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- 第12章 『魔女の棲む山』〜密会〜 ( No.82 )
- 日時: 2015/10/23 21:44
- 名前: 詩織 (ID: maEUf.FW)
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ラヴィンたちが、エイベリー村で子守唄に耳を澄ませていたその頃。
王都、ライドネル家の一室。
誰も近づかぬようきつく言い渡されたその部屋の中では、3人の男が対峙していた。
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「勝手な行動はしないで頂きたい。」
厳しい口調のユサファを前にして、クロドはうすら笑いを浮かべた。
「申し訳ありませんなぁ、ユサファ殿。うちのバカどもが、ご迷惑を。」
ニヤニヤとした笑みを貼り付けたまま、クロドは口だけの謝罪を述べた。
低姿勢をとっているように見せて、こちらの言い分を本気で聞く気はないような、そんな態度だった。
撫で付けた黒髪に、きちんとしたスーツを着こなした、ユサファと同年代くらいの男。
胸ポケットには白いハンカチ。
襟元にはギラギラと光る宝石の飾りがあしらわれ、ひと目で裕福な立場の人間だと分かる。
————以前シルファとイルナリアがライドネル家で見かけた、あの、使いの男だ。
自分を厳しい眼差しで見つめるユサファと、その後ろに控える弟、ロン・ライドネルを眺めながら、クロドは目を細める。
「・・そうして凄まれると、味方ながら恐ろしいですな。やはりライドネル家現ご当主と弟君ともなれば、貫禄が違う。いやはや、さすが。」
「お世辞は結構。」
ユサファはクロドの言葉をきっぱりと切り捨て、一通の封書を差し出した。
この男と話していても時間のムダだ。
価値を置くものが違いすぎる。
「これを、グレン公爵様に。」
要件だけを、端的に伝える。
それだけで、クロドは理解したようだ。
「承知致しました。」
慇懃無礼ともとれる態度で礼をし手を差し出すと、それを受け取った。
「先日の件につきましては、こちらでも対処策をこうじております。まぁ、そんなにご心配なさらずに。」
「なぜ、」
ユサファの後ろから強ばった声がした。
「なぜそのように笑っておられる?あの時、たまたま私が側にいなければ、貴殿の部下たちは賊として役人に引き渡されていた!もしそこから計画が漏れれば・・・、漏れなくとも、何か人々の興味を引くような噂でも流れれば、気づかれずに事を進めることに支障がでよう!そうなったら・・」
「ロン。」
クロドの態度に思わずいきり立った弟を、ユサファは静かに制した。
普段は冷静に状況を見る彼が、感情的になるのは珍しい。
ロンはまだ何か言いたげではあったが、口をつぐむと大人しく兄に従い、一歩後ろに身体を引いた。
「ですから、大変申し訳なかったと申し上げているのです。部下たちも、私の為になると思って勝手にあんな愚かな行動を・・。」
「———貴殿の指示ではないと?」
クロドを睨んだまま、ロンが再び口を挟んだ。
「あの積み荷の鉱石は、近年、武器への加工原料としても高値で取引されると聞く。貴殿としてはぜひ手にしたいものでは・・。」
「ロン!」
もう一度弟を制して、ユサファはクロドに向き直った。
「弟が失礼した。しかし、どのような理由であれ、計画に支障がでることは極力謹んで頂きたい。盟約を結んでいる以上、我らにも主張する権利はあるはず。」
「それはもちろん。」
クロドは両手を広げ、さも異論はないと言うように、口の端を上げて笑みを作る。
・・その人を見下すような笑みに、ロンも、ユサファ自身も苛立ちを隠せない。
瞳に浮かぶのは、嫌悪の色。
(だが・・。)
——— 今はまだ、駄目だ。
この男との繋がりを切ることはできない。
ユサファは心を静めようと努めた。
ロンもきっと、同じ気持ちだろう。
・・・の願いを。
ライドネル家の悲願を、叶える為には。
この計画に、この男は必要だ。この男の雇い主・グレン公爵も。
あと少し、もうしばらくの間は——————。
「噂に関しては、こちらでも既に手は打ってあります。見事消し去ってみせますよ、『銀の髪の魔法使い』出没の噂もね。」
クロドの言葉に、ロンは唇を噛んだ。
思わず飛び出して彼らを逃がしたが、逆に自分の姿を見られてしまった。
自分の失態だ。
悔しそうに俯くロンを面白そうに眺めて、クロドはユサファに向かって言った。
「とりあえず、この件は私にお任せ下さいませんかねぇ、ご当主殿。」
「・・承知した。」
ユサファの返事を聞き、クロドは満足そうに笑うと、「ではそろそろ失礼を。」と扉に向かう。
扉に手を掛けたところで、ふと2人を振り返った。
「そう言えば。」
浮かぶのは、歪んだ笑み。
「たまたま、ですか。監視していたわけではなくて。」
ユサファとロンは、黙ったままだ。
クックッと声に出して笑うと、クロドは意地の悪い笑顔で言った。
「気づいてないとでも思っていらしたか?まあ、お互い様ですな。ただ、例の計画に関してはぜひとも成功させたい。私も、侯爵様も。・・・貴方方も。仲良くやりましょう。」
そう言って、扉を開けた。
「誰か。お客様がお帰りだ。」
見送りの為、ロンがクロドに続いて部屋を後にする。
足音が、次第に遠ざかっていった。
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急に静かになった部屋に、ユサファはひとり佇んでいた。
身動きもせず、ただ一点を見つめる。
彼の視線の先には、壁に飾られた代々当主の肖像画。
心の底にある想いを噛み締めるように、ユサファはただ、佇んでいた。