コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第10章 旅支度 ( No.59 )
日時: 2015/08/02 18:11
名前: 詩織 (ID: uqhP6q4I)

第10章  旅支度


チリンチリン!と勢いよく鈴が鳴った。


「あ、すみません、まだ店は準備中で・・・」
商品のチェックをしていたアレンは顔をあげると、入ってきた彼を見て目を丸くした。

「あれ?シルファ?珍しいですね、こんな朝早くに。」
まだ店の開く前の時間。
冷たい朝の空気の中を走ってきたのか、頬を赤くしたシルファがいた。

「おはようございますっ、アレンさん。こんな早くにごめんなさい!ラヴィンいますか?」
はぁはぁと息を整えながら、勢いよく聞いてくる。
珍しく気色ばんだシルファの様子に驚きつつ、アレンはジェンの研究室の方向に目をやった。

「ああ、ラヴィンならまだ向こうにいますよ。シルファ、朝ご飯は食べたんですか?まだなら用意しま・・」
「ありがとうございます!大丈夫ですっ。」
アレンが言い終わらないうちに、来た時と同じくすごい勢いで駆けていく。
あっと言う間に裏口から消えていった彼を、アレンは呆気にとられて見送った。


「おはようっ!ラヴィン、ジェン、マリー!いる?」
バァン!と大きな音を立ててドアが開く。

中ではそれぞれ朝の寛ぎタイムを過ごしていた3人が、突然名前を呼ばれて目をぱちくりさせた。

ラヴィンはテーブルのカップに熱いハーブティーを注ぎながら。
ジェンは机でお気に入りの本の山に埋もれながら。
マリーは鏡の前で、その水色のふわふわヘアーを櫛でときながら。

一斉にドアのほうを見る。
「「「シルファ?」」」

「ごめん!朝から突然。どうしても早く伝えたくて・・、ってラヴィン!お茶!お茶!」
「え?・・わわ!大変!」

驚いて動きを止めたラヴィンの手の下では、カップからハーブティーが溢れ出るところだった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

「ふぅ。ぎりぎりセーフ。ありがとシルファ。」
ラヴィンはシルファの分のカップを追加すると、もう一杯お茶を淹れた。

爽やかなハーブの香りがふわりと漂う。
まだ肌寒い朝の部屋の中に、湯気が立ち上った。

「どうしたんだ?珍しいじゃないか。朝は修練の時間じゃなかったっけ?」
ジェンが聞くと、そうそう!とシルファは大きく頷いた。
「そうなんだ。今朝、いつも通り朝の修練を終えて食堂に行こうとしたら、父上に呼ばれてさ。何だろうと思ってびくびくしながら行ったんだけど・・」
「びくびくしてたの?」
とマリー。

シルファは眉毛をハの字にしながら頭をかいた。
「うん。だってあの時間に父上に呼ばれる時って、だいたい寝坊とか遅刻とかで叱られるパターンだったからさ。今日はどっちもしてないし、課題も忘れなかったし、ボタンもちゃんとしてたし・・」
「ボタン?」
怪訝そうなマリーの声に、シルファは慌てて言った。
「いや、それはいいんだけどね。とにかく心当たりないなぁと思ってたらさ、ビックリしたよ!あの父上があんなこと言うなんて!」

声が大きくなる。こんなに興奮して喋るシルファは珍しい。

「何だったと思う?」

楽しそうに聞かれて、3人は顔を見合わせた。

「この感じだと、叱られたわけじゃなさそうね。」
「シルファの父ちゃんだろ?想像つかないな。」
「うーん、今日1日休みにするから好きなだけ遊んできなさい、とか?」
「そりゃないだろ。」

ラヴィンの意見にジェンがつっこんだが、聞いていたシルファは目を輝かせた。
「ラヴィン惜しい!」
「え?うそ、惜しいの?」
言ったラヴィンのほうが驚いた。

「シルファのお家って厳しそうなのに。んーとねぇ、じゃあ、しばらく休んでいいから、石碑の謎を解明して来なさい!とか?」
「ありえないわね。」
今度のつっこみはマリーだ。

しかし、シルファの答えは・・。

「正〜解っ!!ラヴィンすごい!なんでわかったの?」
それはもう、溢れんばかりの満面の笑み。

「うっそぉー!だってお家の修行は?」
「いいのか?現地調査は日帰り出来ない距離だぞ?」
「前回はダメだったのに、おかしいじゃない。なんか裏があるんじゃないの?」
「・・マリー、君可愛い顔して結構キビシイね。」

3人から詰め寄られても、シルファの笑顔は崩れない。
相当嬉しいのだろう。

「それがさ、ちゃんと理由もあるんだけどね。ふふ、兄上が・・。えへへ、今回古代魔法がさ・・。あはは。うちとしても珍しいケースみたいで・・。」
勝手に顔がほころぶのを止められないのだろう。
にこにこ、いや、にまにまし続けるシルファの話は全く要領を得ない。

おかしな話し方で続けようとするシルファを、ジェンが無言で椅子に座らせた。
その彼の前に、ラヴィンがどん、とお茶のカップを置く。
そして、彼の向かいにでんと腰かけたのは、マリー。

「落ち着いて、シルファ!深呼吸!」
「え、は、はいっ。」
思わず返事をしてから、シルファは言われるままに深呼吸した。

すーはー、すーはー。

「さぁ、お茶飲んで。」
「う、うん。」
あったかいハーブティーの風味が口いっぱいに広がり、飲み込むと体にぽかぽかと温かさが広がっていった。

そうしてだいぶ落ち着いたシルファを見て、マリーが口を開いた。

「じゃあ、説明してくれる?何があったの?」

第10章 旅支度 ( No.60 )
日時: 2015/08/06 21:59
名前: 詩織 (ID: uqhP6q4I)

その日の朝、シルファは緊張した面持ちで父の部屋の扉を開けた。

なんだろう、今朝はまだ何もやってないよな。
昨日?なんかやらかしたっけ?
いやいや、最近はかなり頑張ってるし、叱られることなんてないと思うんだけど・・。

あ、もしかしてあれ?!
昨日ひとり1個のおやつ、間違えて2個食べちゃったの黙ってたから?
っていやいやいや。そんなことで父上がでてくるなんてそんなバカな。

動揺しておかしな思考になっている彼は、父の机の前で顔を上げるまで、そこに居るもう1人の人物にまったく気づいていなかった。

「父上、お呼びで・・あれ?リュイ兄上?」

椅子に腰掛ける父ユサファの後ろに立ってこちらを見ていたのは、一番上の兄、リュイだった。


「兄上がね、父上に話したらしいんだ。僕が古代魔法について調べてること。」


イルナリアと書庫にいた時、リュイに見られた資料。
そこでシルファが古代の魔法文字について何やら調べていることを知ったリュイは、父にその事を話したらしい。

どういう経緯でそんな話題になったのか、シルファには分からない。

とにかく父からその事を質問されたシルファは、今自分がしていることを正直に話した。
友人が出来たこと。
その彼らの仕事繋がりで、興味深い魔法文字を見つけたこと。
そして、現在自分はそれを解明したくて、彼らと協力しながらいろいろと調べていることなど。


シルファが話す間、ユサファは黙って彼の話を聞いていた。
後ろに立つリュイも、珍しく軽口を挟まずに、シルファが話すのをじっと見つめていた。
一通り話終わっても、口を引き結んだまま何やら考え込んでいる父を見て、シルファは少し不安になる。

(最近は遅刻もしてないし、自由時間を使って調べてるから問題はないはず・・。修練も課題もきっちりやってるし・・。なんだろう。)

その静かな間をなんとも居心地悪く感じていた、その時。
父の口から出た言葉は、全く予想外のものであった。

「シルファ。その古代魔法文字の調査を、当面のお前の課題とする。新しい事実がわかり次第、すぐに報告するように。もし現地調査に同行可能ならば、その日数に限り外泊を許可しよう。」

一瞬何を言われたのか分からず、口をぽかんと開けて父と兄の顔を交互に見つめるシルファ。
そんな息子を見てユサファは軽くため息をつき、続きを話し始める。
後ろではリュイが、笑いを堪えた表情で弟を眺めていた。


石碑にあった魔法文字は、今は貴重な古代魔法の資料であり、未解明の部分も多く残る。
シルファとイルナリアに限らず、ライドネル家自体にとって興味深いものだ。
よってこの古代魔法の調査をシルファの研究課題とすることを決めた。

ただし、あくまで課題であるのだから、調査結果は些細なことに至るまで全てきちんと報告するように。

父の話は、つまりそう言うことだった。



「だからさ!皆と行けるんだよ、僕も!次の現地調査っ!」
両手を広げて、それは嬉しそうに3人を見回した。

最初は怪訝そうな顔で話を聞いていた3人だったが、シルファの報告が終わると思わず歓声が上がった。

「すごいすごい!やったね、シルファ!」
嬉しそうにラヴィンが言った。
「一緒に行けるんだぁ。わぁーなんか楽しみになってきたねっ。」
「うん。僕もすごく楽しみ。父上からそんな話をされるなんて、まだ信じられないよ。今回ばかりは兄上にも感謝だなぁ。」
「うんうん。いいお兄さんじゃん。お父さんもさ、きっとシルファの為に調査に行けるようにしてくれたんだよ。頑張らなきゃね〜。」
2人、にっこりと微笑み合う。

「良かったな。」
ジェンも言った。
「普段なかなかギリアから出られないんだろ?魔法のことはよく分からないけど、いい経験になるんじゃないか。」
「そうなんだ。僕、友達と泊りがけで出かけるなんて初めてでさ。あ、そう言えば嬉しすぎて何にも考えてなかったけど、まず何をすればいいのかな。」
ジェンを見ながら、シルファが首を捻った。

「じゃあまずは、シルファの荷物の準備からね。私とラヴィンでやりましょ。ジェンは、早く村へ出発できるように、香料の研究頑張ってちょうだい。」
ジェンを見上げてそう言ったマリーに、ジェンが苦笑いの表情を浮かべる。
「あーはいはい。頑張りますよ。もう数日で目途が立つから。もうちょっと待ってくれな。」

それと、と思い出したように付け加える。
「何度も言うけどな、俺たちのこれは仕事だからな?ジェイド社長にはきちんと話しとくこと。」
「「ハーイ!」」

ラヴィンとシルファの声が重なって、楽しげに響いた。


「よぅし!」
ラヴィンが勢いよく立ち上がる。
「まずは必要なものでこの店にあるもの、見に行こう!で、ついでに叔父さんたちにも報告しようよ、シルファも一緒に行けるってこと!」
シルファの手を握って引っ張った。
つられてシルファも立ち上がる。
「うん!わ、わ、待ってラヴィン。転ぶ転ぶっ。」
ラヴィンの勢いに引っ張られながら、2人は玄関に向かった。

ジェンとマリーも顔を見合わせると、どちらともなく笑顔になる。
席を立つと、2人の後に続いて店に向かった。

第10章 旅支度③ ( No.61 )
日時: 2015/08/10 22:04
名前: 詩織 (ID: uqhP6q4I)

「おっはよー!・・あれ?どしたの叔父さん?」
「おう・・。ラヴィンか。」

珍しく朝から気だるそうな叔父に、ラヴィンは思わず声をかけた。

店の裏口から中へ入ると、カウンター奥の荷物置き場の木箱にジェイドが腰かけていた。
だるそうに壁にもたれて、目線だけを向ける。

「いやぁ。ちょっとな・・。」
「単なる二日酔いと寝不足です。心配要りませんよ。自業自得ってやつですね。」
ジェイドの隣に立つアレンが、にっこり笑顔で辛辣な解説をする。
顔はにこにこしているが・・、目が笑っていない。

「あ、え?そ、そうなの?大変ね。」

何があったのか分からないけど。
(この笑顔には逆らわないほうがいい・・。)
全員、心の中で思った。

「くそぉ・・。今日は半日ゆっくり寝られると思ったのに・・。」
「甘いです。あなたは社長なんですよ?急なトラブルや予定変更は日常茶飯事のはずです。それに・・」
アレンが冷ややかな目でジェイドを見下ろす。
「体調管理には気を遣うよう何度も言ってますよねぇ?な・ん・ど・も。」
相変わらずの笑顔。
だがその声音に、部屋の温度がさらに下がった気がする。

シルファは隣のラヴィンに、こそっと耳打ちする。
(アレンさんて、静かに怒るタイプ?)
(そうなのよ。普段あんまり怒らないんだけどね、叔父さんが無茶するとたまに・・)

「どうしました?」
「!い、いえっ。何でもありませんっ。」
2人はぷるぷると小動物のように首を振った。


昨夜、ジェイドとギズラードは結局明け方近くまで飲んでいた。
久しぶりに昔の思い出話に花が咲き、散々飲んで喋って。気が付いたら2人ともそのままソファで寝てしまったらしい。

どのくらい時間が立ったのか。
ふと、気配を感じて目を開けると——。

腕を組んで仁王立ちのアレンが、額に怒りの青筋を浮かべて2人を見下ろしていたのである。
後ろには怒りオーラが渦巻いていて・・。



「鬼の形相ってのはああいうのを言うんだろうな。あーあれには肝が冷えたぜ。」
「それはこっちのセリフですよ。」
アレンが呆れたように言う。

「隣町の支店で入荷のトラブルがあったから、社長に確認に来てほしいと連絡が入って。休みのところ大変だなぁと少し思いながら自宅に迎えに行ったらですね・・」

覗いた居間でアレンが見たもの。驚くほど度数の高い酒の空瓶が何本も転がるテーブル、そして、ソファで寝こける男たちの姿だった。

「‘少し’かよ。もっと労われってんだ。」
「・・あれだけ飲み散らかして爆睡してた人が何言ってんですか。しかもこの季節にあんな恰好でソファでなんて。風邪でもひいたらどうするんですか。立場考えて下さいよ。」
ビシッと正論を突き付けられ、うっ、と言葉に詰まる。
視線を泳がせたあと、観念したように呟いた。
「スミマセンねぇ。気を付けますよ。」


口を挟まず成り行きを見守っていた4人。
よく分からないが、とりあえず話がひと段落しそうな気配を感じて、ラヴィンはおそるおそる話しかけた。

「えっと、あのさー。」
「おう、なんだラヴィン。そういやどうした、こんな朝から4人そろって。」
「シルファ、さっきは勢いよく走って行きましたね。何かあったんですか?」
「あ、それがですね!」

やっと本題に入れそうだ。
4人で胸をなで下ろすと、シルファは2人に先ほどの事情の説明を始めた。

ジェイドとアレンはシルファの話を聞き終わると、顔を見合わせた。

「それで、あの、もしご迷惑じゃなければ、僕もジェンの研究に同行させて貰えませんか?」
「お願い、叔父さん。仕事の邪魔はしないし、ちゃんと助手として手伝いもするから。ね、いいでしょ?」
遠慮がちにシルファが言い、彼の後ろからラヴィンもジェイドを見上げる。
ラヴィンの隣で、マリーもぺこりと頭を下げた。
「お願いします。」

マリーの積極的な姿を見て、2人は目を丸くした。
そうしてもう一度顔を見合わせると、ジェイドは軽く息を吐き、シルファを見る。
「分かった。分かったよ。そうまで言われちゃ、断る理由もねぇしな。ま、ジェンの仕事を邪魔しないってんなら、いいぜ、別に同行するくらい。」

「わぁ!ありがとうございます。」
「やったぁ。」
「良かったわね、シルファ。」
3人は歓声を上げて盛り上がった。

「ありがとうございます、ジェイドさん。」
ジェンが穏やかな声で言った。
「仕事の調査は順調です。あと数回の調査と実験が出来れば、試作品を幾つか提出出来ると思います。ラヴィンとシルファには、助手としてしっかり働いてもらいますから。」
喜ぶ3人を見ながら微笑む。

「おう。よろしくな。こいつらの事も、任せたぜ。おい、お前ら。ちゃんとジェンの言うこと聞くんだぞ。」
「「はーい。」」
シルファとラヴィンが返事をし、マリーもこくんと頷いた。

「なんか遠足の引率みたいだなぁ。」
苦笑するジェンに、アレンが笑った。どうやら機嫌は直ったようだ。
「ま、ジェンは面倒見がいい保護者みたいなもんですしね。」
「アレンさん・・、俺そんな年じゃないんですけど。」
がっくりと肩を落とすジェンを見て、ラヴィンがクスクス笑った。

その時。

「楽しそうじゃーん、ラヴィン!なーに話してんの?」

ラヴィンは頭の上から聞こえた声に振り返ろうとして、盛大に悲鳴を上げた。