コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第11章 女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜 ( No.65 )
日時: 2015/08/28 14:34
名前: 詩織 (ID: cSw9GUzL)

第11章  女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜

「シルファ、こっちこっち!」

前方から聞こえるラヴィンの声を頼りに、シルファはぼうぼうと生い茂った雑草をかき分けて木立の間を進む。
しばらく行くと急に視界が開け、まぶしい日差しに思わず目を細めた。
鬱蒼とした林を抜けたそこは、小さいけれどきれいに開けた空間になっていて。
声の主である少女はそこで足を止めると、息を弾ませシルファを振り返った。

「お疲れ様っ。ここだよ。」
赤い髪をひとつに括り、動きやすい旅装束姿でラヴィンは笑う。
隣には、彼らの目的のものが立っていた。


マリーの背丈よりも少し低く、平たい楕円形の石を縦に地面に埋めたような形。
村人によってきれいに刈り取られた草地の中に、ひっそりと、その石碑は置かれていた。


「うわぁ、本物だ。・・・あの絵そっくり。」
シンプルな、一見ただの大きな石のようにも見えた。
だがよく見ると、その苔むした表面には何か彫られている。
「・・・・・。」
ゆっくりと、手でなぞってみた。
ざらりとした感触。
石特有の、ひんやりとした温度。
目線を合わせるように、石碑の前にしゃがみこんだ。
彫られているのは確かに、最近何度も何度も繰り返し見てきた、あの魔法文字だ。

「なんか・・、本物見ると、やっぱ違うね。なんかちょっと感動かも。」
触った右手を開いたり閉じたりしながら、視線は石碑に釘付けのシルファを見て、ラヴィンがクスクスと笑った。
「だよね。私も前回初めて見たときそうだったもの。それまで絵でしか見てなかったものが、ちゃんと本物だぁって思って。」
うんうんと大きく頷きながら、シルファは改めてジェンのスケッチの精密さにも感動していた。
彼が描いたノートの中の石碑とそっくり同じものが、目の前に立っていたのだから。


———— ルル湖南側に位置する村、『エイベリー』。
特別な観光名所など何もない、小さく静かな村である。
宿は食堂兼宿屋が一件だけ。
宿屋と言っても、1階が食堂になっていて、その2階の空き部屋をついでに貸出しているという簡素なものだ。
街道からは少し外れるし、旅人などあまりこない村なのだろう。

4人が到着したのは昨日の夕方。
挨拶と仕事の話をする為に村長を尋ねると、大歓迎で迎えられた。
静かでのどかな良い村だが、過疎の不安を抱える村長は、ぜひともあの花の香料で村を活性化させたい!と意気込んでいる。
郷土料理たっぷりの夕食までふるまってくれた。

お腹がいっぱいになった4人は旅の疲れもあり、その夜は早々とベットに潜り込み、あっという間に眠ってしまった。

そして翌日。
朝からジェンの仕事の手伝いをした後、手が空いたシルファとラヴィンはさっそく例の石碑を調べる為、探検に出かけたのだった。



石碑を前にして、シルファはしばらくの間珍しそうに表面に触れたり、いろんな角度から眺めてみたりしていたが、一息つくとさっそく資料を取り出して座り込んだ。
ラヴィンはその隣に腰を下ろすと、一緒に彼の資料を覗き込む。

「まずはここに彫られているのがどの文字になるのか調べたいね。」
「そうだね。シルファはどれだと思うの?」
「うーん。全体の形はこれに似てるんだけど・・。」
文字の一覧の中から、四角っぽい形の幾何学模様を指さした。
「そうだねぇ・・。でもさ、ここ、このすみっこのトコ。ちょっと違わない?」
「だよねー。やっぱこれは違うかぁ。」

石碑はところどころ風化されたり苔に覆われたりして、見ただけでは分かりづらい。
2人はそーっと触ってみたり、視点を変えたりしながら丁寧に観察していった。

「あ、ねぇシルファ!ここにくぼみがあるよ。」
「え?どこどこ?わっ、ほんとだ。あれ?てことは・・。」
シルファは資料に視線を走らせる。
その瞳がきらきらっと輝いた。
「わかった!これだ!」
「え?どれ?どれ?」
顔を上げるシルファにラヴィンが飛びつくように尋ねる。
「ほら、ここ。これと全く同じじゃない?この角とか、ラインとかさ。」
「ほんとだぁ!」
ラヴィンが、まるでなぞなぞを解いた子どものような歓声を上げた。
「ホントにあったねぇ。スケッチだと文字の詳細まではよく分からなかったもんね。」
「よし。じゃあ他の石碑も回って、とりあえず全部の文字を並べてみよう。そしたら意味が見えてくるかも。」
「うんっ。じゃあ、次のポイント、行ってみる?」
ラヴィンの言葉に、シルファは大きく頷いた。
好奇心いっぱいの、わくわくした瞳で。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


第2の石碑は、深い森の中だった。
先ほどの林よりも、さらに鬱蒼とした木々の中。
ほとんど日も差さないような薄暗い場所に、同じように、ひっそりと。

先ほどとは違い、ここは村人でも普段あまりこない場所なのか、人の手が入ったのはだいぶ前のようだ。
伸び放題の植物に半分埋もれるように、静かに、石碑はそこに在った。

慣れないシルファは、木の根に足を取られては引っくり返りそうになったり、ぬかるみで滑って服がどろんこになったり。ひやひやしながら進んでいった。
対してラヴィンはこんなシチュエーションにも慣れっこなのか、ひょいひょいと身軽に進んで行く。

「ちょ、待ってラヴィンっ、うわっ。」
「シルファは魔法使いで体力もあるはずなのにねぇ。」
シルファがずっこけそうになるたび、手を差し伸べて、楽しそうに笑った。
女の子にそんな風に笑われても、情けなくなる気持ちより、ラヴィンはすごいなぁと素直に思う気持ちの方が強くて、シルファは自分でも不思議だった。

兄たちに同じことを言われたら、きっと意地でも手を取ることはせず、無理やりにでも自分で歩き続けただろう。
悔しいとか、情けないとか思いながら。

けれど、どうして今、自分はそう思わないんだろう?
ラヴィンの前では、なぜか背伸びしなくてもいい気がして、素直でいられる。

(そりゃあちょっとは、カッコ悪いかなぁとか思ったりするけどさ。)

ラヴィンに助けられながら、彼女の顔を見る。
「ん?大丈夫?」
小首を傾げて聞いてくるその笑顔は、バカにした様子なんて一切なくて。
ただただ素直にシルファと歩くことを楽しんでいる、そんな笑顔。
シルファはその手を握り返すと立ち上がり、服の裾を払って言った。
「大丈夫だよ。行こう。」

そうして2人は第2の石碑も解読し、続けて第3の石碑を目指した。

第11章 女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜② ( No.66 )
日時: 2015/08/30 22:47
名前: 詩織 (ID: pfKTVxMr)

第3の石碑は、川のほとりに立てられていた。

村の中を流れる小川は重要な生活用水にもなっていて、少し離れた下流の方からは村の主婦たちの賑やかな声が聞こえてくる。

「ひゃあ、冷た〜い。」
おそるおそる川の水に手を浸したラヴィンが、声を上げて手を引っ込めた。
急いで手を拭う。
「うー、じんじんする。川の水はまだ冷たいね。」
言いながら小走りに日向に立つ石碑のもとにやって来た。
手を太陽にかざしながら、資料とにらめっこするシルファに話しかける。
「どう?なんか分かった?」
「うーん。多分、これかな・・。」
シルファは石碑の表面に彫られた部分を手でなぞった。
「ほら、ここ。このくねっとしたラインと凹凸。これと一致しないかな?」
「ええと・・。そだね。このクネクネはこれしかないんじゃないかなぁ。」
2人が顔を突き合わせ、ああだこうだと話していると、後ろから可愛らしい声が2人の名を呼ぶのが聞こえた。


「見つけた!2人とも、ここに居たのね。ジェンがそろそろお昼の休憩にしようかって。これる?」
「ああ、マリー。呼びに来てくれたんだ。ありがと。」
やって来たマリーを見て、シルファは微笑みかけた。
「よくここが分かったね、マリー。」
ラヴィンの問いに、マリーはふふんと笑って答えた。
「さっきこの辺りで洗濯してた村の人が教えてくれたの。お友達を川の辺りで見かけたわよって。」
「ああ、それで。」
2人は納得の表情になる。
「宿のおばちゃんがサンドイッチ作ってくれたから、あっちの野原のほうで食べようって。ジェンの仕事道具、あっちに広げてるから。」
「了解。シルファ、行こ。私もうお腹ぺこぺこ。」
ラヴィンがそう言ってお腹を押さえると、タイミングよくぐぅっと音が鳴った。
3人は顔を見合わせると、プっと吹き出した。
「あはは、僕もお腹すいた。じゃあジェンのとこに行こっか。」
朝早くから動き回っていて、ラヴィンでなくとも皆空腹に襲われていた。
急いで荷物を片付けてカバンを背負うと、自然と早足になりながら、ジェンの待つ野原へと向かって歩きだした。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

「で?どうだよ、そっちの首尾は?」
サンドイッチを片手に、ジェンがシルファとラヴィンを見る。
野原の一角に腰を下ろし、4人は宿のおかみさんが持たせてくれたお弁当を広げて昼食をとっていた。

メインメニューは粗挽きの粉で焼いたパンに、採れたての野菜やチーズを挟んだサンドイッチ。
他にもジャガイモを茹でたサラダと果物もつけてくれてあって、ラヴィンは目を輝かせた。

「午前中のうちに、みっつの石碑を見てきたよ。」
シルファが答える。
「ここまでは順調かな。なんとか文字も解読できてるし、できたら午後はもう少し範囲を広げて探索してみたいんだ。ジェンのほうは?」
「ああ、こっちもちょうど面白いとこだ。」
ジェンが辺りを見回しながら言う。

彼らの陣取っている野原には、今回の研究対象である赤い花が一面に咲いていた。
ふわりとした花の甘い香りが、風に乗って運ばれてくる。

「不思議なんだよな、この花。ここらの土地特有の植物みたいだけど、王都では見たことない種類だ。生育条件も変わってるし・・。使い方によっては村の名産として十分商品化出来るだろうな。ま、なんにしても研究者にとってはすげー興味深い植物だよ。」
声は相変わらず落ち着いているが、目がキラキラとしている。
その生き生きした顔を見て、やっぱ研究者だなージェンはとラヴィンが笑い、シルファは自分も石碑の前ではきっとこんな顔してるんだろうなーと思った。

「僕らに何か手伝えることはあるかい?」
「いや。」
シルファの問いに、ジェンは首を横に振った。
「今日のところは俺とマリーがいれば十分だ。そっちは午後も自由行動でいいぞ。春と言ってもまだ日が暮れるのは早いから、夕方は早めに宿に戻ってきてくれ。」


___ 春のはじまり。

季節が冬から春へと移った今の時期、吹いてくる風は優しいものに変わっていた。
晴れた日の昼間なら、こうして外で食事もできる。
心地よい春風が頬を撫で、髪を揺らす。
ついウトウトとまどろみたくなるような、そんな柔らかい春の日差しが、野原の草や花に降り注いでいた。

「うん、分かった。じゃあ午後はちょっと離れたとこの石碑を調べに行こうよ、ラヴィン。」
そう言ってシルファが隣を見ると、ラヴィンが大きな口を開けてサンドイッチを頬張るところだった。
「んん!」
ほっぺたを膨らませ、もぐもぐとそれは幸せそうにパンを頬張りながら、ラヴィンはコクコクと頷いた。

「あ!ちょっとぉ、ラヴィン!あなたサンドイッチいくつ食べてるのよ?私まだ2つしか食べてないんだから!」
ラヴィンの手元を見ながらマリーが叫んだ。
「らってー、おいしいんらもん。」
「もお。ラヴィンのくいしんぼ!」
相変わらずもごもごと口を動かすラヴィンに、マリーがくってかかる。
「あー。平和だなー。」
2人のやり取りを眺めていたジェンは、お茶をすすりながらそう呟き、マリーから「じじくさい」と言われてちょっぴりショックを受けていた。


シルファは空を見上げた。
うららかな春の昼下がり。
青空には白い雲と、鳥が舞っているのが見える。
「よーし。午後も探索、頑張ろーっと。」
楽しげに呟いて、空に向かって思いっきり腕を伸ばした。

第11章 女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜③ ( No.67 )
日時: 2015/08/31 20:50
名前: 詩織 (ID: DTH1JhWe)

「ここかぁ・・。」
「・・うん。ここなんだよね・・。」
シルファは目の前にある木で作られた柵と、簡素な作りの入り口を眺めた。

入り口の奥に広がるのは、同じような形に彫られた石が幾つも並べて立てられている光景。
その意味は・・。
「・・墓地?」
「うん。」
2人は顔を見合わせた。

村の家々が集まる中心地からしばらく歩いて、2人は地図でいう村の端まで来ていた。
そこにあったのは、墓地。
今は人気もなくひっそりとしている。
小さいが、やはり特別な場所という空気が漂っていた。
昼間だというのに、高く育った木々に囲まれていてなんとなく薄暗い。

「この中に石碑が?」
「そう。墓地の敷地内の奥側に。」
「あ、そっか。ラヴィンは前回一度来てるんだよね。」
「あー・・。ううん。ここには来てないの。ここはジェンが調べてくれて・・。」
「そうなんだ。」
「・・どうする?」
「どうするって・・行くしかないよね?でも、いいのかな。僕らなんかが入っちゃって。」
「あ、それは大丈夫。事前に村長さんにも許可とってあるし。そうじゃなくて・・。」
「?どうしたの?」
心なしかラヴィンの顔色が悪いように見えた。
妙に歯切れの悪い言い方が気になって、彼女の顔を覗き込む。

「あのさ、私・・。」
ラヴィンが言いかけたその時。

バサバサバサ!っと、大きな音がして、彼らの横にあった木の枝が大きく揺れた。

「っうっきゃあああー!!」
シルファはどん、という軽い衝撃を感じながら、その光景に目を丸くした。
舞ってくる木葉にまみれながら、悲鳴を上げたラヴィンが自分にしがみついてきたのだ。

「ラヴィン?どうしたの?」
「なんかっ、なんかいた!今、なんかいたでしょ?」
しがみついたままの姿勢で、ラヴィンが叫んだ。
「え、なんかっていうか・・。うん、鳥が飛んでったけど?」
「・・鳥?」
おそるおそる顔を上げる。

ゆっくりと辺りを見回すと、そろりそろりと視線を上げた。

2人の目が合う。
頭には振ってきた木葉を乗せたままだ。

「・・・・。」
「・・・ふっ。」

シルファは堪え切れず、大きな笑い声を上げた。
「あっはははは!ラヴィン、君もしかして、幽霊とか苦手なの?」
目に浮かぶ涙を拭って、ラヴィンを見下ろした。
片手は腹部に当てられている。
つまり、腹を抱えて笑っていた。

「もー!!シルファ笑いすぎっ。そうよ、大っ嫌いよお化けなんて!怖いんだもの仕方ないじゃない!悪いっ?私だってねぇ、怖いものくらいあるんだからっ。」
シルファの反応に憤慨したラヴィンはプイっとそっぽを向いた。

「ご、ごめん・・、あはは。」
「全然悪いと思ってないっ。」
シルファの笑いはしばらく収まらず、ラヴィンはぷんすかし続けた。
「ごめんってば。いや、なんか意外で。」
やっと笑いの発作が収まってくると、シルファは言い訳するようにラヴィンを覗き込んだ。

だってさ。
遠い町から、ひとりで何日も旅して王都までやってきて。
柄の悪い男たちに囲まれ、ナイフまで出されても怯むことなく勝気に向かっていき。
足場の悪い森の中でも軽々と進んでいくようなラヴィン。
そういえばここへ来る道中でも、声をかけてきた男たちを軽くあしらっていたっけ。
実際そこらへんの男には負けないほど、強い。

そんな彼女が、まさか。
「お化けが怖いなんて。なんか、可愛いなって思ってさ。」
言いながら、しかし堪え切れずに再びクスクスと笑うシルファ。
言われたラヴィンは、「もう。」とだけ言ってまたそっぽを向いた。

(〜〜〜っ。もぉ!なんでそういうセリフをさらっと言っちゃうかなぁ!シルファってば。)

その顔がうっすら赤くなっていることに、シルファは気付いていない。
ラヴィンに機嫌を直してもらおうと、何度も謝っていた。

「しょうがないなあ。許してあげる。そのかわり、シルファが前、歩いてよね。」
上目遣いに睨まれて、シルファは苦笑しながら言った。
「分かってるって。大丈夫。僕、全然怖くないから、こういうの。あんまり出番ないけどさ、魔法だって使えるんだし。さ、行ってみようよ?」
そういうと、ラヴィンを促して歩き出す。

きゅ、っと服が引っ張られるのを感じて振り返ると、背中の服を両手で掴んだラヴィンと目が合った。
「・・なによ。」
「なんでもない、なんでもない。さ、行くよ。」

珍しく自分が頼られてるのを感じて、シルファはなんだか嬉しかったりしたのだけれど、これ以上ラヴィンの機嫌を損ねてはいけないと、口には出さずに歩いていく。
その後ろに、おそるおそる、ラヴィンもくっついていく。

こうして彼らの4つ目となる石碑の探索はスタートした。