コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第8章 夢④ ( No.49 )
- 日時: 2015/08/07 22:30
- 名前: 詩織 (ID: uqhP6q4I)
夢 ④ 〜冬の終わり、帰り道。〜
「よっ、シルファ。今帰り?」
顔を上げると、ニコニコと手を振るラパスと、寒そうにポケットに手を突っ込んで立つジェイドが並んでこちらを見ていた。
ジェンから新しい資料を受け取り、大切にカバンにしまって。
次来るときはもっと面白いことが分かるかもね、と友人たちに笑ったシルファは、日が暮れないうちにと家路につくところだった。
「次の訪問は今回の調査結果が出てからだからなぁ。採取してきた花の成分でもう少し実験してみてからでないと。」
え〜、と不満そうな声を上げるラヴィンの頭を小突きながら、ジェンがそう言った。
「つーか仕事のメインはこっちなんだからな。」
むぅ、分かってるわよ、とラヴィンがつまらなさそうに言う。
シルファはじゃあとりあえず僕はこっちを頑張るね!と張り切って言い、
気合充分の顔でこぶしを作ると、そんなに力まなくても石碑は逃げないぞ、とジェンが笑う。
その隣で、いつもは黙って見送るマリーが、小さな声で「またね」と呟いてくれたのが、シルファにはすごく嬉しかった。
そうして友人たちに別れを告げ、帰ろうと店の裏門を潜ったところで、ラパスに声をかけられたのだ。
「あ!こんにちは、ラパスさん、ジェイドさん。これから仕事ですか?」
彼らの足元にある大きな荷物を見てシルファが聞くと、ラパスは、いんやーもう終わり、と首を横に振った。
「俺はもう上がりだよー。今から帰るとこ。帰り道の途中にこいつの届け先があるから、ついでに寄ってくだけさ。」
そう言うと、足元のでっかい荷物をひょいと抱える。
「シルファ、家帰んだろ?途中まで一緒にいこーぜ。」
そうシルファに言って、そのままジェイドに向き直る。
「んじゃ、社長、届けてくるっす!」
「ああ、悪いな。頼んだぜ。」
満面の笑みのラパスに、ジェイドがよろしくな、と片手を上げた。
「シルファも。なんかいろいろ調べてくれてるらしいな。ったく、あいつらそういう話にすぐハマリ込むからなぁ、特にラヴィンが。無理すんなよ。」
そう言ってシルファの肩をポンと叩く。
「そんなことないです。僕がすっごく楽しくてやってるだけだから。あ、もう少し調べられたら話聞いてくれますか?」
楽しそうにシルファは言った。
そして、ああいいぜと笑って答えるジェイドに、じゃあまた、と手を振ると、ラパスと揃って歩きだした。
「ラパスさんって、ジェイドさんといる時ほんとに楽しそうですね。」
「ん?」
「ラヴィンから聞きました。ジェイド社長と一緒に働きたくて、王宮騎士団辞めてまでウォルズ商会に来たって。」
「ああ。そりゃな。俺の憧れのひとだから。」
照れもせず、当たり前のことをいうようにさらりとラパスは言った。
冬の終わりの夕暮れ。
少し前には身震いするような寒さの中を歩いていたはずなのに、ふと気づくと、時折吹く風は暖かで優しい気配に変わっていた。
ほんの少し、日も長くなったような気がする。
そんな中2人で歩きながら、シルファは前々から聞いてみたかったことを、思い切って聞いてみることにした。
「ラパスさんて、なんで騎士団に入ろうと思ったんですか?」
「へ?」
「あ、いや、入るのがすごく難しいって聞いてるから。そんなに頑張って入ったのに、辞める時、迷わなかったのかな、とか。・・そうだ、今日ラヴィンたちと将来の話になって・・」
かいつまんで、今日の話題をラパスにも降ってみる。
「だから、ラパスさんが道を決める時、どんな風だったのかなぁって。・・僕はまだ、どうしていいか、よく分からないから。」
「ふぅん。なるほどねー。」
よ、っと荷物を抱えなおすと、ラパスは前を見ながら言った。
「俺が入団したのは15の時だからなー。うちはまぁ、なんていうかそういう家柄で。ガキの頃から英才教育っつーの?とにかく勉強も鍛錬もきっちりやらされたからな。騎士団に入るのは決まってたようなもんだ。」
「そうなんだ!」
意外だった。
いつも快活に笑う軽やかな彼に、そんなイメージは微塵も見えなかったから。
「意外と僕と近い環境なんですねぇ。」
「あーそうかも。けど、あの頃の俺と出会ってても、お前友達にはならなかったと思うぜ。」
「・・え?なんで?」
首を傾げてラパスを見るシルファに向けて。
それはもう爽やかな笑顔で、彼は言った。
「そりゃ、すんげーヤなやつだったから。」
へへっと笑いながらそんなセリフを吐かれて、シルファはなんと答えていいやら迷って、はぁ、とだけ返答した。
そんなシルファを見て可笑しそうに笑うと、視線を前に戻して、ラパスは話しだした。
- 第8章 夢 ⑤ ( No.50 )
- 日時: 2015/07/14 18:17
- 名前: 詩織 (ID: HCf49dnt)
地元では、勉強も剣の腕前もトップの実力。
家柄も良く、いわゆるエリート。
ちやほやされて育った上に実力も伴ってしまい、15という若さで王宮騎士団の試験に合格した。
「とにかく生意気で冷めたガキだったよー。」
表情を変えず、前を見つめたまま彼は言った。
騎士団に入ってからもその実力は発揮され、小隊の隊長を任されるまでに時間はかからなかった。
彼の家族、特に両親が大喜びで息子を自慢したのも、当然と言えば当然のこと。
「でもさ、当の本人にとっては、『ま、こんなもんか。』って感じで。」
当たり前だと思ってた。あの頃の自分。
「ほんと、ムカつくガキだろー?今の俺だったら即はったおすね、ま、向こうも俺なんだけどさ。」
カラカラと快活に笑って、ラパスは言う。
その顔には、自嘲も後悔も含まれておらず、むしろすっきりした表情で、過去がどうあれ彼が今の自分に十分満足しているのだと、シルファは感じた。
「でも、ずっと騎士団を目指してきたんですよね、小さな頃から。どうしてあっさり違う道に行こうと思ったんですか。」
シルファの問いに、ラパスは迷いなく答えた。
「あの頃の俺は、『分からないこと』が分かってなかったから。分かりたいって思ったから、辞めることに未練はなかった。」
「?」
意味が分からず黙り込んでしまったシルファに、ラパスは続けた。
「俺は、別に騎士という生き方が好きでも嫌いでもなかった。他に特別好きなものも嫌いなものもなくて。やれと言われたことをやって、評価されて、自分は出来るのが当たり前だと思ってた。・・でも。楽しいと思ったことはなかったし、イライラすることも多かった。」
けど、それがなんでなのか分からなかった。
実力はあったから、評価は簡単に上がったし、特別扱いもされた。
まわりから見れば、エリート街道まっしぐら。
全てを手にした、羨ましがられる人生だった。
「なのにさぁ、無性にイラついてたんだよなぁ。でもそれは周りのせいだと思ってた。なんでなんだろう?って考えることはしなかった。」
自分のほんとの気持ちが分かっていなかった。
なにが嬉しくて、何を楽しいと感じて。なにが、本当はやりたいことなのか。
言われたことは全てこなしてきたけれど。今、自分は満足なのか。
自分に向き合うこともなく、ただ、これが自分だと思っていた。
やるべきことを完璧にこなしているのに、何の感慨もなかった。
けれどやるべきことをやっている、自分に非はないと。
なんでも知ってるつもりになって、ほんとのところ、自分の本心さえ分かっていなかった。
「なんでも出来ちゃったからさー。余計分からなくなってたんだろうな。他の生き方なんて知らなかったし。」
そう言って、苦笑めいた表情を浮かべた。
シルファは隣を歩きながら、彼の話が分かったような分からないような、そんな気持ちで彼を見ていた。
「そんな時にさ、社長に出会ったんだ。」
ラパスはその頃を思い出したように、楽しそうな顔をした。
「この人、なんでこんなに楽しそうに笑うんだ?って思ったよ。話しててさ、いっつも、なんか分かんないけど楽しかった。いっぱい、色んな話をしてくれた。」
だから、とラパスは言った。
「この人と一緒にいてみたいって、すげー思ったんだ。そしたらさ、自分でもびっくりするほどあっさり辞めてたよ。未練なんて全然なかった。だって、俺が心からそうしたいって思ったことだから、楽しくて仕方なかった。・・多分、初めてだろうな、あんな気持ちになったの。」
懐かしむような声で言う。
「・・御両親は、反対しなかったんですか?」
シルファが聞いた。
もし自分がそんなことをしたら、父は、兄は、なんと言うだろう。
ラパスの家族はなんと言ったのだろう。
「あー、それがさぁ。予想通り、大・反・対。」
「やっぱり。で、どうしたんですか?」
「俺はさ、ほら、当時は周りなんてどうでもいいってガキだったから。そんなん無視して家でてやろうとしたんだ。」
「ええ?」
「でも社長がダメだって。」
『それはダメだ。』
そう言って、ジェイドはラパスを見据えた。
『時間がかかってもいい。本気で俺んとこ来たいなら、本気で話して説得してこい。・・俺はいつまでだって待っててやるから。』
「・・ジェイドさんらしい。」
「だろ?それから社長とアレンさんの世話になって、いろいろあって。んで、今に至る、と。」
いつの間にか、2人は分かれ道の前まできていた。
ラパスはそこで歩みを止めると、シルファの方へと向き直る
風が、彼の髪を揺らした。
明るい金髪が、夕日でオレンジ色に染まってとても綺麗だ。
「シルファもさ、大丈夫だよ。」
いつもの笑顔と、いつもの明るい彼の声。
「お前はさ、自分が今、分からないってことが、ちゃんと分かってる。」
青い瞳が、シルファを見ていた。
「何か目標がある時は頑張れる。でも、どうしていいか分からない時、迷ってる時は、結構しんどいもんだよな。分かってる振り、したくなる。そうすると、自分のほんとの気持ちさえ、分からなくなる。だから・・」
ニッと笑って言った。
「分からないことを逃げずに受け入れてる、自分の弱い部分もちゃんと認めて向き合ってるお前は、強いと思うぜ、俺は。」
「・・そんなこと、初めて言われた。」
かぁっと自分の頬が赤くなるのが分かった。
出来ることもあるけど、出来ないことの方が多く感じて。
分からないこともいっぱいあって。
でも、少しずつでいいから、もっと強くなりたい。
いつも、そう思っていた。
なんだか自分を認めてもらえた気がして、シルファは心が暖かくなった。
「ま、そんな焦んなよ。社長も言ってただろ、まだこれからだって。お前の周りにはたくさん人がいるんだし、不安になったら話せばいいじゃん。」
そう言って笑うと、じゃあまたなとラパスはシルファとは逆方向へと歩きだした。
その後ろ姿を見送りながら、シルファは言われた言葉を思い返し、自分の進む方向へと歩き出す。
(うん、大丈夫。僕もがんばろう。)
決意を新たに、力強い足取りで、家路についた。
またいつかゆっくりと、2人の出会いの話も聞いてみたいなと思いながら。