
そんなユサファの様子を見て、男はおどけたように言った。
「ああ、すみません。あれほど美しく、そしてライドネル家のご息女とあればさぞや良いお輿入れ先候補がおありかと思いまして・・例えば、どこかの公爵家のご子息など・・いかがですかな?。」
「・・・何が言いたい。」
剣呑な空気を孕んだユサファの視線に、男も視線を返す。
・・長いようで短い数秒間。
男のほうが先に力を抜いた。
肩をすくめて、再び歩き出す。
「いや、失礼しました。今回の話とは関係ありませんね。いずれまた、機会があれば。」
「・・・・。」
強張った表情のまま、男から視線を外すと、ユサファも歩き出す。
黙って2人を見ていたロンも、それに続く。
「今回は、我々は同士。これからお互い協力しなければなりませんから。・・あのご子息、シルファ殿にも、ぜひご助力いただきたいですな。」
「必要とあらば。」
表情をもとの淡々としたものに戻し、ユサファは答える。
「それは頼もしい。ぜひとも、よろしくお願いしますよ、ユサファ・ライドネル殿。」
男は口の端だけで笑った。