コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第8章 夢 ( No.46 )
- 日時: 2015/07/07 22:00
- 名前: 詩織 (ID: TtFtbd5q)
「それにしても。」
喜々としてノートに見入っているシルファを見て、ジェンが苦笑する。
「すっかり夢中になってるな。確かに魔法絡みってのは驚いたけど。」
仕事の合間になんとなく描いたひとつのスケッチ。
それがこんな風に広がっていくなんて、正直思っていなかった。
「だってさ、面白いじゃないか。」
ノートから顔を上げると、少し頬を赤くして照れたような顔のシルファ。
「もしこの石碑の謎が解けたら、この魔法文字についてもっと解明されるかもしれないよ?!そしたら魔法学的にも新たな発見で・・、ってラヴィン、その顔何だい?」
熱く語りそうになるシルファを、両手で頬杖をついてニマニマと見つめるのは、隣に座る赤毛の少女。
「だってさー。魔法の話する時のシルファ、すっごい楽しそう。」
ふふふ、と笑うラヴィンの言葉に、更に顔が赤くなる。
「そもそもね。魔法ってすっごく奥が深いんだよ、人間の領域を超えたものだからね。だから魔法使いなんて、結局は探求とか研究好きな人間が多いんだ。」
言い訳するように主張するシルファに、ラヴィンが笑った。
「ああ!そんな感じする。シルファって研究大好きって感じするもん。将来は魔法の研究者にでもなるの?すっごく似合いそう。」
・・何気ないラヴィンのセリフ。
けれど、シルファは思わず言葉を切り、目を見開いたまま動きを止めた。
『将来』。
その言葉がシルファの胸にやけに響く。
「?」
黙ってしまったシルファを見て、ラヴィンが不思議そうに首を傾げた。
「どうした?なんか悩みでもあるのか?」
飲んでいた紅茶のカップを置いて、ジェンが尋ねる。
マリーもつまんでいた菓子を置き、黙ってシルファを見つめた。
「あ、いや。・・ちょっとびっくりしただけ。」
ラヴィンから視線を外しながら、シルファは戸惑うように言った。
「んっと、僕は・・、いや、僕らはさ。ライドネル家に生まれた時から、必然的に魔法使いの道が用意されていて。あ、それは全然嫌じゃないんだよ。僕、魔法の世界が大好きだし・・」
しかもそれを極めていける家庭環境が与えられたことには、シルファは素直に感謝していた。
そして、あの家で、当主の決定は絶対だ。
将来仕える先も、代々の当主が決める。
一族に何か問題が起これば、当主が判断する。
全てにおいて、一族内における当主の権限は絶対だった。
それは現当主ユサファ・ライドネルとて例外ではない。
「・・もちろん自分にも・・やってみたいことはあるけど、結局、いつか自分も父上の命令に従ってどこかに仕えるんだと思ってたからさ。」
上の兄たち2人が王宮に入り。
3番目の兄レイにグレン公爵家という仕え先が決まった今。
次は自分か、と心のどこかで覚悟していた。
「だから、びっくりした。ラヴィンにさらっとああやって言われて。うちの中じゃ、誰もそんなこと言わないし、僕だって口にしないから。」
「そっか・・。」
思ったことはいろいろあったけれど、うまく言葉にならなくて。
少しせつない気持ちになって、ラヴィンは黙ったままシルファの困ったような笑顔を見つめた。
彼が魔法の話をする時、いつもどれだけ幸せそうかを知っていたから。
- 第8章 夢 ② ( No.47 )
- 日時: 2015/07/08 20:02
- 名前: 詩織 (ID: LZQ7Wo2E)
たぶん、ここに来てからだ。
「当たり前」以外の世界もあるのかもしれない、漠然と、そんな気がし始めたのは。
ラヴィンと出会ったあの日から、シルファの世界は急速に広がりだしていた。
「最近思ったんだけどね。僕は、ずっとあの家に守られてきたんだと思う。」
言葉を選びながら、ぽつりぽつりとシルファは思いを口にした。
「守られながら、外の世界にも憧れてて、でも、具体的に自分が何をどうしたいのかよく分からなかったんだ。ただ、ここに来て、いろんなものを見て、聞いて、人と出会って・・。知りたいって思うことがずいぶん増えた気がする。」
父は絶対。
家の為に、ライドネル家の一員として恥ずかしくないよう生きること。
それは今も変わらず根付いた自分の「当たり前」だけれど。
少しずつ、自分が変わっていることが、シルファ自身まだよく分かっていなかった。
(僕、どうしたいんだろう?)
自分自身へと疑問を投げかける。
・・・答えはまだ、聞こえてこない。
「やってみたいことって、何?」
聞いたのはマリーだ。
「え?」
「やってみたいこと。あるってさっき言ってたでしょ?」
「あ、ああ。」
突然の質問に、慌ててわたわたと手を振った。
「いや、まだ漠然とした夢・・っていうか、単なるイメージだからさ。何をどうやって、とか全然ないし。」
「いいから。」
よっぽど気になるのか、マリーは強気だ。
身を乗り出して、シルファをじっと見つめる。
(に、睨まれてる?)
そんなマリーに押されて、たじたじとその瞳を見つめ返しながら、まだ誰にも話したことのない夢のようなものを、シルファは初めて言葉にした。
なんだかとても、ドキドキしながら。
「えと・・もしできるなら、いつか・・今よりもっと広い世界の、もっといろんな魔法を見てみたいな。それを研究しながらさ・・」
彼らしい、はにかんだような笑みを浮かべて。
「いつか、自分で新しい魔法を開発してみたりできたら、面白いなって。」
聞いてくれる友人がいて、初めて言葉にできた自分の気持ち。
嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちで、シルファは顔を赤くしてしきりに照れ笑いを浮かべた。
その笑顔があまりに素直なものだったから、ラヴィンは一瞬、見蕩れてしまった。
そんな自分に気づいて、慌てて目をそらす。
(え、なんで?)
よく分からずに、内心動揺する。
そんなラヴィンの様子には全く気づかず、シルファは顔を赤くしたまま頭を掻いた。
「で?マリーは?」
ひとしきり照れたあと、今度はシルファがマリーに聞いた。
あれだけこの話題に食いついてきたのは、マリーも、何か将来について思うところがあるのかもしれない。そう思ったからだ。
「・・え?私?」
今度はマリーが目を丸くする番だった。
自分にそんな話題が振られるなんて、思っていなかったのだろう。
「マリーは?何になりたいとか、これをやりたいとか、あるのかい?」
大人になったら何になりたい?
そんな意味で、シルファは聞いた。
ケーキ屋さん。お花屋さん。女の子だったらお嫁さんとか?
あ、マリーだったら、ジェンみたいに研究者とか?賢そうだし。
そんなことを考えて、にこにこと彼女を見ている。
けれどマリーは・・。
「私・・は・・。」
言いよどんだまま、黙ってしまう。
(あれ、聞いちゃまずかったのか?)
シルファが少し焦って、何か言わなくちゃと思った時。
マリーが顔を上げて、まっすぐシルファを見た。
「・・強く、なりたい。」
小さいけれど、きっぱりとした声で。
「私、もっと強くなりたい。」
- 第8章 夢 ③ ( No.48 )
- 日時: 2015/10/31 18:58
- 名前: 詩織 (ID: 7OomKey8)
その瞳は、とても真剣で。
予想していなかった答えに、シルファは言葉が見つからない。
彼女を挟んで座るラヴィンとジェンも、この答えは予想外だったのか、シルファと同じ様子で驚いたようにマリーを見ている。
マリーの瞳は、見ているシルファの方が切なくなるような、そんな真摯な想いで溢れていた。
『・・ちょっと事情があって、そういうことにしてる。・・・マリーのことはそっとしといてあげてくれるかな。』
いつかのラヴィンのセリフを思い出す。
(マリーにも、抱えてる何かがあるのもしれない。向き合っている何かがあるのかも・・。)
懸命なマリーの表情を見ていたら、なんだか堪らない気持ちになってしまって。
シルファは思わず言った。
「大丈夫だよっ!」
ばんっと机に手をついて、思いっきり身をのりだす。
「・・え・・」
「マリーなら大丈夫!絶対強くなれるよ!」
大きな瞳をぱちくりさせて自分を見上げるマリーに、シルファは続けた。
「君の望む強さって、僕にはどんなものか分からないけど、でもきっとマリーなら大丈夫だよ!うまく言えないけど、君ならきっと、望むものになれるから・・だから・・」
うまく言葉にならないのが歯がゆい。
なんとかマリーを励ましたくて、シルファは両手を握り締めて言った。
「だって、マリーかわいいからっ!!」
・・・・・・。
・・きょとんとするマリー。
次の瞬間。
「〜〜〜〜っ!何よそれ!!」
その顔が真っ赤に染まった。
「・・っく、くく・・」
笑いをこらえているジェン。
そして、ラヴィンはというと。
「シルファ!いいこと言ったね!そうそう、マリーはかわいい!ぜーったい大丈夫!」
「きゃぁぁ!ちょっとラヴィン!苦しいってば!」
むぎゅぅ〜〜っと思い切りマリーを抱きしめて、ほっぺたをくっつけながら。
うんうん、と何度も頷く。
大丈夫、がんばれ、と。
「あー。ずるいよラヴィン!僕が最初に言ったのにー。」
ラヴィンに向かって情けない声のシルファが言う。
ぶはっ!とジェンが吹き出して、笑い声が響いた。
「ははっ!マリー、お前大人気だなっ。」
「ジェン!笑ってないで助けてってばっ。」
マリーが暴れても、抱きしめたラヴィンはびくともしない。
いいなぁ、とラヴィンを見ながらシルファは言ったが。
うう、でもマリー女の子だしな。
僕触ったらちょっと犯罪だよなぁ。
言いながら考えて、おとなしく座って2人を見守る。
「もお!2人とも!」
顔を赤くしたまま、怒ったような表情でもがいているマリーを見て。
(・・テレ隠しだな。)
笑いながら、ジェンはそっとマリーを見つめる。
(・・・嬉しそうだな、お前。)
ーーーーーーあの日。
『・・行く場所なんて、他にない。』
そう言ったあの顔を、ジェンは忘れてはいない。
大きな美しい瞳は、何も映していなくて。
ただ無機質な声で、彼女は言った。
『・・どこにも、行かない。』
感情の消えた人形のように、身動きひとつせず、少女は小さな声で言った。
その姿を、ジェンはただ、見ているしかなかった。
・・シルファも、ラヴィンも知らない、あの頃のマリー。
そして今。
目の前の少女は。
赤い顔をして、豊かな表情で。
大切な友人に抱きしめられて、励まされて。
その瞳は、彼らを映している。
(・・良かったな、マリー。)
心の中で、そっと呟いたジェンの顔は、とてもとても、優しいものだった。
これから起きる出来事がどんなものであっても、きっと。
彼女を支える仲間がいるから。大丈夫だと、そう思えた。