コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第9章 真夜中の訪問者① ( No.51 )
- 日時: 2015/07/16 20:06
- 名前: 詩織 (ID: HCf49dnt)
第9章 真夜中の訪問者
その日、ジェイドは深夜になって店に忘れ物をしたことに気がついた。
それは明日までに目を通すようアレンから頼まれていた書類。
「ちぇ、めんどくせーなー。あー・・でもやっとかねぇとアレンがうるせーだろーしなぁ。」
ぶつぶつと独りごちながら、仕方なく自宅から店の社長室へと向かった。
書類に目を通しサインを済ませると、さっさと引き上げる。
この時期の真夜中、室内とはいえかなりの冷え込みだ。ジェイドは「うぉ、さみい!」と言いながら身震いすると、急いで階段を下り、裏口の玄関に向かう。
・・それは、ちょうど彼が一階のフロアを横切った時だった。
カタン。
微かな物音に、ジェイドの動きが止まる。
真夜中の店内は真っ暗で、彼の持つランプの灯りだけがゆらゆらと揺れていた。
音のしたのは、入口側の窓の付近。
壁際に並んでいる商品棚の辺りか・・。
息を潜めて、気配を探る。
その方向を睨んだまま、近くにあった荷解き用のナイフを2本、そっと掴んだ。
「誰だっ!」
叫ぶと同時にそのうち1本を投げつける。
カッ、と鋭い音を立て、ナイフは窓の枠に突き刺さった。
「おい。」
低い声でジェイドは言った。
「今のは牽制だ。出てこなきゃ、次は当てるぜ?」
静かな店内に、ジェイドの声が響いた。
じっとそちらを睨みつけ、もう1本のナイフを構える。
「わ!ま、待った待った!」
す、っと手が1本、机の下から伸びてきて、ひらひらと動いた。
「俺だよ、俺!ったく、相変わらず荒っぽいんだから。」
そう声がして、1人の男が姿を現した。
ダークブラウンのくしゃくしゃっとしたくせっ毛。
そばかすの浮いた、憎めない顔。
薄茶色の瞳をした小柄なその男は、両手を上げて降参のポーズを取りながら、ジェイドの前へとやってきた。
「なんだ、お前かよ。・・っつーか脅かすなよなぁ!」
男の姿を見て、はぁぁとため息をもらしながらジェイドは肩の力を抜いた。
「何やってんだよこんな夜中に。お前に常識ってもんは・・・、ねぇよな。」
「ひっでー。俺だって普段はバリバリ常識人よ?交渉人っつーオシゴトもしてますからね?」
男はおどけたようにそう言ってジェイドを見上げた。
「いやー、今日この街に帰って来れたのはいいんだけどさ。社長に報告に行こうと思ってたのにこんな時間になっちまって。さすがにもういねぇかなーと思ってきてみたら、なんと社長室に明かりが見えたんだよな。んで、どうせなら驚かしてやろーと思って忍び込んだところと見つかったってワケ。」
てへっと舌を出した男に、
「・・ってワケ、じゃねえよ!フツーに昼間来い、昼間。ったく、相変わらずはそっちだろ。で、どうやって入った?」
と憮然とした顔で聞いた。
「ん、そこの窓。カギ壊れかけてるよ。不用心だなぁ、ウォルズ商会ともあろう店が。ドロボー入るよ?」
「お前がゆーな。・・ああ、そういやこないだ、ラヴィンがカギ閉まってるの気づかずに無理やりこじ開けてぶっ壊したっつってたな。アレンに言って早く直さねーと。」
「お?ラヴィンきてんの?」
男の目が輝いた。
それを見てジェイドがめんどくさそうに言った。
「お前いい加減あいつにちょっかいかけんのやめろ。そのうち嫌われても知らねーぞ。」
「ラヴィンはそんな子じゃねーもんね。ようし、じゃあ仕事も終わったし、明日はラヴィンと遊ぶぞーっと。」
「ああ、もうそれはいいから。仕事。終わったって、どうなった?交渉はうまくいったのか?」
ジェイドの声が真面目なものになる。
男に依頼していたのは、大事な仕事のひとつだった。
その真剣な眼差しを受けて、男も黙って真剣な顔でジェイドを見返した。視線がぶつかる。
「ああ。」
答えて男はニヤリと笑った。
「交渉は成立。ついでにオマケの取引もばっちり保証してもらって、任務完了!証書もちゃんと持ってきたぜ。」
そこまで言うと、男は演技がかった仕草で敬礼のポーズをとった。
「ジェイド・ドール社長。お約束の交渉を成立させて、わたくし、ギズラード・ミシェル、ただいま王都に戻って参りました!」
- 第9章 真夜中の訪問者 ② ( No.52 )
- 日時: 2015/09/23 10:47
- 名前: 詩織 (ID: z6zuk1Ot)
男の名は『ギズラード・ミシェル』。
正確にはウォルズ商会の社員ではない。
彼を知るある人曰く、
「ああ、あいつかい?その業界では有名なフリーの交渉人さ。見かけによらず博識で、頭の回転が速い。そして何より口達者。あ、これは見かけ通りか。仲間数人引き連れて、受け負った商談はかなりの率で成功させるって噂だぜ。依頼主と商談相手、どちらにとっても益になる提案で取りまとめるから、依頼が絶えないんだとよ。」
またある人曰く、
「え?あいつって情報屋じゃないの?どっから掴んでくるんだか、いっつもとびきりのネタ持ってくるのよね。しかも殆どが本物。でもそのルートは完全に企業秘密なんですって。謎な男よね。」
ジェイドも始めは全ての商談を自分で行っていたし、少しずつ店が大きくなると、アレンや他の仲間が代理をつとめたりしていた。
けれど今のように規模が大きくなり、従業員の人数も増えると、社長が遠方への商談へ出掛けてばかりもいられない。
結果、遠方や時間のかかりそうな商談は、旧友(ジェイドに言ったら顔をしかめて「腐れ縁だ。」とでも言うだろう)の彼に依頼することになったのだ。
「おー!いいのがあるじゃないの。いいのが。」
そう言いながらギズラードはガラス棚の扉を開けると、お目当ての酒瓶を取り出した。
「おい。勝手に出すなよ。」
「いいじゃん。どうせ出してくれる気だったんだろ?頑張って交渉してきたんだしさぁ。労ってくれよ、社長サン。」
そう言いながら、そのでっかいソファにどさっと体を投げ出した。
人気のない店内はあまりに寒かったので、とりあえず2人はジェイドの屋敷へと戻ることにした。とにかく暖かい場所へ。話はそれからだ。
暖炉に火を起こし、部屋を暖める。
広い居間に置かれているのは、大きなソファと洒落たテーブル。
棚には酒好きのジェイドが趣味で集めた酒の瓶がズラリと並べられていて。
ギズラードは勝手知ったる友の家とばかりに、並んだ酒を物色していた。
「お前に社長なんて呼ばれると、背中がこそばゆいな。」
キッチンから水とグラスを運んできたジェイドが、どかっとソファに腰掛けながら言った。
「そうゆうもん?んじゃいつも通り、ジェイドのダンナ。」
ギズラードはへらっと笑うと、年代物の蒸留酒の蓋を開けグラスに注いだ。
「ではでは!商談成功と、友との再会を祝って。」
「ん。」
カチン、と空中でグラスを合わせる。
「んで?どうだったんだよ?」
「ふふん。俺を誰だと思ってんのさ?そりゃあカンペキに決まってんじゃん。」
ギズラードはニタリと笑って、封書を差し出した。
ジェイドはそれを受け取ると、中身を確認し、感心したように声を上げる。
「こりゃすげぇな。予想以上の成果じゃねーか。」
「だろ?」
さっそく二杯目の酒を注ぎながらギズラードは得意げに笑った。
「何よりさ、あそこが仲介業者なしで品物卸すなんて、滅多にないんだからな。それもこれも、誰のおかげか分かってるよね、ダンナ?」
「ああ、これはすげーよ。さすがだ。」
ジェイドの素直な褒め言葉に、満足げに頷くと、へへっと笑って言った。
「報酬、楽しみにしてよーっと。」
「分かってるよ。」
苦笑しながらジェイドが言う。
ジェイドが大事な仕事を任せるのは、ただ友人だからというわけではない。
一見ヘラヘラしてみえるこの男は、普段ももちろんヘラヘラしているのだが、仕事に対するプライドだけは相当なもので、そこは絶対的に信頼のおける奴だとジェイドは思っている。
そう思えるくらいは、この男との付き合いは長かった。
「そういやさー。」
ひとしきり旅の報告を終え、機嫌良さそうに飲んでいたギズラードがふと思い出したように言った。
否、そう見せているだけで、実はいつこの話を切り出すか迷っていた。
グラスを揺らしながら、そのまま少し間があく。
その仕草に何かを感じてジェイドは無言で視線を送った。
「これ、確かなスジからの情報なんだけどさー。」
「なんだよ。」
彼らしくない、少し迷いのある口ぶりに、ジェイドが聞き返した。
「・・あいつ、戻ってきてるらしいぜ。この国に。」
「あいつ?」
「ん、あいつ。」
あえてジェイドの目を見ずに。
グラスの中に残った酒から視線を離さないまま、ギスラードはその名を口にした。
「商人クロド。あんたに商売で負けて隣国に移ったて聞いてたろ?帰ってきてるらしいぜ、この国にさ。」
- 第9章 真夜中の訪問者③ ( No.53 )
- 日時: 2015/07/22 20:28
- 名前: 詩織 (ID: HCf49dnt)
グラスの中の液体は、静かに揺れる炎の明かりを映している。
お互い3杯目の酒を注ぐと、それほど大きくない酒瓶はすっかり空っぽになった。
「ギズ。」
手の中のグラスを見つめながら、ジェイドが言った。
「俺は別にあいつと争ってたわけじゃねーよ。そんなつもりで仕事してたわけじゃないしな。」
「うん。知ってる。」
静かに、ギズラードは頷いた。
「あんたはそんな人じゃない。」
珍しく真顔で言った。
「もともと、あいつのやり方が酷かったんだ。裏ルートで大量仕入れした粗悪品をえらい高値で売りさばいたり、ニセ物だってかなりばらまいてた。あんたがこの街で商売始めて、正規ルートで質の良い商品を流通させて、しかも手頃な価格で売りに出せば、そりゃおのずと客は選ぶだろうよ。・・あんたには各地に味方がいるしな。信頼関係と情熱の上に成り立つ仕事が、あいつに負けるワケないんだ。」
ちらりとジェイドを見上げて、小さく笑った。
「ただまぁ、ここらで商売がやりづらくなったあいつが隣国に逃げて、そこで話が終わってくれりゃよかったんだけどなぁ〜。」
「なんで戻ってきたんだ?」
「全部分かってるわけじゃないけどさ。俺の情報によると、どうやら裏でこの国のお偉いさんと繋がってるらしいんだな。」
「マジか。」
目を丸くするジェイドに、ギズラードはこくりと頷いた。
「ああ、マジマジ。」
「誰だよ?」
「知りたい?」
ニヤリ、とギズラードが口の端を上げる。
「ここまで来て焦らすなよ。いいから早く云え。」
「どーしよっかなぁ。トップシークレットだしなぁ〜。じゃあこの情報の報酬は〜〜」
「金とんのか!」
ジェイドの反応に楽しそうに笑うギズラード。
「いやー金はさっきの報酬で貰うから。それよりさー、俺、ぜひラヴィンを嫁に貰〜・・って、冗談だよぅ!そんな睨むなってばー。」
「お前のは冗談に聞こえねんだよ。」
ギロリと音がしそうな目つきで睨みつけると、ジェイドはグラスを傾け、残っていた酒を一気に飲み干した。
「もー怖いなー。これだから娘のいるパパは。」
「パパじゃねぇ。ムスメでもねぇ。」
「おんなじようなもんじゃん。」
ケタケタと笑って、ギズラードは立ち上がった。
「んじゃま、この棚でいっちばん良い酒。それが報酬ってことで。」
答えを待たず、さっさと棚まで歩くと、迷いなくその中で一番の高級酒を手にとった。
「ったく、俺のとっておきのヤツを。」
「へへー」
にへらっと笑って席に戻ると、さっそく蓋を開ける。
「で?飲んでいいからさっさと教えろ。誰があいつと組んでんのか。」
「グレン公爵」
あっさりと、彼は言った。
ジェイドの動きが止まる。
「あれ?ダンナ知ってる?グレン公爵。」
「・・ああ。でも、なんでグレン公爵があいつなんかと組む必要がある?」
「さぁ。細かいことは知らねーけど、でも確かグレン公爵って少し前に代替りして、まだ若いんだろ?議会での発言権も他のジジイ貴族たちには負けるだろうし。力つける為に、なんか良からぬことでも考えちゃってたりしてねー。」
「おいおい。」
物騒なこと言うなよ、とジェイドが渋い顔をする。
しかし、そう言ったまま彼は黙り込んでしまった。
真顔で考え込む友人を見て、ギスラードは不思議そうな顔をする。
「ダンナ?どした?」
「ああ、・・実は・・。」
・・ジェイドはさっきから、いや、もっと言えばあの出来事を目にした時から気にかかっていたことを、ギズラードに話してみることにした。
- 第9章 真夜中の訪問者 ④ ( No.54 )
- 日時: 2015/07/23 22:23
- 名前: 詩織 (ID: HCf49dnt)
『・・なぁラパス、あの旗・・』
『・・ええ、そうっすね。あれは確か・・。』
——あの時、交わされた会話。
あの日、ファリスロイヤ城で見た光景。
城の周りに掲げられていた旗の紋章は、この「国」のものではなく。
——「グレン公爵家」のものだった。
「あれ?と思ったんだ。」
ジェイドが言う。
「噂では国の調査団って聞いてたからな。国が主導して本格的な調査に乗り出したと思ってたんだが、国の紋章じゃなくグレン公爵家の紋章の旗が並んでた。・・後から思えばあの男も『国が許可した』って言い方してたしな。」
「ふうん。主導は国じゃなくて、あくまでグレン公爵。国は公爵の要望に許可を出しただけってことか。」
ジェイドの話を聞いて、ギズラードがふむふむと頷いた。
「グレン公爵ってどんな奴か、お前知ってるか?」
「個人的にはよく知らないよ。ただ、ファリスロイヤ城のある旧ファリス領ってのは・・・、あ、地図ってある?」
「ん?ああ。」
ジェイドはソファから立ち上がると、本棚から地図帳を取り出し、ギズラードの前に広げた。
「ほら、ここら辺って、国の東端で、国境に近いだろ?」
指で指し示しながら言う。
「ファリス一族が滅びて、その後別の貴族領になったこともあるらしいけど、最近はずっと国の直轄地になってたんだ。」
「へぇ〜。そりゃ知らなかったな。」
「ま、ね。庶民にはそんなこと関係ないからね。で、さっき言っただろ?グレン公爵家は最近代替わりしたばかりだって。ここの領地はさ、先代グレン公爵の時代に何かの報奨として、グレン公爵家に与えられた土地なのさ。」
「は?」
ジェイドは驚いて言った。
「じゃあ今のファリスロイヤの持ち主はグレン公爵ってことか。」
「ああ、息子の方の、現・グレン公爵さんのな。」
「自分の領地なのに、なんでわざわざ許可を?」
「言ったろ?少し前までは国の直轄地だったって。あの遺跡はさ、規模は小さいけどもともと国の歴史学者たちが研究してたとこでもあるんだ。だからもしかしたら、遺跡調査に関しては、国に権利があるような取り決めになってたのかもしれないな。」
そこまで言うと、ギズラードはぐいっとグラスの酒を飲んだ。
「ぷはぁ。うめー!」
幸せそうに口のまわりを拭う。
「あ、おい!俺まだ全然飲んでねーぞ!寄越せよ。」
ジェイドは慌ててギズラードの手から酒瓶を奪った。
・・ずいぶん軽い。
「お前〜。もうこれしかねーのか。」
「いやー、ダンナが真面目に考え込んでたからさ?水差しちゃいけないと思って?」
ぬけぬけと言うギズラードに、ジェイドは諦めたように残り少ない酒をグラスに注いだ。
「そんで?」
貴重な酒をちびちびと啜りながら、ジェイドが聞いた。
いつもの豪快な彼らしくないその仕草に、なんとなく哀愁が漂っている。
「そんな貴族と組めるほどの商人に、クロドがなったってことか?」
「んー、まあね。ダンナ、あいつ今何してると思う?」
「?商人じゃねーの?」
「ヤダなぁ。何を売ってるか、ってことだよ。ヒントは・・、隣国の情勢。」
「・・・」
ジェイドが考え込む。
情勢。 情勢?
隣国は今・・。
「もひとつヒント。」
とギズラード。
「うちの国は今、戦争はしていない。隣国も、していない。・・ただ、隣国はうちの国と逆側の国境付近で、部族間の紛争が起きている。それを収める為に、国の軍隊も派遣されている。そこで必要になるのは・・」
「・・武器か。」
面白くなさそうな顔で、ジェイドが答えた。
「ご名答。」
片目をつぶって笑う。ジェイドは渋い顔をした。
「武器商人って。あいつはまた・・。」
「ま、裏のルートは持ってる奴だったからね。向こうに行ってうまいことやって、たった数年だけどこっちにいた頃以上に稼いでるらしいよ。あいつらしいっちゃ、あいつらしい。」
「けっ。じゃあよ、武器商人のあいつとグレン公爵、野心満々同士で組んで、何を狙ってんだ?」
「そんなの俺は知らねーよ。けどさ。」
ギズラードは勿体付けるような言い方をした。
とびきりの情報だと言うように。
「組んでる奴はもうひとりいるぜ。」
誰だ?とジェイドが聞くのを期待している、そんな顔だ。
けれど残念なことに、ジェイドにはなんとなく予感があった。
彼にとってはあまり嬉しくはない予感だったけれど。
「ん?なにその顔?・・え?まさかダンナ、なんか知ってる?」
黙ったままのジェイドに、今度はギズラードが目を丸くする。
「えー!ちょっとこれってかなりのレア情報だよ?なになに?なんで知ってんの?ってかそもそもホントに知ってんのかよ。早く言ってみ、早く!」
まくし立てるギズラードに向かって
「あーうるせぇ。」
と遮りながら、ジェイドは煮え切らない様子で言った。
「多分、分かってる。合ってると思うぞ。でもなぁ、できれば違ってほしいっていうか。」
「なにそれ。意味分かんね。いいから早く。」
ギズラードに急かされ、仕方なくジェイドは口を開いた。
「・・銀色の・・」
その一言で、ギズラードの顔が確信に変わる。
やっぱり。その瞳はそう言っていた。
「魔法使い。ユサファ・ライドネル。」
- 第9章 真夜中の訪問者⑤ ( No.55 )
- 日時: 2015/09/09 14:27
- 名前: 詩織 (ID: hAeym9pF)
「何であんたがそんな情報持ってんだよぉ。」
「情報っつーか、最終的には俺のカンだったけどな。」
「はぁ?」
情報屋のプライドをいたく刺激されたらしい。
ぶうぶう文句を言うギズラードを宥めつつ、ジェイドは記憶を辿った。
最初の違和感は、あの「旗」。
次に「城の考古学調査」にしては不自然な爆発事故。
そして、あの男。
魔法使いたちが調査団にいたのは学者たちの護衛の為だと思っていたが、治療に当たる彼らがやけに冷静に見えたのも、よくよく考えれば不自然だった。
事態としては想定内、と。あの男は言っていた。
最初から何が起こるのか予見していたのか。
袖口からのぞいた装飾具には、確かに見覚えがあった。
赤い石のあしらわれた、銀細工のブレスレット。
とっさには分からなかったが、あれは王宮で出会ったユサファ・ライドネルが身に付けていた物と同じではないかと、あとで気づいた。
そして確信したのは、あの日。
『これ、魔法使いが身に付ける装飾具なんです。』
微笑みながらそう言ったのは、銀の髪の美しい、「ライドネル家」の少年。
「・・グレン公爵家、ライドネル家・・。それぞれ何かあるとは思ってた。でも、まさかクロドまで絡んできてるとはな。ギズ、お前、よくそんな情報掴めたなぁ。」
そこまで黙ってジェイドの話を聞いていたギズラードが得意げな笑みを浮かべる。
けれど、すぐに思案顔に戻って言った。
「俺の掴んだ情報はここまでだけど・・ダンナの話と合わせると、奴らが何かしようとしてるのは確かみたいだな。グレン公爵、武器商人クロド、魔法使いライドネル家・・か。んで、今の話の流れだと、奴らに関係しそうな場所は、ここ。」
とん、と地図上のその場所を指す。
「ファリスロイヤだ。」
ジェイドも頷いた。
「それにさー、超あやしいじゃん、責任者っつーその男。」
とギズラード。
「ダンナに牽制まがいのセリフまで出してさ、関わるなって。」
「まあな。けどよ、ライドネルってそんなんだったっけ?」
「そんなんって?」
「俺もあの一族に知り合いなんざいなかったから、知ってるわけじゃねーけどよ。噂で聞くライドネル家ってやつは、こう、誇り高い魔法使いの名門じゃなかったか?特にユサファ・ライドネルに関しては清廉潔白、真面目で自他共に厳しいって評判で。裏で汚ねーことする奴には見えなかったけどなぁ。」
首をひねるジェイドにギズラードは肩をすくめた。
「さぁね。人がほんとは何を思ってるかなんて、外からじゃ判断できねーよ。」
「それはそうだが。」
ジェイドも結局はそれしか言えなかった。
「ま、クロドが何かしてきたら厄介だけど・・そうじゃなければ大人しくしてなよ、ダンナ。今のあんたは昔と違って色々背負ってんだからさ。」
あえて軽い口調で、ギズラードは言った。
「昔のあんたなら、すぐに厄介事に首突っ込んでさー。止めるの大変だったんだからなー。」
「何言ってんだ!ちょっと情報仕入れるだけとか言って、揉め事に巻き込まれるのはいっつもお前だろうが!誰が助けてやったと思ってんだ。」
お互い言い合って、そうして目が合うと、どちらからともなく笑いだした。
そうしてひとしきり笑い合って。
「でもさ、マジで気をつけなよ。俺のほうでもまたなんか情報入ったら知らせるからさ。」
「ああ、頼む。」
「それに、貴族関係はダンナの方が得意だろ?ほら、いるじゃん、お得意さんのじーさんとかさ。お気に入りなんだろ?」
「じーさんって・・。公爵様だろ。商品を気に入ってくれてんだ。今度呼ばれた時にでもそれとなく話を振ってみるさ。」
そう言うと、立ち上がって棚から三本めの酒を取り出した。
「いい情報もらったからな、もう1本開けてやる。こいつは珍しいタイプだぜ?有り難く飲めよ。」
「おお!太っ腹〜。ダンナいいの?明日仕事だろ?」
「明日は午後から出ればいいからな。たまにゃいいだろ。」
「おー。飲もう飲もう。で、俺は明日はラヴィンとあーそぼっと。その友達っていうライドネル家の奴も気になるし。」
「・・シルファはいい奴だ。」
ジェイドがぽつりと言った。
「多分・・いや、絶対、だな。あいつは何も知らないと思う。まだ修業中で任務にはついていないと言ってた。それに、嘘はつけない奴だ。だから・・。」
「わーかってるって。」
視線を感じて、ギズラードは笑った。
「何にも言わないよ。安心して。」
「ちょっかいも出すなよ?」
「・・・それは約束できまセン!」
さっと視線を逸らすと、それは楽しそうに酒を注ぎ始めた。
はぁ、と呆れたため息をついたジェイドだが、まぁこいつに言ってもムダかと思い直し、自分のグラスも差し出した。
だせる情報は全てだした。とりあえず、今夜はここまでだ。
2人は何度目か分からない乾杯をすると、グラスの酒を美味そうに飲んだ。
————それぞれの思惑を秘めた、王都の夜が更けてゆく。
歯車は、すでに回り始めていた———