コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第10章 旅支度④ ( No.62 )
- 日時: 2015/08/12 13:52
- 名前: 詩織 (ID: uqhP6q4I)
「っきゃあぁあああああっ」
ラヴィンの悲鳴が店内に響く。
首元から手が回され、後ろから思い切り抱きしめられたからだ。
「やだなぁ。俺、俺だってば。」
「え?ギ、ギズ?!」
抱きしめられたまま首を捻ると、斜め後ろから馴染みのある声がした。
「そ。久しぶりだね〜ラヴィン。相変わらず可愛いなぁ。」
「ちょ、ちょっと、苦しいってば。」
ラヴィンの言葉に、笑いながら少しだけ腕の力を緩める。
「うわ、びっくりした。ホントにギズなの?すごい、久しぶりだねっ。」
見上げた先に懐かしい薄茶色の瞳とそばかすの浮いた笑顔を見つけて、ラヴィンは驚きと喜びの声を上げた。
「そうだよ〜。元気だった?実は昨日の夜・・」
楽しそうに喋るギズラード。
ジェイドは無言で近づくと、そこらへんにあった冊子を丸めてその頭をスパンと叩いた。
「あイタっ。何すんのさダンナぁ。」
「何すんのじゃねーだろっ。手を離せ。」
「ヤダね〜、久しぶりの再会なんだ。こればっかりはいくらダンナでも譲れねぇな〜。」
べ、と舌をだすギズラードに、ジェイドが再び冊子を構える。
「ま、まあまあ2人とも。叔父さん、私、大丈夫だからっ。」
2人に挟まれたラヴィンが慌ててとりなす。
「で?えーと、ギズ、昨日の夜がどうしたの?」
「そうそう、昨日の夜中に王都に到着してさ、ゆうべはここに泊めて貰ったんだ。」
「それで。散々酒盛りした結果がコレ、ですけどね。」
ちらりと自分を見るアレンに、ジェイドが「コレってなんだよ。」と呟いた。
・・自覚はあるのか、小声ではあったけれど。
そんなアレンの嫌味にも全く動じず、ギズラードはラヴィンを抱きしめたまま嬉しそうに言った。
「だからさ、久しぶりに今日はラヴィンと遊ぼうと思って。」
にかっと笑う。
「相変わらずですね、ギズさん。」
横から苦笑気味にジェンが言う。
もっともこの光景は見慣れているのか、気にしている様子はあまりない。
「おう!お前らも元気だった?ジェン、マリー!」
「ええ。元気よ。あなたも相当元気よね。」
ジェンと同じく、さらりとした調子のマリー。
その中で。
(え?え、えーっと、だ、誰だろう?何だろう、この状況は・・?)
ひとり混乱中なのは、もちろんシルファ少年だ。
目の前には、ダークブラウンのくせっ毛の男性。そばかすの浮いた人懐っこい顔。
ジェンやラパスよりも年上で、ジェイドやアレンよりは年下だろう。
いや、そんなことよりも。
「へへ、ラヴィン、なんか背伸びた?」
「ええ?そうかな?自分じゃ分かんないけど?」
なんであの姿勢のままなんだろう。
ギズラードに抱きしめられたまま、ラヴィンはフツーに会話している。
シルファが戸惑っていると、その後ろ、店の玄関の鈴がチリーンと鳴った。
「はよーごさいまーっす。」
ドアを開けて入ってきたのはラパスだ。
開店前の店内に、何やら人が集まっているのを見た彼は、きょとんとして店内を見渡した。
「なんで皆こんなとこに・・って、あれ?ギっさん?!」
「よ〜ラパス!おはよーさん。元気そうだなっ。」
ギズラードは片手をひらっと上げる。
「うっわぁ。お久しぶりっす!相変わらず元気そうっすね!」
ギズラードのいるところまで歩いてくると、ラパスは満面の笑みで笑った。
(え〜と・・。)
引き続き動揺中のシルファ少年。
(ジェイドさん以外誰も突っ込まないということは・・。あれってふつうなのかなぁ。)
思考はグルグル駆け回る。なんとか顔は平静を保っているつもり・・だったのだが。
「シルファ、シルファ。」
呼ばれてハッと気づくと、振り向いたラパスが意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
ギズラードは後ろのジェンやマリーと、何やら談笑している。
ラパスはシルファの隣りまで来ると、こっそりと小声で囁いた。
「シルファ、顔。顔コワイ。眉間にシワ、寄ってるぜ。」
「え?うわっ。ほんとに?」
慌てたシルファは反射的に両手で額を隠した。
その様子を見てラパスはニヤリと笑った。
「あー、ギズさんのあれね。気にすんな、いつものことだから。」
「べ、別に気にしては・・。」
「鏡見てみ?なんだあいつって顔してるぜ。」
「えええ?うそだぁ。」
慌てるシルファにラパスは堪えきれず笑いだした。
「あははっ。ウソだよ。だいじょぶだって。っぷぷ、お前素直だなぁ、ホント。」
「も、もう!ラパスさん〜!」
顔を赤くしてシルファが叫ぶ。
それを聞いて、ギズラードに抱きしめられたままのラヴィンがこちらを見た。
「シルファ?どしたの?」
「!あ、いやいや、何でもないっ。」
ぶんぶんっと首を振り、隣で笑いを噛み締めているラパスをちらりと睨んだ。
「あ、ごめんね。シルファは初めて会うよね。このひとは・・。もー!ギズ、いい加減離してってば。」
ラヴィンの言葉にはいはーいと軽く返事を返しながら、ギズラードはようやくその腕を離す。
そうして。
シルファに向き直り、そこに立つ男の視線を、シルファは少し緊張した面持ちで見つめ返した。
- 第10章 旅支度⑤ ( No.63 )
- 日時: 2015/08/16 10:43
- 名前: 詩織 (ID: lgK0/KeO)
このひとはね、ギズラード・ミシェルっていうの。
叔父さんの昔からの友達で、今は仕事を手伝ってくれたりもしてるんだ。
私のことは小っちゃい頃からずっと可愛がってくれてるんだよね。
目の前の男を、ラヴィンは微笑みながらそんな風に紹介した。
その声を聞きながら、シルファは改めてその男を見つめる。
明るくて人懐こそうな表情を浮かべ、けれどその瞳の奥では何か自分が見透かされていそうな気がして、何故だか少し緊張した。
そんなシルファに気付いたのか、ギズラードがぱっと相好を崩す。
「やあ。君がシルファ君かぁ。話は聞いてるよ〜。俺、ギズラード。ギズでいいからさ。よろしくねっ。」
手を差し出す。
「あ、はいっ。よろしくお願いします。」
シルファも慌てて手を差し出すと、ギズラードは嬉しそうにその手を握った。
「シルファ君は今日暇?俺久しぶりの王都なんだけど、君も一緒に遊ばないかい?」
「ええと、今日は・・」
言いかけて。
そこで言葉を止めたシルファは、ハッと顔を上げた。
「わ!すっかり忘れてた。」
慌てて懐中時計を取り出すと、時間を確認する。
「良かった。まだ間に合う。」
は〜っと安堵のため息を漏らした。
「ん?どした?」
「すみません。僕、今日は家で頼まれてた仕事があったんでした。朝の出来事で舞い上がって完全に忘れてた。良かったぁ、思い出して。」
そばに置いていた上着を手に取ると、着込みながら申し訳なさそうに言った。
「すみません。また次の機会に。」
ぺこりと頭を下げるシルファに、ギズラードは
「いいっていいって。また、ゆっくりね〜。」
と笑顔のまま、手をひらひらと振った。
「ごめんよ、明日また来るから、その時調査の旅のこと、いろいろ教えてくれるかな。」
ラヴィンたちにそう声をかけると、慌ただしくドアを開ける。
「じゃあ、失礼します。」
振り返ると、じゃあなーと笑顔で見送る面々。
その中で、ラヴィンの肩に片腕を回しながら、もう片方の手でバイバイと手を振るギズラードの姿が目に入った。
(・・・・・)
笑顔で手を振り返し、店を出たシルファ。
少し複雑な気分を味わいながら、来た時よりもだいぶ暖かさの増した家路を急ぐ。
(いい人、なんだろうな。明るくて、優しそうだしさ。)
歩きながら、またぐるぐると思考が巡る。
(きっとお兄さんみたいな感じなのかな。小さな頃から可愛がって貰ってたって言ってたし。うん、そうだそうだ。)
何となく、自分にそう言い聞かせて、っていうかなんで僕こんなこと考えてるんだろ、という自分への突っ込みも同時に思い浮かべながら。
そのもやもやを吹き飛ばすように、シルファは早足で家へと向かった。
- 第10章 旅支度⑥ ( No.64 )
- 日時: 2015/09/05 20:33
- 名前: 詩織 (ID: hAeym9pF)
慌てて帰っていったシルファを見送って。
開店時刻が近づき、店内のメンバーも各々動き出す中「そういえば」とラヴィンが顔を上げる。
「ねぇねぇ叔父さん。」
「あ?なんだ?」
さて、出かけるかと大きく伸びをしていたジェイドがラヴィンを振り返った。
「今度行く村って、ルル湖の南側でしょう?だったらさ、帰り、北岸を通って帰ってきてもいい?ほら、例の噂のファリスロイヤ城ってルル湖の北岸だよね?私も一回でいいから見てみたいんだー。ね、いいでしょ?」
さらりと発せられた思いがけないお願いに、ジェイドは言葉に詰まったままラヴィンを見つめた。
『・・奴らに関係しそうな場所は、ここ。ファリスロイヤだ。』
昨夜のギズラードとの会話が浮かぶ。
そんなジェイドの様子には気付かず、楽しそうな仕草で叔父の顔を覗き込むと、ラヴィンはいたずらっぽく笑った。
「ほら、叔父さんだって仕事の帰り道に寄ったって言ってたじゃない。私も行ってみたいなぁ。ねえねえいいで・・。」
「駄目だ。」
きっぱりと、ジェイドは言い捨てた。
その声音のきつさに、それぞれ動き出していた皆が驚いて2人を見る。
ジェイドがラヴィンに声を荒げることなど、滅多にないことだった。
当のラヴィンも驚きと困惑の表情を浮かべ、黙って叔父を見上げている。
「それは駄目だ、ラヴィン。」
先ほどよりは抑えた声で、しかしきっぱりとした口調で、ジェイドは言った。
皆が何事かと見守る中。
———ギズラードだけは表情を変えず、頭の後ろで手を組んだ姿勢のまま、2人の様子を眺めていた。
「これはあくまでもジェンの仕事がメインだからな。遊びじゃないんだ。」
真剣な顔で言ってから、大きく息を吐き出すと、表情を緩めてラヴィンの目を覗き込む。
「分かるな。あの辺だって比較的安全とはいえ、旅となれば何が起こるか分からない。それは知ってるだろ。」
「・・うん。」
「今回は相手がいる仕事だ。依頼主に結果を出すことを最優先に考える。ついて行って村で調査することは許可するが、ジェンの仕事が終わったら真っ直ぐ帰ってこい。・・な?」
「うん、分かった。ごめんなさい。」
神妙な顔で謝るラヴィンの頭を、ジェイドは優しく撫でて笑った。
「おし。分かればいいさ。ま、またいつか落ち着いたらゆっくり見に行けばいいだろ。んじゃ、俺は支店の方へ顔出して来るから。」
話題を切り替えるように明るい声で言うと、アレンに「行くぞ。」と声をかけた。
「あ、はいはい。準備は出来てますよ。」
アレンが鞄を手に取り玄関へ向かう。
その顔にはほっとしたような表情が浮かんでいたが、あえて口を挟むことはしなかった。
ジェン、マリー、ラパスの3人も、ほっと安堵のため息をつくと、それぞれの仕事へと動き出した。
そんな様子を眺めながら。
(そりゃあ、今行かせるのはマズイもんねぇ、ダンナ。)
顔には出さず、ギズラードはジェイドの後ろ姿に心の中で語りかける。
(相変わらず、可愛い姪には甘いよねぇ。・・まぁ、俺もだけどさ。)
心の中だけで小さく笑って、くるりと向きを変えると、ラヴィンの傍へと歩き出した。
「そうだ。 ——ジェン、午後俺が戻ったら話がある。ちょっと社長室に顔出してくれ。」
「分かりました。じゃあこれまでの資料まとめて、後で寄ります。」
答えるジェンによろしくなと声をかけると、ジェイドはアレンと共に出かけて行った。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
その日の夜。
なんの話だったの?と聞くラヴィンとマリーに
「仕事の話だよ。」
とだけ答え、ジェンは仕事机に向かった。
もう少し調べ物がしたいから、先に寝ててくれ。
そう言われて、ラヴィンとマリーは2人で寝室のベットに潜り込む。
「ふう。今日は朝からいろいろあったねー。」
もぞもぞと布団に潜りながら、ラヴィンが言った。
「そうね。けど、シルファが一緒に行けるようになって良かったわね。すごく行きたがってたし。厳しいお家だと思ってたけど、案外息子に甘いのかしら。」
「またまたぁ。マリーってばそんなこと言って。マリーだって嬉しいんでしょ?シルファと一緒に行けること。」
ふふふ、と笑って、ラヴィンはマリーの髪を撫でた。
マリーは少し顔を赤くして、そっぽを向いたけれど、呟いた声をラヴィンは聞き逃さなかった。
「・・そりゃあ。嬉しいわよ。」
そんなマリーの姿に、ラヴィンは自然と口元がほころぶ。
マリーの過去を、ラヴィンも全て知っているわけではないけれど。
抱えたものの為に、人と距離を置こうとする彼女の姿をいつも見てきたから。
少しずつではあるけれど、シルファという少年に心を開きつつあるマリーの姿を見るのはとても嬉しいことだった。
「シルファは、いい子だよね。」
布団の中で、そっとマリーを抱きしめながらラヴィンが言った。
「・・うん。」
それだけ答えると、マリーはゆっくりと目を閉じて、ラヴィンの胸に頭を寄せる。
風もなく、静かな夜。
月明かりが差し込む部屋で、2人で眠るベットは暖かい。
(明日シルファが来たら、さっそく計画を立てて、荷物を揃えに行こう。)
次第に瞼が重たくなるのを感じながら、ラヴィンはこれからのことを考えて、幸せな眠りについたのだった。
——— そうしてあっという間に十日ほど経った頃、ジェンの準備が整ったことから、4人は目的の村「エイベリー」を目指し、ギリアの街を出発した。