コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: はじまりの物語 ( No.70 )
日時: 2016/06/18 21:48
名前: 詩織 (ID: rjNBQ1VC)

———その昔、わしらのご先祖様たちは、ここよりもっと西の地に住んでおったそうじゃ。

ところが、災害か、戦か・・何かの事情でもとの土地から離れ、新天地を求めて旅を続ける生活の中で、この土地を見つけたらしい。そうしてここに村を作り、移り住んだのじゃ———

そんな風に、ノエルの話は始まった。


「エルス様の神話や信仰がいつからあるのか、わしは知らん。とにかくここいらでは、生まれた時からエルス様のご加護のもとに暮らして居るのじゃよ。大地も、水も、人も・・、皆エルス様が守って下すっておる。」

そう言って、ノエルはとても神聖なものを見るような瞳で石碑を見つめた。
それは、慈愛に満ちた眼差しだった。
まるでそこに、美しい女神の御心が宿っているかのように。

「ご先祖様たちも、もともとエルス様を信仰していたらしい。この土地を見つけられたのも、エルス様による導きだという言い伝えじゃからな。」
「導きというと?」
ノートをとっていたシルファが顔を上げて聞いた。

「ご先祖様たちが土地を探していた頃の話じゃ。星も月も見えない真っ暗な闇夜のこと。森の漆黒の闇の中に、エルス様が現れたそうじゃ。」
「女神様が?」
ラヴィンが声を上げる。

ノエルは頷くと、話を続けた。
「淡い光が辺りを照らす中、その中心に、それはそれは美しい女神様の姿が浮かんでいるのをご先祖様たちは見ていたらしい。」

言い伝え通りの淡い金色の長い髪、宝石のような真紅の瞳をした女神エルスは、優しい微笑みを浮かべ手をひと振りした。

すると、光の輪が広がり、女神とその周りにあった石碑が燦然と輝きだす。
光は更に大きくなると、辺り一面を包み込み、流浪の民たちはあまりの眩しさに目を閉じた。
思わず意識が遠のくほどの光だったそうだ。

・・・気が付くと、光は消えていて、女神の姿もない。
そこにあったのは、静かな森と、元どおりの闇夜であった。

けれど翌日、再び森を探索した民たちは確信する。

あれは夢まぼろしなどではなく、女神による啓示だと。
なぜなら。

「女神と共に輝いていた石碑が、実際にあったからじゃ。それからご先祖様たちは、そこをエルス様ご降臨の土地として敬い、村を作り、エルス様に祈りを捧げながら静かに暮らしてきた。・・と、言うわけじゃな。古くからの言い伝えじゃ。」
白くふさふさとした柔らかそうなヒゲを撫でながら、ノエルは穏やかな声で締めくくった。

「こんなもんでどうじゃ、若いの。」
「・・あ、はいっ。ありがとうございます。」
黙ったままノエルの話に聞き入っていたシルファは、慌てて礼を言った。
「貴重なお話でした。面白かったです。」
頭を下げるシルファに、ノエルは満足そうに笑った。

しかし、急に思い出したように表情を曇らせる。

「お前たち、エルス様について調べとるとか言ったな。学者かなんかか。」
「あー、うーんと。まぁそんなものよ。研究者なの。」
ラヴィンが適当にごまかしつつ言うと、ノエルは真剣な顔で2人を見返した。
「なら、悪いことは言わん。どんな噂を聞いても、あの『魔女の棲む山』には行ってはいかんぞ。」
「魔女?」
「何それ?」

不思議そうに自分を見る少年と少女に、それまでとはうって変わった低く重い口調でノエルは告げた。
「これは村の誰でも知ってる話じゃ。そのうち誰かから聞くじゃろ。2人とも、後ろを向いてみろ。」
「?」
言われるままに2人が振り返る。
ノエルは2人の視線の先を指さした。
「あそこに山が見えるじゃろう。」
ノエルが指さしたのは、村から少し離れたところに見える山だ。
麓の辺は木が生い茂り、ここからではもちろんよく見えない。
「あの山が、どうかしたんですか?」
シルファが聞いた。

「これもまた、昔の話じゃがな。」
そう前置きして、ノエルは再び語った。

「女神エルス様の力を我が物にしようと、企んだ魔女がおったのじゃ。
たいそうな魔法の力の持ち主だったそうじゃが・・。エルス様の力には及ばず、力尽き、その魂はどこかの大地へと封じられたと聞く。」
「女神様が勝ったのね。」
「その封じられたとされる場所が、あの山だと言うことでしょうか。」
シルファの問いに、ノエルは頷く。

「ああ、そういう言い伝えじゃ。しかし魔女の念は凄まじく、封じられたあともその亡霊は辺りを彷徨い、その姿を見たものや声を聞いたものは呪い殺されると恐れられている。」

そこまでじっとノエルの話を聞いていたシルファだが...。
ハッ!と気づいて隣を振り返った。

「ラ、ラヴィン!?大丈夫?」
おそるおそる、顔を覗き込む。
「・・・・・」

引きつった表情のまま、完全に固まっている。
「ラヴィン、しっかり!大丈夫だって!僕もいるからっ。」
ゆさゆさと肩を揺すると
「・・え?あ、ああ。シルファ。そう、そうよね。うん、平気平気。」
明らかに平気には見えない顔で、ラヴィンが呟いた。

「なんじゃ小娘、幽霊が怖いのか?」
2人のやりとりを見ていたノエルが、笑い声を上げた。
「研究者とか言っとっても、やっぱり小娘は小娘じゃな。あのな、この村では昔から、言うことを聞かない悪ガキには、『こら、魔女の棲む山に置いてくるぞ』というんじゃよ。そうすりゃすぐ言うことを聞く。それだけ怖がられてる言い伝えということじゃな。わっはっは。」
「うわーなんてひどい村〜。」
快活に笑う老人に、ラヴィンは恨みがましい目をして呟いた。

ひとしきり笑ったあとで、落ち着きを取り戻したノエルは再び穏やかな声で語りかけた。
「昔話と言われればそれまで。じゃが、昔の人々がそんな風に語り継いだのにも、何か理由があるかもしれん。とにかくここらへんの者は、あの山には決して近づかん。」
「あの山には、人は住んでいるんですか?」
「いや、聞いたことはないな。何百年も前は鉱山として使われていたこともあったそうじゃが・・」
「昔の鉱山か・・。」
シルファは思案気に眉根を寄せる。

「いいか。あの山には興味本位で近づいてはいかん。何があるかわからんからな。」
念を押してくるノエルにシルファは頷いた。
・・心の中では違うことを考えていたが。

ラヴィンも大きく頷いた。何度も何度も。
・・心の中ではもちろん、絶対そんなとこ行くもんか。そう呟いているのが丸わかりな顔で。

女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜 ( No.71 )
日時: 2015/09/20 19:19
名前: 詩織 (ID: z6zuk1Ot)

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


「で?どうする気?シルファ。」
ラヴィンに尋ねられ、シルファはどう答えるか迷っていた。

親切な老人に別れを告げ、2人は村の外れまで来ていた。
もちろん、シルファの心は決まっている。
ノエルの話を聞いている時から、次の行き先は決まっていた。

けれど・・。
暫くの間、逡巡する。

そんなシルファの様子を見ていたラヴィンは、はぁ、と大きなため息をついて口を開いた。
「行きたいんでしょ、『魔女の棲む山』。分かりやすいよね、シルファって。」
仕方ないなぁ。
そう言ってシルファを見上げる。

シルファは「あー。」とか「うー。」とか、ごにょごにょ言っていたが、観念したように言った。
「うん。僕は一度自分の目で確かめに行こうと思うんだ。でも・・」
辺りの空を見回す。
すでに午後も昼より夕暮れに近い時間になりつつある。
ジェンとの約束は、守らなければ。

「今日はもうこの時間だから・・、どのみち近くまで行って外から見てみるくらいになると思う。今夜ジェンに相談して許可がもらえたら、明日もう一度探索に行こうと思ってるんだ。」

だから、とシルファはラヴィンを見た。

「ラヴィンは先に戻ってて。僕ひとりで大丈夫だから。」
ノエルの話を聞いた後の青ざめた顔を思い出し、探索は自分1人で行くつもりだった。
あんなに怖がっているラヴィンを連れて行くのは可哀想だと思ったから。

「様子を見たらすぐ帰るから。ラヴィンも気をつけて。」
それじゃあ、と村の外へと向かって歩き出す。

数歩進んだところで、きゅ、っと服が引っ張られた。
横を見ると、隣に並んで歩くラヴィン。
片方の手で、シルファの上着の裾をきゅっと握り締めて。

「ラヴィン?先に帰ってって・・」
「私も行く。」
前を向いたまま、ラヴィンは言った。

「でも、怖いんじゃ・・」
「怖いけど!亡霊なんて死んでも会いたくないけどっ!」
本気で嫌そうに言い、でも、と続ける。
「何があるかわかんないって、ノエルさん言ってたし。シルファ1人じゃ心配だもん。私は大丈夫。何かあったら、シルファ、助けてくれるんでしょう?」
ちらりとシルファを見上げた。

シルファは驚いて。

そして、微笑んだ。

「うん。」

そんなシルファを見て、ラヴィンも笑顔を浮かべる。

歩きながら、シルファの手が、服を掴んでいるラヴィンの手を取る。
小さなラヴィンの手を、シルファの大きな手がきゅっと握った。

それだけで、ラヴィンはとても安心できた。


そうして2人は、ノエルの指さした山に向かって、村の外へと伸びる道を並んで歩きだした。